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流離橋

作者: 浮浪者

過去に戦乱があり、今は平和な国の話です。江戸時代みたいなイメージで書きました。暇な人読んでみて、合わなそうだったらつまらないと言ってください。タイトルはさすらい橋です。


 町から山の方向へ一里ほど歩くと小さな村がある。静かなその村には流離橋がかかっている。約百年ほど前、まだ戦乱の傷跡が色濃く残っていた頃。旅人が国中を渡り歩いて作った橋。再生の象徴としての橋。流離橋を今日も人々が渡っている。役人、商売人、そしてー旅人も。


 夏の太陽が陽射しを降りそそいでいる。比較的小さな家々が並ぶこの村では、光を遮るものがない。退屈と暑さしのぎで子供たちは川で水をかけ合っている。

 特別なことはない。しかし平和だな。無邪気な笑い声を聞きながら、志郎はふとそんなことを思った。百年前に人々が争いあったとは思えないほど心地よい景色。

 ここは昔、焼け野原だったんだー父がよく口にしていた。そして必ず、流離橋の旅人の話をする。家族がうんざりしているのに構わずに。会ったこともないのに、よく夢中で話すよな。そう言えば父はすまんすまんと笑って、でもまた話し続ける。もう二度とあんな軽口はたたけない。想い馳せながら志郎は橋まで歩いていく。


「またあんたか。」

 苛立ちを隠そうともしない志郎の前にいるその男は少し振り向いたが、すぐに顔を背けた。

「ここの水は飲むなって、何度言えばわかるんだよ。」

 近くにあった注意書きを指差す。『流離橋の旅人の作った水』戦により汚水となった川の水の代わりに、村人と協力して旅人が作った井戸。月日が流れるにつれ、この井戸は旅人の遺跡として触れることが禁じられるようになっていた。

「だいたい、向こうにも水なんてあるだろう。何でわざわざここの井戸で飲むんだよ。」

 実際、志郎には意味がわからなかった。決まりを破ってまでそれを飲む理由なんてどこにもない。味なんてきっとたいして変わらないのだ。

 男は口元を拭ってふう、と息を吐く。伸びた髭から水がポタポタと垂れていった。そして、いかにも面倒くさそうに志郎を見、再び息を吐いた。

 その態度に志郎はさらに苛立ちが強まった。ため息つきたいのは俺の方なんだが。

「とにかく、子供が真似したりしたらいけないし、もうやめてくれよ。」

 志郎はじっと男を見る。男はボサボサの髪を掻きむしって、だが少し笑って、

「やだよ、めんどくせえ。」

 風が頬に触れる。男も風のようだった。それが懐かしかった。何でだろうか。面倒くさいって何だよ、と志郎は言えなかった。面倒だというただそれだけの理由で、流離橋の井戸で水を飲む男が自由で、むかついて、それでも羨ましかった。

「つーか、そもそも、飲み水として村人が作ったんだろ。それを飲まなかったら本末転倒だろ。」

「それは、そうだけど…。」

「だろ。固えこと言わないで、小僧も飲んでみろよ。」

「小僧じゃねーよ。志郎だ。」

 子供扱いされて志郎はむっとする。男は笑って、悪い悪いと謝る。笑い方が父に似ている。ああ、だからか。急に腑に落ちた。父はきっと旅人の気質なんだ。男の顔に懐かしい父が蘇った。


「志郎って流離橋好きだよな。」

 少し話さないかと誘われ、井戸の近くに座っているとその男、弥助はそんなことを言い出した。

「そうか?」

 自覚ないのかよ、と呆れたように言われ、志郎はふと考える。

「あの水飲んで怒ってくんの、お前だけだぜ。みんな見ぬふりしてる。だからあんな注意書き意味ないだろ。」

「別に好きとかじゃないし。」

「じゃあなんでいちいち突っかかってくんだよ。」

「それは…。」

 自分でもうまく言えなかった。何に俺はこだわっているのだろう。まあ、良いけどさ、と歯を見せて笑う弥助に再び父の面影が見えた。風が志郎を追い越して、橋の向こうまで飛んでいった。

 父も風のような人だった。そばにいるのに、どうやっても掴むことができなかった。それがどうしようもなく不安になった。掴んでいなければ、空の向こうへ行ってしまいそうで、でも結局掴むことができなかったのだ。

 志郎は旅人よりも、戦人のが好きだった。それは決して志郎だけに限ったことではない。むしろ、戦場において戦うこともせずに、逃げた旅人は弱虫だなんて言われていた。国中にあった流離橋だって、今では数えるほどしかない。

