嫌な奴は禿げるって相場が決まってるんだ。(※彼女の中では)
※途中、下品な話があります。
薬術の魔女は、絶賛不機嫌中だった。理由は少し前に遡る。
×
それはとあるパーティの日のことだった。
その日の薬術の魔女は綺麗に着飾られて、まるで精巧に作られた人形のように美しかった。元より、薬術の魔女は素朴な顔をしている。素朴で特徴のない、つまりは人形の素体のような顔。それを着飾らせたのだから、それは目を引いた。
それが良くなかったのだろう。
ある時、一人の男性に話しかけられた。
「美しい淑女、この僕と踊っていただけませんか?」
え、と思い振り返ると「やはり美しい」とうっとりした表情の男性がいた。服装からして、貴族だろう。
「結婚していますので」
「別に結婚していても誰とも踊ってはいけないなどと言う決まりはありません。ぜひとも」
「遠慮させてください」
「遠慮だなんて、謙虚な方だ。どうぞ、手を」
「……伴侶が呼んでいますのでー」
「それは残念」
どうにか逃げた。
夫の魔術師の男の側に寄る。「どうしました」彼が冷ややかに声をかける。夫とは『相性結婚』と俗世では呼ばれる、魔力の相性だけで選ばれ、結ばれた。いわゆる、政略結婚のようなものだ。
「な、なんでもない……」
夫の冷たい眼差しに、思わず視線を逸らす。見知らぬ貴族男性にしつこく言い寄られた、だなんて夫には言えなかった。
夫の側にいるから大丈夫、と言い聞かせる。
だが、なんだかじっとりとした視線が追っているような気がした。
と言うか、ストーカーになった。
なんだこいつ、である。
×
実のところ、薬術の魔女はストーカーには慣れっこだった。夫がストーカーだからだ(※現在進行形)。語弊がある。正しくは、夫は薬術の魔女の監視役なので、夫婦という関係を利用して監視されているのだ。だから、盗聴や盗撮に尾行とか夫にされている。
だが、薬術の魔女は夫を彼女なりに愛しており、そういうところも可愛いと思っているから問題になっていないのだ。
逆を返すと、どうも思っていない相手に付けられるのは迷惑な話だった。
×
「一体なんの用?」
薬術の魔女の元へ訪れた(注:尾行していた)、貴族男性に眉を寄せながら問うた。
「ああ、ようやく振り向いてくれた!」
嬉しそうな貴族男性。返事しない方が良かった。後悔したが遅かった。
それから、貴族男性は隙あらば薬術の魔女に話しかけてくるようになった。最悪である。
会話の内容は
「噂は聞いている。伴侶と仲が良くないんだろう? 女として見られてないなんて可哀想に」
「あんなやつ、僕が忘れさせてあげるよ」
「きっと、君の離縁を拒否されているんだろう? 宮廷魔術師なんて、所詮一代限りの魔術伯だ。この歴史ある伯爵である僕が口添えしたら離婚もできるよ」
「相性なんて目じゃない。技量でもっと天国見せてあげる」
……などと、正直言って下世話な話がほとんどだった。
薬術の魔女はこれでも軍医なので、男どもの下世話な話には慣れている。それはそうとして、積極的に聞きたい内容ではない。
「(……ていうか)」
下世話な話をするので下世話な内容になるのだが、なにがとは言わないが夫よりは小さいだろう。
無論、熊の男どものような大砲ではないが、夫は超高身長なのだ。体格相応とは言っていたがまああれである。
大きさではない、というなら技量はどうか。
言動からして、ねちっこそうである。
ねちっこいのは別に技量があるわけではない。逆に下手な可能性がある。あと時間がかかるのは好きじゃない。
というか、正直薬術の魔女は夫で十分なのである。
「(……話の内容に、全く魅力がない)」
まだ夫の方が魔術の興味深い話をしてくれる。それに、薬術の魔女が満足できるレベルの薬学の知識を持っている。どう考えても、夫の方に軍配が上がっていた。
