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練習短編シリーズ

最強のメスガキ冒険者が万年Dランクのおっさん(俺)を離してくれない

作者: 歩く魚

 サンチャーの街に夜の帳が下りようとしている頃、俺はギルドの扉をゆっくりと開いた。

 この時間にもなると、他の冒険者もちらほらクエスト報告に来ていて、昼過ぎの静けさが嘘のように賑わい始める。

 クエスト報告には、大抵の場合は成果物の提出が求められる。その列に並んで待っていると、ついに俺の番がやってきた。

 

「やぁ、レイセさん」

 

 受付兼成果物の確認を任されている女性――レイセさんに声をかけると、彼女は眼鏡の奥にある凛々しい瞳をキラリと輝かせながら口の端をあげた。


「オージさん、今日もお疲れ様です」

「全然。他のみんなに比べたら、俺なんて頑張ったうちに入らないさ」

「そんなご謙遜を。この二十年、一日も欠かさずクエストをこなしているあなたを認めない人なんていませんよ」


 その言葉に照れ臭くなってしまうが、一つだけ訂正をさせてもらう。


「正確には、一日だけ納品できなかった日がありますけどね」

「あぁ……そうでしたね。でも、それがあなたの二つ名――『隻腕のオージ』の由来になったんじゃないですか。この街であなたの名前は、かつての勇者と同じくらい力を持っているんですよ?」

「全くもって、俺には過ぎた現状だよ」


 そう、俺はこの街では――自分で言うのもなんだが――慕われているし、恐れられてもいる。気さくに声をかけてくれる冒険者は多いが、乏してくる奴はいない。そんな人間じゃないんだけどな。


「さて、そろそろ成果物を渡すよ。あんまり長話してちゃ、並んでる人に申し訳ない」

「ありがとうございます。ええと、今日はなにを納品してくださるんでしたっけ」


 俺はレイセさんの背後にある、他の冒険者が納品した物にサッと目をやる。ボルケーノドラゴンの角に、サイクロプスの胸のコア、あとは鉱石類が少々。

 ふっ、と思わずため息をついてしまう。今日もご苦労なことだ。

 アイテムボックスのスキルを発動し、その中にあった「それ」を、力を入れて引き抜き、ギルドのカウンターに軽々と置いた。

 俺が持ってきた納品物を見て、レイセさんが目を見開き――。


「――す、すごい! 今日は薬草が大量じゃないですか!」

「偶然、穴場みたいなところを見つけてね。いやぁ、運が良かったよ」


 俺は万年Dランクの冒険者だ。冒険者のランクはFからSSまであるが、冒険者になって五年が経った二十歳の時にDランクに上がって以降、一つも階段を登れていない。

 失ってしまった左腕が原因なわけでもなく、ただ単に俺が弱く、才能がないだけだ。ボルケーノドラゴンなんて、目の前に立った瞬間に蒸発させられてしまうだろう。そんなやつを倒して、さらに角まで持って帰ってくるなんて、俺にとっては凄いとかそういうレベルじゃない。


「この街の周辺に一番精通してるのはオージさんですもんね」

「生まれてから三十五年ですからね。詳しくもなるってもんです」

「――本当だよね。おじさんはそれだけが取り柄なんだから」


 背後から感じる外の空気、そして甘ったるい声。

 振り返る途中、他の冒険者たちも同じように背後に視線を向けていることからも、声の主が理解できる。

 淡いピンク色の髪にくりくりとした大きな目、薄く皮肉気につりあがった唇。腰に短剣を二本ぶら下げ、鎧のようなものは何一つ装備していない。そのせいで、一歩進むたびに、小柄な体格に似合わないそれが大きく揺れる。


