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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第2章 火の粉に魂(ライム)を混ぜ合わせ

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茜と姿の見えない彼女 呼応

第2章、第9話。

フリースタイルの結末は……。

 目が据わった状態で見つめてくるKyoyaに向かって、穂村茜はフリースタイルを続けている。

 ——なんだ、これは?

 その様子を野口は呆然と眺めていた。彼の胸中は、周りのスタッフのほぼ全員が思っていることでもあった。


「すごい、すごいぞ。穂村茜は天才だな!」


 野口の脇で、感心と興奮の混ざった声が聞こえた。

 騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか山下ディレクターが立っていた。


「いやはや、こんなの早々と見られるものじゃないぞ。ラップのリリックを呪詞かしりに使うなんてなあ!」

「呪詞とは何です?」

「何だ野口、心霊特番制作スタッフとしてそんなことも知らんのか、勉強が足りんぞ——呪詞っていうのは、小学生でもわかるように言えば『呪文』のことさ」

「あー、『エロイムエッサイム』とかそういうやつですか」

「そういうやつだが、『エロイムエッサイム』は悪魔を呼び出すための呪文だ。呪詞は邪悪な霊から身を守ったりするときにも使う。今、茜ちゃんは邪悪なものを祓うための呪詞としてラップを使っているんだろう——まったく、こんな若いタレントが世の中にいるとはな。感心、感心だ」

「……はあ、なるほど」


 山下の見立てにもピンと来ず、生返事をする野口。


「そんなことより野口、カメラも回さないで何ぼうっとしてるんだ?」


 撮らなきゃダメじゃないか!

 上機嫌だった山下は途端に顔を険しくした。


「と、撮る?」


 ——この光景を撮るのか?

 困惑が顔に出るのを、隠せなかった。


「当然だろう! 俺たちが作ってるのは、心霊ロケ映像なんだ!」

「し、しかし、これを撮ったところで放送には使えないのでは……」

「そんなことは関係ない!」


 他のスタッフが振り返るぐらい、山下が勢いよく一喝した。


「問題は使えるか使えないかじゃない。番組撮影中に起きたことは絶対にカメラに収めるんだよ! だから現役アイドル兼ラッパーの悪霊祓いをお前のカメラのバッテリーが切れるまで、いや、バッテリーが切れようが何としてでも映像に残せ!」

「は、はい!」


 山下の気迫に押され、一度は止めていたカメラ回しを再開する野口だった。


 *


 直火の前で大声を出し続けているとさすがに熱い。着ているジャケットを今すぐ脱ぎ捨ててしまいたいほどだ。

 しかし今の茜にそんな余裕はない。次から次へと湧き出てくる言葉を、韻を踏むことに集中していた。


「あんたの中ですくうのは何だ?

 後悔? 未練? 悲哀? 執念?

 How about was your life?

 そりゃあるよな、世の中は辛いことばかり」


 耳に聞こえてくるのは、自作のビート・トラックと火の爆ぜる音だけ。

 新曲のリリックで悩んでいたとは信じられないぐらい、言葉が湧いてくる。今、考えているたった一つのことがそうさせるのかもしれない。

 ——あんたがいる場所はここじゃない。

「天国」だとか「極楽」だとか、死せる魂は空の上の世界に行くという。Kyoyaの中に潜んでいる女性の魂は、まだその場所に行けていない。

 茜はただ、女性の魂をその場所に行ってほしいという弔いの想いで、必死に言葉を継いでいた。


「痩せちまいそうになるぐらいだ、ガリガリに

 やなことあったなら吐き出せばいい

 どんなことだっていい

 一人で全部抱え込むんじゃない」

「……うううううっ」


 必死にリリックを紡いでいると、それまで変化のなかったKyoyaの顔に変化が現れた。

 ぼんやりしていた顔は、眉間に皺が寄り、茜を睨みつけるような表情になった。


「——もうやだ、やめてよ、苦しいよお」


 Kyoyaは両腕をバタバタさせながら、茜に向かって飛び掛かろうとするように身体を勢いよく前のめらせた。スタッフが抑えていなかったら、本当に茜は噛みつかれるなりしていたかもしれない。

 それでも茜はひるむ様子も見せず、フリースタイルをやめない。


「Please,tell me.

