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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第1章 流るる水、歌声とともに

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三河島と水上 対面

第1章、11話。

ファンとアイドルはついに密会を果たす―—。

 無機質な高音が断続的に鳴り続けている。ピンポーン、ピンポーンと。

 ようやく目が覚めて、頭が段々はっきりとしてくる。

 インターホンの音。そばにあった携帯が示す時間は午後八時過ぎ。その時間に流奈様と会う約束をしている。


「……あ」


 鏡に映った嫌なものを見てからずっと気を失っていたんだろう。もう一度件の鏡を見たけど、見慣れた部屋を背景に酷い顔色をしている私が立っているだけだった。

 こんなことをしている暇はない。ふらつく足に力を入れて、玄関まで駆ける。


「す、すみません、お待たせしちゃって……わあ」


 バカみたいな声が出て、そのまま思考回路が止まる。

 玄関を開けるとサングラスとマスク、帽子という不審者のような恰好をしている女性が立っていた。だけど、その人が最推しの水上流奈であることはすぐにわかった。だってもうオーラが違うから。

 いや、別に「オーラが見える」っていうのは正しくないかもしれない。実際にはそんなものは見えない。

 だけど、言葉でうまく表現できない「キラキラしたもの」が流奈様からは感じられるのだ。それは凡人の私にはないものだ。


「夜分遅くに失礼します。三河島律子さんのご自宅で間違いないですか?」


 サングラスと帽子を外しながら、流奈様が私に聞く。


「……間違い、ないです」

「大丈夫ですか? 握手会の時より顔色悪化してません?」

「大丈夫です……寝不足なのでそのせいかと……」


 イベントでもないのに推しと対峙している現実感のない現実についていけず、上手く言葉が出てこない。


「水、飲んでます?」

「はあ、あんまり」

「飲んだ方がいいです。今すぐ……はい」


 流奈様は、背負っていたリュックの中から500ミリのミネラルウォーターのボトルを出して私の手に握らせてきた。


「……え、あの、なんで」

「決まってるでしょ? あたしが水の女神様だからです」


 そう言って流奈様は、ぱちりと右目でウインクする。まぶたにのったブルーのラメシャドウがきらめく。

 神様、ありがとう。今日は人生で最高の日です。

 しかし、浮き足だってはいられない。


「……あの、だけど流奈様はどうしてここに」

「早速本題に入っちゃいましょうか。笑わないで聞いてほしいんですけど」

「流奈様のする話は絶対に笑ったりしません!」

「助かります——じゃあ、言いますね。今の三河島さん、間違いなくすごく危険な状態です」


 危険っていうのは、悪霊に憑りつかれてるってことです。


「だからこれからあたしがじょれいをします」


 流奈様はきっぱりと言い切った。


「えっと、じょれいというのは」

「取り除くの『除く』に幽霊の『霊』、霊を祓うってことです。今の三河島さんには超邪悪なものがくっついています」


 流奈様は私に憑りついているという「超邪悪なもの」について教えてくれた。

 簡単に言われたことをまとめると、黒い塊が多い被さっているそうだ。それは「死ね」だとか「何であいつらが」と呪いの言葉を吐き続けているらしい。昨日から耳元で聞こえていた嫌な声はこれだったのだ。


「それって、唇みたいなものもくっついてませんか?」

「何だ、見えてたんですか?」


 気を失う前に見たものを伝えると、流奈様は硬い顔で頷いた。


「今でもくっついてますよ、三河島さんの肩に」


 ——やっぱりそうか。

 鏡の前で見たものは見間違いじゃなかった。私には今、変なものがくっついているらしい。

「霊障」というのか。霊に憑りつかれやすく、その度に体調を崩しがちだという友人がいた。昨日から気分が悪かったのは、悪霊に憑りつかれているからなのだろう。


「それで流奈様がこれからその悪霊を祓ってくれるわけなんですね?」

「そういうことですけど」

「わかりました、お願いします。どんなことでも私、耐えてみせます」


 深く頭を下げた。

 次に返ってきた言葉に耳を疑った。


「……嘘だと思わないんですか?」

「え?」

「あたしが今言ったこと、全部嘘かもしれないでしょう? いもしない悪霊のオカルト話なんかして、三河島さんのことを騙そうとしてるのかも」


 蛍光灯の下に照らされた色白の流奈様の顔からは、どんな感情を持っているのかがわからなかった。

 そうかもしれない。私も過去、霊感の強い友人から霊障で悩んでいるという話を聞いたとき、「どうせ目立ちたいための嘘なんだろうな」と思ったりした。

 流奈様も同じような体質なんだろう。きっと今までに何度も人前で霊の話をして、疑われたり、笑われたりした過去があるのだろう。

 だからきっとこんな屁理屈をこねるのだ。


「……だけど、違うと思います。あなたのファンだから知ってます。流奈様は優しい人です」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「ライブでも握手会でも流奈様はいつも神ファンサをしてくれます。それだけじゃない。今、流奈様は危険なことをしてます。除霊だからとはいえ、一介のファン一人の家に行ったなんてバレたらスキャンダルものです。それでも流奈様は私の危機を知って駆けつけてくれた。これを優しいと言わずして何を優しいって言うんですか?」


 思いがけず早口になってしまった。ちゃんと私の言いたいことは伝わっただろうか?

「アイドルなんだからそれぐらい当たり前」と思う人もいるかもしれない。だけどそれは簡単なことじゃないと思う。


「それに今の流奈様は目も喋り方も真剣です。いつもはゆるくてふわふわしてるのに一切してないじゃないですか。それぐらい真剣になってくださってるってことですよね?」

 これまで一度も口を挟むことのなかった流奈様がはあ、とため息を吐く。


「……三河島さん、悪い人に騙されないでくださいね」

「大丈夫です、流奈様以外の人間は信用していないので!」

「そういうところなんですけど……まあ、いいです」


 流奈様は大きく息を吸い込んだ。


「それじゃ始めましょうか、除霊」

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