穂村茜 苦悩
第2章、2話。
ロケの最中のようですが……。
「出だしの撮影は快調! 後半もよろしく!」
夏に定番のオカルト特番を作り続けてこの道二十年、知る人ぞ知るベテラン「オカルト特番」ディレクターである山下は、出演する若者三人に向けてグッドラックの親指を示した。
東京放送「本気で怖いテレビ」のロケ企画「女性の幽霊が出るという噂のキャンプ場!? 今をときめくアイドルたちがキャンプしながら徹底検証したら思わぬ事態が……!?」の前半の撮影が無事終了した瞬間だった。
「じゃ、スタッフは打ち合わせねー。30分後にまた始めるから」
その後すぐにディレクター含む撮影スタッフたちは、顔を突き合わせて今後の撮影の段取りを話し始める。
休憩に入った茜たちだったが、「髪、直しちゃいますね」と飛んできた担当のヘアメイクたちに捕まる。
「お疲れ様です、二人とも」
背中で進んでいるスタイリングに身を任せていると、長身の黒いスーツの男がやってきた。
「ああ、因幡さん。お疲れ様です」
「来てくれたんですね」
「あなたたちのマネージャーですからね——これ、よろしければ」
因幡の大きな両手から二人へと麦茶のペットボトルが渡された。マネージャーからの差し入れである。
「うわー、ありがたいっす」
「助かります」
「これから夜通し撮影ですが、大丈夫そうですか?」
「私は結構夜型だからいけると思います」
「茜はどうです?」
「あたしも全然いけます、問題ないっす」
「わかりました。ですが、少しでも体調が悪くなればすぐに言ってくださいね」
「はい、わかりました」
「了解でーす」
「本当にすぐ言ってください。些細なことでも結構ですので」
因幡の念の押し方は、尋常ではない気がした。
「わかりました——そんなに言うってことは何か気になることでも?」
「あなた方はまだ気がついていないかもしれませんが、ここは少し気が悪い」
「気?」
「十年前とはいえ、ここは人死にがあった場所です。何もなかった場所と比べると、体調不良や良くないことが起こりやすいのではないかと。そして今夜行うのは心霊ロケです。霊の話題を出すと、彼らは寄ってきやすいという話もあります。特段今回は何もないかとは思いますが、念のためこうしてお伝えしているまでです」
「は、はあ……」
顔を見合わせる茜と静。
——因幡さんって、そういうこと詳しい人だったんだ。
二人の抱いた感想は同じだった。
「覚えときます……」
「お願いします——ところで茜、新曲の進捗はどうですか?」
「……なんとか大丈夫っす」
この言い方では逆効果だったかもしれない、と直後に後悔する。
因幡は無言のまましばらく茜を見ていたが、「そうですか」とだけしか言わなかった。その目は間違いなく何かを言いたげだったが。
「あなたの言う通り問題ないとは思いますが、もし難しそうだったら私に相談してください」
「はーい、了解です」
「それでは二人とも、頑張ってください」
一礼した因幡は、速足でその場を立ち去った。
きっと仕事が山積みなのだろう。アイドルのマネージャーというのは、担当アイドルのケア以外にも多岐に渡るのを茜は何度も見たことがある。
「——あんなこと言って、本当は進捗すすんでないんでしょ?」
「いや、結構進んでるし」
と言ってみたのは、ただの強がりである。
——何とか一人になれる時間はつくれないものか?
そのときの茜はそれだけを考えていた。
そのチャンスが訪れたのは10分後であった。
「すみませーん。茜さんと静さんっていますかー?」
二人が休憩するテントの外、静を呼ぶ中低音のその声は共演者のKyoyaのものであった。
「どうかしました?」
静がテントの入口を警戒するように捲る。
「あのー、唐突で申し訳ないんですけど、記念写真撮りたくて!」
テントからでもわかるぐらい、Kyoyaの声ははしゃいでいた。共演者との写真撮影、番組共演者の特権だ。
「わかりました。SNSには載せないでくださいね」
「もちろんです! ありがとうございます~。じゃあ早速何枚かお願いします!」
早速靴を履いた静に「行こう」と急かされる。
「ごめん、あたしはいいや」
申し訳ない顔を作りながら、茜は首を横に振った。
「写真撮るの嫌いだったっけ?」
「いや、そういうわけじゃないけど——ちょっと休みたくてさ。Kyoyaさんにはごめんって言っといて」
「……わかった」
仕方ない、と言いたげにため息をつく静。
はしゃぐKyoyaは、テントの少し先で早速何枚も自撮りを撮っている。都会から離れたキャンプ場では、闇色の空で星が煌々と瞬いていた。これはお気に入りのタレントと写真を撮りたくもなるかもしれない。
「……よし」
テントの中、茜だけが残される。
休憩が終わるまであと十分。忙しいロケ中に考え事をするなら今しかない。
リュックサックの内ポケットにしまいこんでいたボールペンを手に取り、酷使しすぎて表紙が柔らかくなったライムノートを開く。
ぱらぱらとめくると中間のページには乱雑な文字で言葉が連なっていた。だが、黒で書かれた言葉の上には、赤いボールペンで大きくバツ印が書かれている。書いた後で「やっぱりダメだ」と思ったからだ。
没作を書いたのが数週間前。それから新たな詞を作ることもできず、ダンスや歌の稽古、アイドル活動に追われることとなった。
ペンを握る手の中が汗ばんでくる。「考えろ、考えろ」とせかすが、良い言葉は浮かんでこない。
——もう時間ねえよ……。
プロデューサーの高天原にソロ曲の歌詞を仮提出する日は来週だ。だというのにまともなリリックがワンフレーズも書けていない。数か月後に出す2枚目のアルバムに収録しないといけないというのに。
2枚目のアルバムのソロ曲の話を茜に出したとき、プロデューサーの高天原は言った。
「茜の個性といえば燃える炎みたいな激しさだと思ってるんだよね、火の女神なわけだし。いつも通りの茜として熱い歌にしてほしい——と思ってるんだけど」
その直後に来た要求が難解だった。
「今回は『炎』とか直接的な言葉はあまり使わないでほしいかも、よろしく」
「ばんかみ」こと「万物の歌神」は、世界の礎を作っているとされた五元素を司る女神たちがアイドルとして歌うというコンセプトで活動している。そんな曲の世界観に合わせて、火の女神もとい赤担当メンバーの茜は「熱さ」「炎」「火」を前面に出したリリックを作り続けてきたわけなのだが。
没にしたものには思いっきり「熱」「ヒート」と言う言葉が入っている。これで出しても、良い反応はもらえないかもしれない。
「……あの人も無茶言うよなあ」
だからここまで追い詰められている。
しかし、頼まれた以上は何とか書かなければいけない。それ以上にリリックが書きたかった。