 きっとあるんだろ、あんたなりの苦しみ

 恨み、辛み、憎しみ、悲しみ

 蝕んでくんだろ、ぎしぎし、みしみし

 Don't think seriously.

 難しいことなんて何もない

 今、ここにはあたしたちがいる」

「うあああああっ!」


 茜以外の誰もが身を震わせた。

 Kyoya——に憑りついたと思われる女性の霊が、甲高い声と共に涙をぼろぼろとこぼし始めた。


「生きてても良いことないし、誰も友達いなくてさあっ。私には良いところなんか、何もないし。仕事だってしんどいことばっかりで。だから死んじゃえば、楽になると思ったのに……」


 盛大な嗚咽を挟み、彼女は続けた。


「……それでも、死んでもどこにも行けなかったのっ。暗い林の中にずっとずーっと迷ってるしかなかったのっ」


 どうすればいいの!?

 絶叫が、キャンプ場の夜空にこだました。

 ——いいぞ。

 死後も魂がこの世に残る理由は何か。調べていくうちに「この世に未練と伝えたいことを残しているからだ」という一説を読んだ。

 そればかりが答えというわけではない。だが、Kyoyaの中にいる女性の霊は伝えたいことがあるからどこにも行けないのではないか。

 静寂を挟んだあと、確信した茜はすうっと息を吸った。


「救いはあると思っていた

 でも希望はどこかに去った

 誰にも見つけてもらえなかった

 気持ちはわかるよ、孤独は辛い

 でもさ、人に迷惑かけるんじゃない

 生きてる人間に憑りついたって

 良いことはないし、意味はない

 Don't take him

 誰かを巻き込んじゃダメダメ

 それはただのあんたの自分勝手」


 さらに大きく息を吸う。


「悲しいけど、もう過去は変えられない

 だけど変えられるんだぜ、未来は

 ここでぐずぐずしてても始まらない

 さあ、そろそろ準備をしな

 Go to the New World!

 見に行きな、ここだけじゃない世界を」


 玉のような汗を流しながら、茜は言葉を継いでいた。

 そんな彼女が見えているのか、いないのか。

 何も言わなくなったKyoyaは、静に両目から涙を流し続けていた。


「情熱を抱いて、ひたすらもがいて、泣いて

 現実に抗って、頑張って、苦しみながらも生きたんだって

 自分のこと、誇りに思ってくれよ

 あんたが過ごした人生は超でかい花丸

 いつまでも覚えててやる

 あたしがこの世で生きてる限り

 I never forget tonight」


 茜は一息で言い切った。

「うわっ!」

 途端、キャンプファイアーの近くにいたスタッフたちは驚愕し、何人も後ずさった。


 ごおおおおう!


 燃え盛る炎が轟音を立て、天高く燃え上がったからだ。見ていたスタッフの中には、あとからこんなふうに語る者たちもいた。「炎が三メートル以上高く伸びあがっていた」と。

 炎が不思議な動きをすると同時に、ぼろぼろと涙をこぼし続けていたKyoyaがぴたりと動きを止めた。

「Kyoyaくん!」

「大丈夫!?」

 返事はなかった。

 静かになったKyoyaは、スイッチが切れたかのように前のめるようにして倒れ込んだ。

「なんか、眠っているみたいです」

 脇を支えていたスタッフが確認すると、彼は穏やかな寝息を立てていた。

 ——良かった。

「茜!」

 様子を見届けて安心したのか、茜の全身から力が抜けた。へたへたと膝をついたところに、静がかけ寄ってくる。

「大丈夫!? 気分は悪くない?」

 茜を見やる静の顔は、泣きそうに歪んでいた。

「……大丈夫。でも、水ほしいな」

 喉がカラカラに乾いていた。火の女神といえど、水が欲しいときだった。

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