穂村茜 後始末
第2章、第11話。
茜と静の反省会、そして……。
時は遡って、Kyoyaが目覚める少し前に戻る。
「……あーあ、怒られちった」
午後九時、すっかり火が消えたキャンプファイアーの前で茜は肩を落とした。
因幡兎史博は三十分みっちり茜に説教をした。無論「フリースタイル」に関してである。
「心配してるんだよ、私たちのマネージャーだもん」
「まあ、そりゃそうか——あの説教はガチだったな」
因幡が口酸っぱく言い続けたのは「悪霊払いがどれだけ危険か」ということだった。話を聞くとそれなりに心霊の方面に知識と霊感があるらしく、女性の霊が本当に現れたことにも早々と気づいていたという。
『放っておいても悪さをするような霊ではないと思っていたのですが、こちらの早計でしたね。もう少し警戒していれば良かったと後悔しています』
そのことに関する謝罪、そして茜の「フリースタイル」が曲がりなりにも女性の霊を成仏させたことを正直に褒めたあと、因幡の説教が始まった。
『下手に悪霊に手を出して、自分が憑りつかれたらどうするつもりだったんですか?』
『素人には危険すぎる行為です。二度と私の許可なしにやらないでください』
『今度勝手に同じようなことをしたら、謹慎処分にします』
——許可を取れば、大丈夫なのか?
何となく含みのある言い方にそう聞いてみたかったが、火に油を注ぎそうなので言わないでおいた。そして最後の通告は普段でさえ険しい眉間にさらに皺をよせて言われたことなので、冗談ではないのだろう。
言いたいことを言い終わった因幡は、「憑依されていたKyoyaの様子が気になる」と言って、彼が眠る看護室へと向かった。それでようやく茜は解放された。
「因幡さんも色々と謎だよなー、そう思わん? 除霊師とかそっち方面で食ってけそうなのにアイドルマネージャーやってるってことだろ?」
「……ああ、うん」
「まあ、人は見かけによらないってことかー。なあ?」
「そうだね……」
「——あのさ、どうしたんだよ。さっきから変だぞ」
静はぼんやりとしていて、「心ここにあらず」と言う様子に茜には見えた。
「ごめんね、ちょっと考えてたの」
「何を?」
「私に勇気があれば茜にあんなことさせなくて済んだな、って——私、彼女のこと幽霊だって何となくわかってたからさ」
「彼女」というのは、林で亡くなった女性の霊のことだろう。
「じゃああれもやっぱり、心霊写真だったんだな」
「うん、木のそばに立ってたのは彼女。あそこで『本物だ』って言ったら、大騒ぎになる気がして黙ってたんだ」
「ごめん」と、静はか細い声で言った。
「謝んなくて良いって、とにかく写真消しとくわ。勝手に写しちゃって、向こうにも迷惑だろうし」
「怒らないの?」
「何を?」
「『全て知ってたのに、何もしなかったんだ』って」
そう言って静は茜の顔を覗き込んだ。瞳は少しだけうるんでいた。
「言わねーよ。やりたくてもどうしても無理だったんだろ?」
「……正直に言えば、そう」
「なら、やらなくていいさ。できないこと、無理なことはできるやつに任せときゃいいんだ」
おそらく静は茜よりも「視える」体質なのだろう。そしてそれが過去にトラウマとなることを引き起こしたのだろうということは茜にも容易に想像できた。
「——ありがとう、見かけによらず茜は優しいよね」
「見かけによらずってなんだ! それで、あの女性は今ここにいるのか?」
「ううん、気配は感じられない。因幡さんも同じことを言うと思う」
静が穏やかに首を振った。
「彼女はもう行くべき場所に行ったと思うよ」
「そうか」
——良かったな。
茜の胸に安堵が広がり、二人の頭上を穏やかで優しい夜の風が吹き抜けていった。
「そうだ、もう一つ教えてくれないか? KyoyaさんのCクリーンだっけ、あれにも何か感じてたんじゃないか?」
夕食の席のことを思い出す。
Kyoyaが薦めていた黒いサプリメントを見て、険しい顔をした静は何かを言いかけた。今になれば、静は茜には見えない何かを見ていたように思える。
やはりそうだったのか、静はこくりと頷いた。
「あくまで私の主観だけどね。あのサプリメント、人が口にしちゃいけないものでできてると思う。呪いとか悪意が込められてるんじゃないかな」
「マジかよ……」
想像だにしていない言葉が飛び出て来た。
「そのせいであの錠剤からは黒いオーラみたいなのが放たれてるように見えたよ。見える人と見えない人がいるタイプのものだから全員にはわからないけど」
「じゃあ、あれを飲むのはやばいんじゃないのか?」
ごくりと唾を飲む茜。そんなものを体内に取り込んだらどうなるんだ?
「うん、絶対いいことはない。Kyoyaさんがここの霊に憑りつかれたのも、あのサプリを飲んでたからだと思う。悪い気っていうのは、悪いものを引き寄せる」
「なるほどな……」
無感情に淡々と言った静を見ながら、茜は考えた。
このような知識を得ている静は、これまでどんな人生を送ってきたんだ? 思い返してみれば、茜は静がアイドルになる前、どんなことをしていたのかほとんど教えてもらったことがない。
「あっ、そうだ。茜、もう一度ツーショット撮ろうよ!」
まじまじと見ていたことで、こちらの考えを気づかれてしまったのか。静が努めて明るい声で言った。
「そうだな」
白いパーカーを着た彼女が写った写真はもうすでに消してしまった。新しく思い出を残さなくてはいけない。
「今度はあたしが撮るよ」
「よろしく!」
静はにっこりと頷いた。
背景は火の消えたキャンプファイアー台だった。無論、火がついていた方が映えることは確かだった。
「——はい、チーズ」
しかしそんなことはどうでも良くなるぐらい、茜の携帯の内カメラで撮られたツーショットは見栄え良く写った。
そして、カメラの中央で二人だけが楽しそうに笑っていた。
「茜さん!」
何ともない写真が撮れてほっとしていると、背後から呼ばれた。
噂をすればなんとやら、真剣な顔をしたKyoyaが息を切らしながら走ってくるところだった。
「あれっ、Kyoyaさんじゃないっすか」
「体調は大丈夫なんですか?」
「はあ、もう大丈夫です。ご心配おかけしました——あの、茜さん」
助けてくださってありがとうございました!
茜の正面を向いたKyoyaは、深々とお辞儀をした。
「——えっ、ああ、はい」
ややワンテンポ遅れて反応する茜。
「さっきの映像、見ました! あれって、茜さんがラップで女性の幽霊を助けてくださったってことですよね?」
「あー、まあそうなりますかね」
——こういうときなんて言えばいいんだ?
自分がしたことのくせに、何と言うべきか迷う茜。
「本当にありがとうございます! あとその、ラップとかすごくかっこよかったです! いや、茜さんもすごくかっこいいです!」
心からそう思ってます!
茜の方にぐいと近づいたKyoyaは、子供のように目をきらきらと輝かせていた。
「——ははっ、ありがとうございます」
少し引き気味になる茜。
「おっしゃる通りすごくかっこいいんですよ、うちの火の女神は」
なぜか隣の静は自慢げに言いながら、茜の腕を肘でつついた。
「なんだよ、それ——とにかくKyoyaさんに何ともなくて良かったっすよ」
そう言って微笑むと、Kyoyaはなぜか顔を赤く染めた。




