Kyoya 覚醒まで
暗いところにいた。ただ暗いだけではなく、まるで自分の中にもう一人いる感覚もあった。決して快くはなかった。
少し遠くで誰かが大きな声で話しつづけていた。魂を揺さぶるような大きな声で。
——聞いたことあるな。
それが誰の声なのかはわからない。声が何を言っているのかも。
ただ慰めるようでいて、叱咤するような強さと勢いがあった。
『あたしは覚えててやる』
それだけはっきりと聞こえた。その途端、霧が晴れるように暗闇が取り払われた。
その間もKyoyaの耳にはその声だけが反響していた。
「……んっ」
瞬きを何回かすると、明るい天井が見える。ここはどこだろう?
「起きましたか?」
傍らから低い声が聞こえてきた。
横を見ると、黒いスーツに身を包んだ長身の男が脇の椅子に座っている。
「突然ですが、お尋ねします。ご自分のことを名乗っていただいてよろしいでしょうか?」
「ぼ、僕のことをですか?」
「お名前、職業、年齢、何でもいいです。推しがいればそれに関してでも」
「はっ、はあ——ええと、草刈恭弥といいます。Navigatorsというボーカルグループに所属していて、推しは今のところ特に……」
「わかりました。以上で大丈夫です」
Kyoyaの話を途中で遮った因幡は仏頂面ながらも、どこか満足そうに頷いた。
——何だったんだ、今の。
推しに関する質問はいらなかった気がする、と首肯するKyoyaだった。
「ところで、あなたは?」
男の顔は見たことがあるのだが、どうにも思い出せなかった。
「申し遅れました。『ばんかみ』のマネージャー、因幡と申します。本日はうちのグループの二人がお世話になりました」
「こ、こちらこそお世話になってます——あの、ここは」
「キャンプ場の看護室です。お気を失って倒れられていたのですが、覚えていらっしゃいませんか?」
「はあ、あまり……」
思い出そうとしてもできず、頭を抱えるしかない。
かろうじて覚えているのは、林の中でロケ撮影終了後にぐらりとめまいのような感覚があり、身体がずっしりと重くなったこと。そこから先はマネージャーと話したような記憶はぼんやりあるが、何を話したかまでは覚えていない。
正直に言うと、因幡は「わかりました」と頷いたが、続けておかしなことを言った。
「——何とか茜のかしりは功を制したようですね」
「え? か、かしり?」
「何でもありません、お気になさらず——ああ、一点お聞きしたいことが」
「は、はい」
「Cクリーンというサプリメントを飲んでいますよね?」
「……な、何で、それを?」
「夕食の席で茜たちに見せていたのを偶然見てしまったもので」
「——ああ、なるほど」
言われてみれば、カレーを食べながらCクリーンを飲んでいることを静たちに伝えていた。
「失礼を、余計なことをお聞きしました」
「ああ、いえ——あの、もしかしてあまり良くないんでしょうか?」
問い返すと、因幡は不思議そうな顔をした。
「なぜそんなことをお思いに?」
「その、言われたんですよ——僕が今飲んでるサプリメントは飲まない方がいいんじゃないか、と」
Kyoyaは記憶を失う前に石丸マネージャーとしていた話の内容を、少しずつ思い出していた。
——Kyoyaくん「Cクリーン」って言うサプリ、最近ずっと飲んでるでしょ?
——あれ飲み始めてから、ずっと具合悪そうだよ。やめた方がいいんじゃないかな。
彼女の話をぼんやりと聞いていたとき、急に「疲れた」という気持ちが心の中を埋め尽くし、涙が止まらなくなったのだ。
一通り話を聞いた因幡は「なるほど」と頷いてから、「ここから先は私のお節介として聞いてほしい」と前置きしてから言った。
「体調の不調とサプリメントとの因果関係はわかりませんが、今のあなたにサプリメントは必要ないかと思います」
「やっぱり、そうですか……」
「ええ、まだお若いのですから——ああ、すみません。今の時代、年齢に関することを言ってはハラスメントになりますね」
自嘲するようにうっすらと苦笑する因幡。
「いえ、そんなことは——すみません、色々とありがとうございます」
「お目覚めになったようなので、山下ディレクターたちを呼んで参ります」
会話を終わらせるように、因幡は看護室を出て行った。
*
「Kyoyaくん、良かった~! 一時はどうなるかと思ったんだからね!」
石丸マネージャーは看護室に入ってくるなり、おいおいと涙を流しながら喜んだ。
「顔色もだいぶ良くなってる……うん、いつものKyoyaくんだ!」
「僕、そんなに顔色悪かったんですか?」
「悪かったよ~、さっきは白紙みたいな色してたもん! もう、あのサプリメントは取り上げるから!」
きっぱりと断言した石丸マネージャーは、「そもそも調べたら他の商品にも問題あった会社のものなんだし、ダメだよ!」とかなり憤慨している様子だ。
「いやはや、色々あったけど本当に良かったよね~!」
マネージャーの脇で、安堵の笑みを見せているのは山下ディレクターだ。
「Kyoyaくんに何かあったら、オレたち首が飛ぶじゃすまされなかっただろうからさ! どう? 気分は悪くない?」
「はい、大丈夫です……ご心配おかけしました」
「念のため、君には病院は後で行ってもらう予定だけどね。でもその感じなら大丈夫そうだな」
呑気な顔で頷く山下ディレクター。
「そうだ、この映像を見てもらえばわかるかもな! とにかくすごいんだよ」
はしゃいでいる山下は「これを見たことは他言無用ね」と言いつつ、一台のハンディカメラを差し出した。電源が入っており、映像が流れている。
「……これ、本当にあったことなんですか?」
「嘘みたいな映像だったでしょ、オレたちもびっくりだもん。その驚きようだと、Kyoyaくんはこの間ずっと霊に憑りつかれてたってことなん……あれ、どうしたんだ!?」
Kyoyaは思わずベッドから飛び降りていた。
——そうだ、茜さんだ。
「すみません、茜さんはどこにいますか?」
「確か、外にいるとおもうけど……」
Kyoyaの様子に目を丸くしながら、石丸は入口の向こうを指さした。
第2章、第10話。
目が覚めたKyoyaの見ていたものは。