「クルミさん、お帰りなさい」

「うん、レイセちゃんありがとっ!」

「おかえり、クルミちゃん」

「はぁ? クルミちゃんとか呼ぶのやめてほしいんだけどぉ〜。おじさんは今日も薬草摘んできたの? その程度の依頼、やらなくていいのにねぇ〜っ」


 それはさすがに、と苦笑する。


「ほんとに今日もザコおじさんなんだから。ほら、私がこれあげるから、レイセちゃんに渡して?」

「い、いやぁ……それはクルミちゃんがやった方がいいんじゃないかな?」

「……あっそ。じゃあレイセちゃん、これ。ディザスタードラゴンの宝玉が三つね」


 その言葉にギルド中がざわつく。

 ディザスタードラゴンとは……もうなんかヤバすぎてよく分からん魔物だ。その宝玉が三つだなんて――。


「まぁ? 私はおじさんと違ってSSランクだしぃ? おじさんに比べたらこのくらい楽勝なんだよー?」


 確かにな、と所々から賛同の声が聞こえ、なんとも居心地が悪い。


「ってことで、私はもう帰るから。おじさんも後でちゃんと来てね?」

「……こ、こんなこと、もうやめにしないか? 俺は――」


 そう言った瞬間、彼女の身体から殺気の塊が噴出する。


「……あのさぁ、私がやるって言ったらやるの。これは義務だから」


 言い返す前に、クルミちゃんはギルドを出て行ってしまった。

 どうしたものかと考え込んでいると、「なぁ」と聞き覚えのない声が俺を呼ぶ。顔を見ても分からないため、おそらく、最近サンチャーにやってきた冒険者だろう。


「あんた、あの子に何かしたのか?」

「いやいや、特に何もしてないよ」

「それなら……あんな言葉遣いは、いくら世界に三人といないSSランクだとしても失礼じゃないか」

「それはちょっと……違うんですよね」


 レイセさんが助け舟を出してくれるが、その声色も何と言っていいか悩ましいようだ。

 その通りだ。俺はこれから彼に向けてことの経緯を説明するつもりだが、何度同じことをしても慣れない。

 俺が彼女に執着されているのは――彼女を助けたからだ。


 ・


 俺が二十八の時の話だ。

 何年頑張っても一向に能力が伸びず、毎年のように下の世代の背中を追いかけるようになっていくと、もはや嫉妬や悲しみという感情にも飽きてしまった。

 だから、俺は俺にできることを探そうと毎日クエストを受注していたのだが――ギルド内はどうやら一つの話題で盛り上がっているらしい。

 若干十歳にして冒険者となり、Cランクに到達した少女がいると。彼女なら将来、Aランクも夢じゃないという話だ。

 俺にとっては夢物語というか、おとぎ話のような感覚だ。

 その少女の名前も知らないが、まぁ十中八九、俺と関わることはないだろう。

 それなりの予測能力を身につけているはずだという自負が打ち崩されたのは、それから三日後のことだった。


「なぁ、クルミちゃんがクエストに行ったっきり戻ってこないらしい」


 ギルド内ではそんな話が上がると、その種火はたちまち燃え盛り、火事を引き起こした。俺を含めた多くの冒険者が捜索隊として駆り出され、可能性の塊を救うこととなったのだ。

 とはいえ、探して見つかるようなら大事にはなっていない。捜索は難航した。

 自慢じゃないが、俺はサンチャー周辺には詳しい。Dランクなんてろくな討伐クエストも受けられず、効率よく採集できる場所を探すくらいしか改善点がない。

 そんな俺が一人、雷に打たれたように閃き駆け出した先で見つけたのは、今まさにドラゴンに噛みつかれようとしていた少女の姿だった。

 少女はその高圧的な態度からクソガキと揶揄されることはあったが、今の彼女の顔には、誰もが皆平等に抱く恐怖しか感じない。

 あの子がどんな人間であれ、若い才能を、俺を超えていく誰かを助けることができれば、それは俺の生きた意味になるんじゃないか。ふとそんなことを思った時には、すでに足が動いていた。