「(ていうかさ、気付かないのかな)」
薬術の魔女は、夫との間に四人も子供をもうけている。本来、二人か三人で十分なところを。
『仲が悪い』と噂は流しているが、まあなんやかんや長く続くんだろうぐらいは予想できるはずなのだ。
×
そしてとうとう、あまりものしつこさに薬術の魔女は切れた。ぷっちんと。
なので、特別な薬を作ることにした。
魔力の生成量を著しく減らして毛根に影響を与える薬。いわゆる禿げ薬である。
自宅の調合室で、調合を開始した。
「はげろ〜はげろ〜」
薬術の魔女は一生懸命、念を込める。くつくつ、ぽこぽこ、と泡立つ鍋に。
「……何を作っていらっしゃるので?」
夫がドン引いていた。
「できた!」
完成品は小瓶一つ分くらいになった。
「これ、どーしよ」
いつものようにステルスごーちゃん(※透明化を施したゴーレム)で上空から散布しても良いのだが、それだと芸がない。
いや、その上に奴は薬術の魔女のせいだとはわからないだろう。
わからせてやるのが大事。インパクト重視である。
×
ある時、パーティがあった。
前回と同じようなものなので、当然、あの貴族も参加しているらしい。
「(こっそりかけちゃえ)」
ちょうど持ち合わせていた、例の薬が入った小瓶。その中身を手元のワイングラスの中にそっと入れた。これが体の一部にさえかかれば、ちょびっと禿げるのである。毛が薄くなる程度なので、まあちょっと痛い目見せる程度のものだ。
(近付きたくないけど)自然に近づき。
「あっ」
足がつんのめって、薬術の魔女はバランスを崩す。
ガチ転びだった。
衝撃で、手からワイングラスがすっぽ抜ける。
転んだ薬術の魔女は床に激突——
——するかと思ったら、衝撃がない。
「……あれ」
目を開けると、身体が浮いていた。
夫に抱き止められていたのだ。すぐさま、くるりと仰向けにされる。
「……小娘。足元にはお気を付けなさいと言ったでしょうが」
「はっ! 美だ!」
好みの美形顔が目の前にあったのだから、仕方ない。夫が、冷ややかな目で見返してきた。
「……言う可き言葉は?」
「うん、ごめんね……気を付けます」
「宜しい」
そのまま背中を押されて、立たされる。
周囲がやけに静まり返っていることに、薬術の魔女は気づく。
周囲を見ると。
「あ」
薬術の魔女が放った、ワイングラスを頭に乗っけている貴族男性がいた。ワイングラスは逆さまで、貴族男性は中身をもろに被ったようだ。
一拍あって、ずるり、と髪が抜け落ちる。
全てが抜け落ちた。見事につるぴかりんだった。
「あ、ごめん」
そんなにかけるつもりはなかったんだ。
途端に、周囲が蜂の巣を突いたかのように騒がしくなる。
「魔女の呪いだ!」「天罰だ!」「無差別テロだ!」
散々な言われようである。
そんなこんなでパーティは解散になった。
翌日、薬術の魔女はすっかり貴族男性のことを忘れた。記憶からポイ、である。
×
例の貴族男性を、僻地へと左遷させた。
「……これで、もう接触する事は無いでしょう」
魔術師の男は、小さく息を吐く。
実のところ、彼女に接触を図られた日から計画は練っていた。
「……彼女の方が、行動は早う御座いましたね」
魔術師の男は、手に持つ書類を『用済み』の方へと放る。
あの男の発言内容は全て記録にとっている。行ったことも全て。
それを上司に提出し、あとは公開されるだけ。
社会的に殺してやるのだ。
二度と這い上がれないように、トドメを刺す。
本編『薬術の魔女の宮廷医生活』(https://ncode.syosetu.com/n2390jk/)(推理モノ、スピンオフ(?))
本編2『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)(恋愛モノ、馴れ初めの話)
今回は年齢が近い宮廷医生活の方を上に置いています。