 だから父が流離橋の旅人を大切に思っているのがいつも不思議だった。どうしてと一度だけ尋ねたことがあっただろうか。父はやはり遠くを眺めて、

「戦う人はきっと勇気があるのだろう。それでも、弱虫と呼ばれても逃げて、人を殺すことから逃げていた旅人だって勇気があると思うんだ。」

 その時の志郎にはわからなかった。それでもふとした時、考える。強さとは何?正しさとは何?そんなことわからないよ、父ならそう言うのだろうか。

「おい、大丈夫か?」

 弥助の声で、志郎ははっと目を覚ます。

「大丈夫、考え事してた。」

「何考えたんだよ、そんなに。」

「…父のこと。」

 くたびれた着物を着た、髪の毛だってボサボサなこの男に話していいのかわからない。だけど、志郎の口は勝手に動いていた。

「父は変な人だった。いや、もしかしたら、すごい人だったかも。考えることが俺とは違った。俺だけじゃない、他の誰も父のことはわからなかったんだ。お偉いさんも多分父が怖かったんだと思う。だから、連れて行かれたんだ。」

 それが正しいとはどうしても思えなかった。わからないという恐怖は志郎だって知っている。父が何よりわからなかったから。

 それでも、ただ他の人と考えが違うから、普通じゃないから。それだけのことで父は罪人となった。ただ無邪気に流離橋の旅人を愛した父が、連れて行かれるとき、背中を丸めてすまないと涙を流した父が、一体何の罪を犯したというのだろう。

 思えば、志郎が流離橋に来るようになったのも父がいなくなってからだった。ここにいれば戻って来れるような気がして。それでも父は戻ってこない。風のようなあの人は二度と空を飛べないのかもしれない。閉じ込められた風は結局どこへ帰るのだろう。

「そのあとは大変だったよ。母は父の噂に耐えながら俺を育ててくれたけど、心労で二年後に亡くなった。苦労かけてしまった。」

 橋の向こうで子供たちは走り回っている。弥助は何も言わなかった。ただ遠くを二人そろって見つめていた。

「だからかな、どんな些細な規則とかでも守らない人が嫌なんだ。あいつらは捕まらないのに、父さんは捕まった。おかしいだろ?」

「悪かったよ。」

 弥助はおもむろに謝る。バツが悪そうで、なんだか志郎はおかしかった。この男も謝れるんだな。わからないと思っていても、もしかしたらそれは幻想なのかもしれない。

「別にいい。次からやらなきゃな。それにあんたに突っかかったのはそれだけじゃないし。」

「はぁ?俺それしか悪いことしてねーよ。あ、わかった、俺がかっこいいから嫉妬してんだろ。」

「ちげーよ。こんな汚いのによくそんなこと言えるな。」

 弥助はさも心外という顔で志郎に文句を言っている。父はこんなに汚くない。うるさくもない。それでも父にやっぱり似ていて、勝手に話したくなるのだ。俺は結局、父を探していたんだろう。

「…ったく、話聞いてないだろ。まぁ、いい、俺そろそろ行くぞ。」

 返事もしないでいると、弥助はため息を吐いて立ち上がる。ああ、それじゃあと志郎が答えると、背中を向けて歩き始めた弥助は不意に立ち止まって、

「汚くても生きていけるんだぜ。」

 そんなことを言って、橋を渡っていく。薄汚れた着物は風に煽られて、静かに、それでも確かに揺れていた。

「汚くてもか。」

 正しさはいらない、そう言われたように志郎は感じた。綺麗じゃなくても、泥まみれでもいいんだから、ただ生きていけと。

 無責任なこと言いやがる。志郎はぼんやり橋を眺めていた。日はすでに落ちかけて、子供たちは少しずついなくなっていった。


 志郎は立ち上がり、橋の近くに行ってみる。お世辞にも綺麗とは言えないその橋はどこか不格好で、それでもそこにいる。焼け野原で物がない世の中で、架け橋となってくれた。

 旅人はこの世には受け入れられない。弱虫で、無責任で、何一つ大事なものを持っていないと言われてきた。守るべき故郷とか、愛すべき人とか、曲がることのない信念とか。

 それでも彼らが作ったこの橋は、きっと多くを救ったんだ。たとえ今受け入れられなくったって、彼らは彼らの生き方で彼らを貫き通したのだろう。

 どこへでもいける。でも、どこにもいない。流離橋の旅人はそんな男だったのだろうか。父や弥助のような。ふと志郎はそんなことを思う。旅人には旅人なりの正義がきっとあったのだろう。そうだよな、父さん。


 夕陽が照らす流離橋を今日も旅人が渡っている。


書きたかったこと分からなくなってしまった…。読んでくださった方々、ありがとうございました。

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