穂村茜 林の中
第2章、第5話。
再びロケが再開されますが……。
午後7時、「本気で怖いテレビ」ロケ地であるキャンプ場では、飯盒炊爨も兼ねた夕食が始まっている。
茜の手により飯盒から皿へと取り出された白米は、Kyoyaと静により温められたレトルトのカレールーがかけられる。
「カレーできましたー! めちゃくちゃおいしそうじゃないですか!?」
盛り付けられたカレーライスが、満面の笑顔のKyoyaの手でカメラに差し出される。
心霊と全く関係ないこの瞬間も、しっかりとカメラに撮られている。おそらく視聴者の息抜きも兼ねたほっこりシーンとして編集され、放送されるのだろう。
「——おっと、やばい」
カメラの前から自分のスツールに戻ろうとしたKyoyaは、茜たちの目の前でふらりと倒れそうになった。
「大丈夫っすか?」
「すみません、ちょっとめまいが」
茜が咄嗟に差し出した手をつかみ、弱弱しく笑いながら何とかバランスを保つ。
「昨日よく眠れなくて、そのせいかもしれません」
「まずくないっすか? それ」
光線の加減もあるかもしれないが、Kyoyaの顔色は普通よりも白く見えた。目の下にも黒い隈が出来ているようにも見える。
「病院とか行った方がいいんじゃないですか」
静の言うことはごもっともだ。
「それが行く暇ないんですよね——ただ、最近健康のためにサプリメントを飲み始めまして」
これです、とポケットから錠剤のパックを取り出すKyoya。
「めまいってことは鉄分系とかっすか?」
「いえ、炭です」
「炭?」
「食用の炭を使用した『Cクリーン』っていうサプリです。聞いたことありません?」
——初耳だ。
SNSでもテレビでもそんなサプリメントの広告を見たことはなかった。あまり健康食品に興味がないから視界に入ってこないだけかもしれないが。
「炭の成分が身体から毒素を出してくれるそうなんですよ~。それだけでも健康に良さそうですよね」
「はあ、なるほど」
「炭って食べていいのか」という疑問は飲み込む茜。
「良かったらお二人にもお分けしましょうか?」
「いや、大丈夫っす」
あまり興味が持てず、丁重に断りを入れる茜。
「世の中、色々な健康食品があるんすね」
無難に締めくくりながら静の方を見た茜は、ぎょっとした。
「どうした、静?」
静はぱっちりとした目を大きく見開きながら、Kyoyaが持つ錠剤を穴が空きそうなぐらい見つめていた。心なしか顔色は青ざめているように見えた。
「あっ、静さん。もしかして興味おありですか?」
「いや、別に——何でもないです」
静は首を横に振りながら目をそらしたが、「何でもない」と言う様子にはとても見えなかった。
「どうしたんだよ、急に?」
いやああああ……。
「何だ?」
茜は思わず腰を浮かせた。
キャンプファイヤーの火が爆ぜる音に混じって、女性のか細い悲鳴が聞こえたような気がしたからだ。
「今、何か聞こえなかった?」
「そうですね、なんか悲鳴みたいなのが……」
顔をひきつらせたKyoyaが同調して頷く。他のスタッフたちにも聞こえたのか、「何だ今の?」
「誰か叫んでたな」とざわつき始めている。
「多分あっちだ、ちょっと見てくる」
「待って、私も行く——あと、これも持っていかないと」
静が手にしていたのは、ハンディカメラだった。これが心霊スポットのロケであるということを忘れていない。
静と共に声のする方に歩き始めた茜が、林の中に一歩踏み入ったときだった。
「——あっ、おい、あれ!」
数メートル先、白っぽい服を着た人影が林の奥に進んでいくのが見えた。一瞬確認できた背丈は、茜よりも小柄なものだった。それは歩くというより滑るように、林の中に入っていった。
「待ってくれ!」
静の「一人で先に行かないで!」という声も聞かず、茜は人影が行った先へと駆けた。
間違いない、あれが叫び声をあげた張本人だ。十年前、ここで命を絶ったのが彼女なのだろうか? 亡くなって魂だけになってからも行き場がなく、まだこの林の中を彷徨っているということなのか?
「はあ……どこ行ったんだ」
息を切らしながら立ち止まる。まっすぐに走ってきた道は、途中で二手に分かれていた。
白い人影の姿はどこにもない。左右どっちに行ったのか、皆目見当もつかない。先に進みたいが、小さい林とはいえ、これから追うのは危険かもしれない。
「もう、茜ったら。一人じゃ危ないって言ったのに」
後から追いついた静は、茜を見つけるなり文句を垂れた。
「……悪い、白い服見たら身体が先に動いちゃって」
「ねえ、私はさっき何も見えなかったんだけど、本当に見たの?」
「ああ、見たよ。写真に写ってたのとそっくりだった——っていうか、ここさ」
「何?」
「……うまくいえないけど、なんかやばい気がする」
夜の林の中は背の高い木々がいくつも並び、茜たちを見下しているようだった。
ざわり、ざわり。林の中を風が走り抜け、木の葉を音を立てて揺らす。心の中に恐れがあるからだろうか、その音は得体の知れない化け物の呻き声のようにも聞こえた。
——ここが噂の。
ごくり、と茜は苦い生唾を飲み込んだ。最初は人影を追いかけるのに夢中で何も感じなかったが、改めて立ち止まるとその場の冷たく重い空気に飲まれそうになる。ここはきっと普通ではない場所。本能がそう告げている気がした。
あのー!
後ろから声が呼んだ。振り返ると、不安げな顔をしたKyoyaが、一歩遅れた形で追いかけてくるところだった。彼の後ろには、カメラと収音機材を持った撮影スタッフたちもくっついてきている。
「お二人とも、大丈夫ですか!」
「いや、大丈夫っす。こっちこそ勝手に行ったりして」
「——あっ、あれ」
ぽかんと口を開けたKyoyaが目の前を指さした。




