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女神(アイドル)たち舞い歌いて、邪を祓う  作者: 暇崎ルア
第1章 流るる水、歌声とともに

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水上流奈 熟考

第1章、10話。

決心した流奈が遭遇したものとは……。

「……よし」


 掛け声とともに、マスクの上からぴしゃぴしゃと両頬を叩く。根拠はないが、こうすると気合が入って全てが上手くいく気がする。

 それなりに利用者の多い電車を待っているが、今のところ流奈の存在に気づく人はいない。現代の社会問題でもある携帯に皆が集中しているおかげだった。

 ——絶対ばれない、大丈夫。

 アイドルの水上流奈には見えないような地味な普段着を着ているし、マスクとサングラスをしたのだから人の注目を集めることはない。夜なのにサングラスは怪しまれるかもしれないけど「ファッションアイテムとしてつけてるんです」と言えば多分問題はない。

 とにかく、少しずつ人気も出てきたアイドル「ばんかみ」の水上流奈が、これからすることを誰にもバレてはいけないのだ。


「……二番ホームにまもなく電車が到着致します。ホームドアの内側までお下がりになってお待ちください」


 気合いを入れるルーティンを試していると、電車を待つホームに電子音声の案内が入る。

 ——あと五十分。

 パーカーのポケットに入れた携帯は、十九時十分過ぎを示していた。三河島律子の家があるK区までは四十分もあれば間に合うだろう。

 乗り込んだ電車は空いてもおらず、込みすぎてもいない状態だった。青いシートのかかった七人掛けの椅子には仕事帰りと思わしき社会人たちが何人も座る中、点々とした空きスペースが目立つ。

 ほとんどが「知らない人間の隣に座るのは気まずい」という心理から来るものなのだろうが、一か所だけそうでなさそうなところがある。

 ——あの人、自分の状態がわかってないな。

 流奈が乗り込んだ車両の奥の席を認識してすぐに、前頭葉がちくりと痛んだ。

 携帯ゲームにうつつを抜かすスーツ姿の男性と文庫本を読んでいるオフィスカジュアルのスカートを履いた女性に挟まれる形で一人の中年男性が座っている。

 疲れたような目で宙を見つめながらぼんやりと口を開けている彼の額は割れて血が流れ、右腕はありえない方向に折れ曲がっていた。折れ曲がった肘がゲームに打ち込んでいる男性の腕に当たっているが、男性は気にした様子もない。きっと隣の者の存在などわかっていないのだろう。

 彼の身に何があったのかはわからない。だが、自分が死んでしまったということがわからないまま電車という空間の中を彷徨っているのだろう。

 ——どうか安らかに成仏してください。

 心の中で祈った流奈は、隣の車両に移った。

 中年男性の霊はまだ流奈には気づいていなかった。彼らは見える人間に寄ってくる。気づかれれば、助けを求められたことだろう。だが、彼を助ける余裕は今の流奈にはないのだ。

 物心つく頃には、水上流奈は尋常ならぬ存在が見える体質になっていた。

 道の端で手を振っている女の人、教室の隅に佇む見知らぬ生徒。彼らを示しながら「あれ誰だろうね?」と周りに聞くと、「そんな人いない」という言葉と異端者を見る視線が返ってくることが何度かあった。聞かない方が良いことだと気づくのにさほどの時間はかからなかった。

 そのうち「見ないふりをすれば見えなくなる」とわかり、自分の体質を騙し騙ししながら過ごしていたのだが。


「ばんかみ」のオーディションでは、緊張によりその意識が抜けてしまったのだろう、と今では思っている。

 メンバーを決めるオーディションの二次選考、個人面接のときだ。

 あれは渋谷の一角にあるスタジオだった。流奈を含む、一次の書類選考を突破した応募者はそこの部屋で面接を受けることとなった。

 緊張と共に入った面接会場。一瞬で頭が痛くなった。この世ならざる者が近くにいるときの身体反応がそこで起きてしまった。

 三人並んだ面接官の背後の部屋の角、オフィスカジュアルの服を着た女性が棒立ちしていた。目元が完全に隠れてしまうぐらい前髪を長く伸ばした彼女からは、明らかに生きた人間には見えなかった。

 アイドルになりたい理由、どんなアイドルになりたいかを説明している最中も彼女の存在に何度か意識を持っていかれた。


「大丈夫? なんか顔色悪いけど」


 ついには面接官であり、後のプロデューサーとなる高天原光明に心配される始末。必死に「大丈夫です!」と言ったが、緊張と佇むスーツの女の霊気で増してくる頭痛を悟られないようにするので精一杯で、「ああ、これきっと落ちただろうな」と思ったほどである。

 しかしそんな心配は杞憂で、流奈は無事に「ばんかみ」のメンバーになることができた。

 だというのに、大事な一周年を迎えたこの時期にこの事態だ。ファンの中に邪悪な霊を連れている人がいる。

 マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震えた。プロデューサーの高天原からのLINESだった。


『やっほ~、元気?』

『お疲れーライス! 今日のライブめっちゃ良かったよ~』

『これからもこの調子でヨロシク!』


 送られてきたメッセージの語尾には、カレーや笑顔、ピースサインやサムズアップの絵文字が過剰なぐらいついている。

 ——おじさん構文だな。

 中年男性が送りがちとされている、言葉の一部がなぜかカタカナだったり、絵文字がいっぱいついていたり、親父ギャグが入るような読み辛いメッセージのことだ。アラフォーを過ぎた年の割には若く見えるプロデューサーだが、中身はそれなりにおじさんのようだ。

 声を出さずに苦笑していると、新たなメッセージが届いた。今度のメッセージには絵文字は一つもついていなかった。


『握手会のときまで体調悪かったって聞いたけど大丈夫?』

『これからも続くようであれば病院行きなよ。通院代、経費で落とすし』


 ため息を吐く。メンバーの誰かが「念のために」と報告したのだろう。嫌な霊を見たことまで言われていないといいが。

『大丈夫です。今はもう平気ですのでご心配なく』

 ひとまずそう送る。

 そのあとのメッセージは、文字のフリックを操作する指が途中で止まった。


『悪い霊に憑りつかれているファンがいました。このままではばんかみの活動に差し障りがあるかと思います。名前などを特定して対策していただくことは』

 

「できませんか?」で締めくくって送信することはできず、結局全部消してしまった。

 直前に送ったメッセージにはすぐに既読がつき、「OK」のスタンプと『何かあったらすぐに言ってね~』といつも通りののんびりした返答が返ってくる。

 ——これはあたしの問題だよね。

 客席前方にいた呪詛を吐く悪霊。それを連れているファン。認識できていたのは、流奈だけのはずだ。他のメンバーを巻き込むわけにはいかない。これから流奈が行おうとしていることには。


「……やってやる」


 走る電車の走行音にかき消されてしまいそうな声で、流奈は呟いていた。

 茜がくれたお守りだから、という認識があったのだろう。彼女の指は、胸元の星形のペンダントをいじっていた。

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