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8.捜査会議

次の日。朝早くから、赤兎馬から預かった資料をみるため、敦彦たちは朱雀藩の一室に集まっていた。昨日の話し合いの後に各自行った捜査で、いくつか分かったことがあるが、それを話すのは、一旦、京の捜査資料を見てからすることにした。

まず、遺体の全身に打撲痕があり、目をとる際にできたと思われる傷が残っていたと記されている捜査資料からみた。資料には、遺体に残っていた傷について事細かに、図付きで記されていた。志麻は、それらの傷について書かれた資料を読み、敦彦たちは被害者の名前や、当時の状況について書かれた資料を読んだ。


被害者の名前は、中村(なかむら)栄介(えいすけ)。当時の年齢は19歳。

美術商(びじゅつしょう)として、その世界では名高い大倉(おおくら)夫妻のもとで、中村は使用人として働いてた。

ただし、中村は、大倉の妻である香代子(かよこ)の宝石を盗んだとして、遺体が発見される二日前に解雇されていたらしい。遺体の発見場所は、小さな神社の階段の前。打撲痕があったことから、神社の階段から、ただ滑って落ちたか、または人に押されて落とされたかを疑っていた。まあ、遺体の目が取り除かれている時点で、前者はほとんどあり得ないだろう。目がとられていた理由としては、”不明”と記されてある。

(大倉...)

敦彦は、その名前をどこかで聞いたことがあるように感じた。どこで聞いたかを思い出そうとしていると、志麻から声をかけられた。どうやら、志麻も捜査資料を一通り読み終わったようだ。


「志麻さん、被害者に残っていた傷はどうでしたか?」


「全身に残っていたのは、どこか高い所から転落した時にできたもので違いねぇ。ただ、目のほうの傷を見たが、あれは完璧な手術跡だ。」


「手術跡!?」


茜は、思いもよらない答えに驚いた。敦彦は、資料中に図示された被害者の傷を改めて見たが、あまりよく分からなかった。


しかし、元医者だった志麻が言うのだから、ほぼ間違いないのだろう。


「手術跡ってことは、医療について知識がある者が事件に関わっているってことですか?」


「あぁ。間違いなくそうだろうな。しかも、この手術を行ったやつは相当腕がいい。切り傷に無駄が一切ない。おそらく、手術経験が豊富なやつなんだろう。」


「手術をたくさん経験したことあるってことは、医者あるいは元医者だった者の可能性が高いわね。手術なんて、そう簡単に何度も経験できるものじゃないもの。」


茜の見解に、敦彦たちは頷いた。ただ、一つ疑問が残る。


「でも、なんで、この遺体だけ、傷が残ってたんだ?今回の事件や、同じ犯人が起こしたと思われる他の事件では、遺体に傷一つ残っていなかったのに...。」


「敦彦の言う通り、そこが疑問なんだよなー。よほど、切羽詰まった状況だったのか。それか、傷を治すことができる術者か(あやかし)が、そのときいなかったのか。」


敦彦はなんだか頭がすっきりせず、うーんと唸った。当時の捜査資料は一部不自然に抜けており、誰が容疑者だったのか、知ることはできなかった。

しかし、捜査資料と、元医者の志麻のおかげで、犯人像が少しだけ見えてきた。それだけでも、大きな収穫だ。

他の、京で起きた4件の類似事件の捜査資料を読み終えたあと、敦彦たちは昨日の捜査で新たに得た情報を話し始めた。


「昨日、俺と茜は、被害者に付きまとい行為をしていたと思われる男の家に行ったんですが、男は三日前から家に帰ってきてないそうです。」


男の家は代々紺屋(こんや)を営んでおり、裕福そうな家だった。男は家族と一緒に住んでいて、染め物技術を父親から学んでいた。しかし、最近になって、男は仕事をさぼるようになったらしい。親は何度か説得を試みたが、その甲斐も虚しく、今はもう一人の跡継ぎ候補である弟に技術を教えるようになった。

だから、男が数日帰ってこなくても、どこかで(あそ)(ほう)けていると考えていたそうだ。あと、この家族は、自分の息子が付きまとい行為をしていた高田()()について、全く知らなかったそうだ。


「"三日前"ってことは、被害者が事件にあったと思われる日だな...。」


「えぇ。彼が犯人でないとしたら、偶然、殺害現場を見てしまって、犯人に拉致されているか。もしくは、もう既に殺されてしまっているか。敦彦と一緒に、町で聞き込みをしたんだけど、男を三日前以降から見た人はいなかったわ。」


茜はそう言って、その男に関してまとめられた紙を志麻に渡した。


男が行方不明と聞いた志麻は、今までやってきた捜査の勘から、男はとっくに死んでいる可能性が高いなと思った。


「その男に話を聞くことができれば、被害者が事件にあう前の足取りを知ることができたんですけどね。これじゃあ、頼りにしてた男の証言は取れませんね。」


敦彦は、残念そうにつぶやいた。


「いや、そうでもないぜ。」


そう言って、志麻はにやりと笑った。

たしか、志麻は、昨日の捜査会議の後、奉行所の者と一緒に、捜査範囲を拡大して聞き込みを(おこな)っていたはずだ。そのことを思い出した敦彦は、はっと気づいた。


(もしかして!)