「おおおおおおおおおおおおお!」


 柄にもなく自らを鼓舞する声を上げたことで、それに気付いたドラゴンが数瞬動きを止めた。

 俺はそのまま突撃して、へたり込んでいる少女を後方に投げ飛ばす。


「逃げろ!」


 俺はそう言いながら、矛先をこちらに向けたドラゴンの攻撃を避けた――つもりでいたが、左腕を噛み千切られる。骨がどうとか痛みとか、そんなものはなかった。

 生物としてあまりにも強度が違っていて、スライムを倒すよりも簡単に、俺の腕がなくなる。

 だが、その呆気なさが俺の足を動かした。俺はそのまま背後には目もくれず、少女を抱えると一目散に逃げ出す。

 必死の雄叫びは思わぬ幸運を呼び込んだ。聞きつけた冒険者たちが救援に駆けつけ、なんとかドラゴンを撤退に追い込むことができたのだ。

 そうして、俺は左腕を犠牲に若い芽を守り、その若い芽は花どころか大樹へと成長したわけだが――。


 ・


「おじさん、遅いんだけど?」

「えーっと、ごめん」


 俺の家には、何故かクルミちゃんがいる。っていうか、彼女を助けてから、俺の家に来なかった日はない。


「別に、私の時間はいくらでもあるけど、少しでもおじさんのマッサージしてあげたいから。なに、うつ伏せになることもできないの?」


 うつ伏せになることもできないの、とは「今日は腕が痛むの? それなら私が手伝うよ」という意味だ。

 彼女は口が悪いだけで、常に俺に気を遣ってくれている。

 俺はそれが申し訳なくて、彼女には彼女の人生を歩んでほしいのだが、それを伝えようとすると怒らせてしまう。

 うつ伏せになると、クルミちゃんは慣れた手つきで指圧を始める。その細い指は気持ちのいい箇所を的確に刺激し、背中を沈めるたびに声が漏れてしまう。


「ふふっ。私の指でそんなに声出しちゃうなんて、ざ〜こ♡」


 多分だが、労ってくれている。

 そうしてしばらくの間マッサージが続いたのだが、彼女は何を思ったのか、俺の背に身体を預けてきた。

 俺に娘がいたらこのくらいの歳になっているかもしれない。彼女は俺に恩を感じているだけだし、邪な気持ちを抱いていいはずがないが、大きな乳房の感触に思考が乱れる。


「ね、ねぇクルミちゃん? 疲れたならもう終わりに――」

「クルミ」

「……え?」

「クルミちゃんじゃなくて、呼び捨てにしてって言ってるよね? もう耳もよわよわになり始めちゃったの?」


 これは単純に罵倒である。


「……おじさん、だーいすきだよ」


 彼女が何か呟いたが、聞き取ることができなかった。

 まぁ、こんな感じで彼女は俺を離してくれないのだ――。


 ・


「えーっと、つまり『おじさんはそれだけが取り柄なんだから』っていうのは『おじさんにはそんなにすごい能力があるんだから』ってことなのか?」

「はい。『おじさんは今日も薬草摘んできたの? その程度の依頼、やらなくていいのにねぇ〜っ』は『今日もお疲れ様! 大変なら、いつでも私がやるからね』という意味です」

「じゃ、じゃあ……『ほんとに今日もザコおじさんなんだから』は?」

「あ、それは特に意味はないです。枕詞だと思ってください」

「……オージさんに宝玉を渡させようとしていたのは?」

「彼の手柄にすることでランクを上げてあげようとしていたんです。当然、オージさんが認めるはずはありませんけどね」

「『私はおじさんと違ってSSランクだしぃ? おじさんに比べたらこのくらい楽勝なんだよー?』は? これは流石に罵倒なんじゃ……」

「『私はおじさんのおかげでSSランクまで上がることができたし、あの時のおじさんの勇気、腕を失った痛みに比べたら楽勝だよ』ってことですね」

「も、もしかしてなんだけど……あの人って、すごい人だったりする?」

「えっと……彼には『隻腕のオージ』という二つ名があってですね。彼自身の実力というより、一人でドラゴンに立ち向かい、後の英雄を救ったという功績を讃えられてそう呼ばれてるんです。まぁ、オージさんに失礼な態度を取った人はクルミさんに再起不能に……失礼、シバかれるので、実質無敵です」

「あっ……へぇ……」

「ちなみに、クルミさんは『おじさん』って呼んでるわけじゃなくて、早いだけで『オージさん』って呼んでますね」

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