三河島と水上 除霊準備
第1章、12話。
何やら特殊な「除霊」が始まるようです。
「流奈様」
「だから様付けやめてくださいよ~。三河島さんの方が私より年上でしょ?」
電気スタンドの灯だけがつく暗い部屋の中、髪を簡単なお団子にまとめながら流奈様が私を見る。オンモードのときの流奈様の定番の髪型だ。
「いやいや、推しを呼び捨てとか無理です。あの……」
うまく言葉が出てこない。
「どうしました? あ、もしかしてブルーシートかけちゃったの良くなかったですか?」
流奈様が背後を振り返る。そこには流奈様が持ってきた大きなブルーシートのかけられた例の神棚がある。
「本人に見られたらいやだ」と片付けようかと思っていたものの、気を失ったり、思いがけない展開になってその機会を失ってしまったものだ。
どうしてかけるのかと聞いたら「万が一汚したりしたら申し訳ないので」とのことだった。こんなときでも流奈様は配慮の塊だ。
「すみません。せっかく綺麗に飾っていただいてるのに、あんなことして」
「いえ、それは別に」
「崩れてたりしたらあとで直すの手伝いますからね」
——それはちょっと断りたい。
本人に見られたことはまだ少しだけ気にしているのだ。
しかしそれ以上にもっと気になっていることがある。
「本当にこれから歌うんですか……?」
私の両手にはライブ用のサイリウム二本が握られている。流奈様に「とても重要」と言われたものだ。こんなものが必要になるとは思えないけど。
「だからさっき言ったでしょ? あたしがするのは歌ったり踊ったりもする除霊だからです」
一旦思考停止。深く息を吸ってから大声を出す。
「それただのライブじゃないですか!?」
私がイメージする除霊というのは、ホラー映画なんかで祈祷師が「祓いたまえ、清めたまえ」と言いながら白い紙のついた串のようなものを振るものだと思っていた。今回流奈様はそうやってくれるのではないかとも。
「そうですか? こういうのもあながちおかしくないと思ってます」
けろりとした口調で流奈様が言う。そんな馬鹿な。
「霊っていうのは大きい音が苦手なんです」
流奈様も浮遊霊などを連れたまま家に帰ってしまったときは、大音量で音楽を流すと出て行ってもらえるそうなのだ。
「でもその理屈なら今日のライブで祓えていたんじゃ……」
「だけど完全に祓えていないのが事実です。むしろより強くなってるというか、蓄積してるような気がするんです」
流奈様によると、握手会のときは憑いている霊の力がまだ弱かったという。
「何か心当たりありません? 心霊スポット行ったとか」
「……行ってないです」
そんなところに用はないし、部屋も事故物件でもない。
「わかりました。——なら、ますますあたしの歌を近距離で直接浴びせてやらないとダメですね」
——流奈様って意外と脳筋思考型?
推しの新たな一面を見た気がした。
「ただし今回三河島さんに憑いているのはかなり強い霊なので、特別な最終手段を使いますけど」
「何ですか、それって」
「秘密です——とにかく始めましょう!」
「待って、待ってください。無理ですマジで無理ですよ、心の準備が」
さっきから心臓がありえないぐらい大きく速く鳴っている。このまま飛び出てしまうのではないかというぐらいに。
「あれ、『どんなことでも耐える』って言ってましたよね?」
「た、たしかに、言いましたけど……」
投げたブーメランが戻って心臓に刺さった気持ちだ。
——けど、推しがこの部屋でソロライブをやるなんて。
私は一生分の幸運を使い切ってしまったんじゃないだろうか?
「あーもう、ブツブツ言うのはそこまで!」
顔を青くしている私に喝を言うように、流奈様がぱちん! と両手を叩く。
「あたしが歌って踊って盛り上げて、悪霊に出て行ってもらいます! 相当強い霊だと思うんですが、三河島さんから出て行ってくれるまで歌います!」
「で、でも」
「あたしの歌聞きたくないですか?」
「聞きたいです!」
「じゃあつべこべ言わない!」
そこに座ってください! とリビング入口に座らせられ、やがてはリビングの電気が消えた。