「昨日の聞き込みで、被害者に関する耳寄りな情報が手に入った。」


志麻はそう言うと、昨日の聞き込み捜査で新たに得た情報を話し始めた。


それは、事件現場から少し離れた町の魚屋のおじさんの証言だ。

はなが遺体で発見された日の前日の昼頃に、おじさんは()()と会話をしていた。


「三日前の昼間、急に激しい雨が降っただろう?そのとき、被害者は雨傘を持っていなかったらしく、雨宿りしていくように、魚屋の店主が声をかけたらしい。」


そして、そのとき、はなに連れはおらず、一人だったと。


「三日前といえば、朝は快晴だったのに、昼になって急に激しい雨が降っていたわね。でも、場所によると思うけど、この辺りは、夕方まで降り続いてなかったかしら。」


敦彦も、"三日前"の雨は久しぶりにひどかったと記憶に残っていた。

(あの日は夕方まで降ってたから、まだ地面がぬかるんでいる所もあったんだよなー)

三日前の夜、敦彦は助っ人として、一番隊の仕事である討ち入りの指揮を()っていた。そのとき、夕方まで降り続いた雨によってまだぬかるんでいる地面に足を取られないよう、隊員たちに注意を(うなが)していたことを思い出した。


「あぁ。魚屋がある商店街らへんも、夕方まで降り続いてたはずだ。しばらくの間、雨宿りしても雨がやむ気配がないから、店主は傘を貸そうとしたらしい。」

しかし、店主がはなに話しかけに行くと、はなは傘をさしている女と何やら楽しそうに話していた。はなは店主に気づくと、雨宿りの礼を言って、"友達が途中まで送ってくれるから大丈夫"と伝えたそうだ。そのあと、はなは女の傘に一緒に入り、雨の中を歩いて行った。


「"友達"ね...。私が聞き込みをした被害者の友達の中に、三日前に会ったっていう子はいなかったわよ。」


「誰かが嘘をついているか。それか、俺たちが把握できてなかったかってことだな。ちなみに、店主は、その女の顔を見てませんか?」


敦彦の質問に、志麻は首を横に振った。


やっと事件の手がかりが掴めるかもしてないと少し期待していた茜は、その答えを聞いて、思わずため息をついた。また、捜査が行き詰ってしまったからだ。


「女の顔は傘に隠れていて、見えなかったみたいだ。女の年齢も分からない。ただ、女は長い黒髪で、紺色の着物を着ていたらしい。着物の柄は赤っぽい色の花だったそうだ。」


志麻は、その情報をもとに周辺で聞き込み捜査を行ったそうだが、女の顔を見たという人を見つけることはできなかった。


「長い黒髪の子なんて、町にたくさんいるから、人探しの材料にならないわね...。それに、その外見の特徴が合う子は、私が聞き込みをした被害者の友人の中にも3人いるわ。」


茜はそう言うと、被害者の友人たちの名前が書き留めてある紙を取り出し、3つの名前の横に印をつけた。名前の横の印がつけられた子たちが、長い黒髪の子なんだろう。


「とりあえず、捜査の進捗(しんちょく)具合(ぐあい)の報告はお互い済ませたことだし。その長い黒髪の女を探すことから始めるか?」


「そうですね。あと、被害者に付きまとっていた男の捜索も引き続きしましょう。」


このまま、ずっと部屋で話し合ってても何も進まない。今、自分たちがやるべきことは、犯人に繋がる情報や証拠を一刻も早く手に入れることだ。次なる被害者をださないために。

敦彦は、志麻の提案に頷いた。


「また、分担してする?あと、一応、お客様名簿に載ってた男の住所、教えとくわね。」


茜は、被害者に付きまとい行為をしていた男の住所を紙に書きつけて、志麻に渡した。


「おっ、ありがとな。」


志麻はそのメモを受け取り、制服のポケットにしまった。


(そういえば、志麻さんにはお客様名簿をじっくり見せてなかったな)


昨日の捜査会議の後、敦彦たちが、男の住所をお客様名簿から探し出していた時には、すでに志麻は聞き込みに行っていて、その場にいなかった。今、そのお客様名簿は敦彦の勤務室に置いてある。


(あとで志麻さんにもその名簿を見てもらおう。何か新しい気づきがあるかもしれない。)


敦彦がそう思ったとき、ふとお客様名簿のことが、何故か心に引っ掛かった。


(昨日、一通り見たけど、お客様名簿に載った人たちに変な人は、特にいなかったって...)

「あっ!思い出した。」


その大きな声に、志麻たちは、敦彦の方をぱっと向いた。


「あったんですよ。高田屋のお客様名簿に、大倉香代子さんのお名前が。」

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