6.簪と客(2)
一方、その頃、志麻は朱雀藩に到着していて、テーブルと椅子がある洋風な部屋に案内されていた。部屋には、茜と茶門司がすでに席についていた。
「悪い、少し待たせてしまって。」
「大丈夫よ。敦彦も、高田屋にお客様名簿を取り入ってから、まだ戻ってないの。」
たしかに、部屋に敦彦の姿はない。志麻は、部屋にいる見覚えのない眼鏡をかけた男が気になり、話しかけた。
「俺は、町奉行所の志麻敬人っていうんだが、初めましてだよな。」
男は書類整理をしていた手を止めて、眼鏡をくいっとおし上げて、志麻の方を向いた。
「初めましてですね。私は、三番隊の茶門司一と申します。この度の捜査、ご協力よろしくお願いいたします。」
茶門司は手を差し出し、志麻と握手を交わした。
「俺、捜査で三番隊と関わるのは初めてかも。」
「そうでしょうね。三番隊は藩か幕府からの依頼じゃないと動かないし、ほとんど表の捜査には出てこないもの。特に、茶門司さんは忙しいから、今回の捜査に参加してくれるって聞いて、びっくりしちゃった。」
「幸村副隊長に頼まれまして。それにこの事件、私自身も調査していく上で興味がでましたので。」
志麻たちは、敦彦が来るまで、各自の捜査状況を簡単に報告することにした。
被害者の友人たちの話を聞きにいった茜から、話し始めた。まず、被害者と仲が良かった6人に確認したが、遺体が発見される前日に会ったという人はいなかったそうだ。被害者は人から恨まれるような人ではないと、皆、被害者の死を知ってひどくショックを受けているようだった。あとは、被害者に最近変わった様子がなかったかや、親しい男性はいたかといった質問をして、様々な情報を集めたそうだ。
「その中で、1つ気になる情報があったの。彼女、お付き合いしている人はいなかったけど、ある1人の男性に付きまとわれていたみたいで。」
数人の友人は、被害者からそのことを相談されていたそうだ。男の付きまとい行為は、3カ月ほど前から始まっていた。もともと、男は高田屋の常連客でよく品を買っていたが、女にふられて落ち込んでいたところを被害者に慰めてもらったのがきっかけだったらしい。男は被害者に何度か好意を伝えるも断られてしまうが、どうしてもあきらめきれず、付きまとうようになった。
「ただ、この男は彼女に何か危害を加えるわけでもなく、どこからか隠れてじっと見てたり、後をつけたりといったことをしてて、彼女は奉行所に相談できなかったみたい。」
「確かに、ただの付きまといだけじゃあ、捕縛はできねえし。できるとしても、注意か警告を出すぐらいだしな。」
茜の推理としては、男の付きまとい行為がエスカレートした結果、彼女を殺したのではないかと。そして、彼女の目が盗られていたのは、彼女に自分自身を見てもらいたかったからではないかと、今の時点での考えを述べた。
「すげー、狂気的な愛だな…。でも、」
『その可能性は低いと思うぜ』
『その可能性は低いと思います』
志麻と茶門司が声をそろえて言った。声がそろった2人は、思わず顔を見合わせた。
「もしかして、幸村副隊長に何か依頼されましたか?」
「あぁ。そうだけど、」
その返事を聞いた茶門司は大体のことを悟り、自分が持ってきていた資料を茜たちに見せ始めた。2人同時に推理を否定された茜は、訳が分からず、首を傾げながら資料を見た。
「2人とも、一体、何を依頼されたのよ。私、敦彦から、何も聞いてないんだけど...。」
「えぇ、茜殿にはまだおっしゃってないと聞いてます。まだ、予測の段階でしたから、確実ではないことを言って、捜査に僻見を持ち込んでほしくなかったからでしょう。」
「えっ、茶門司さん、確信が持てないことなのに調べてくれたの??」
茜は、茶門司が、調べる根拠が不確かな依頼を引き受けたと知って、驚いた。
「彼の"勘"はかなりの確率で当たりますから。」
「”勘”ね...。俺は、大和内で似た事件が起きてないかを調べてくれって言われたけど、茶門司さんの方は?」
「私は、大和に隣接または近い京や近江などで、今回と似た事件が起きていないかを調べるように依頼されました。大和内は調べなくていいのかと疑問に思ってましたが、奉行所の方に依頼されてたんですね。」
敦彦から2人がそれぞれ受けた依頼の内容を聞いて、茜は、敦彦の大体の推理がみえてきた。
「つまり、敦彦は、今回の事件は、連続殺人犯が起こしたって考えているってこと?しかも、不特定な場所で。」
志麻たちは、それを聞いて、深く頷いた。そして、先ほど見せた資料について、茶門司が説明を始めようとしたとき、遅れていた敦彦が部屋に入ってきた。
「遅れてすみません!」
どうやら走ってきたようで、敦彦は少し汗をかいていた。
「まだ、そんなに進んでないし、大丈夫だ。それより、お客様名簿は預かってきたか?」
「はい!」
敦彦は、そう言って、風呂敷から高田屋のお客様名簿を取り出した。
「こっちに店を移した時からの記録なので、あまり量はありませんが、何かの役に立つかと。」
「あぁ、そうだな。もしかしたら、これで、被害者に付きまとっていた男の名前と住所が分かるかもな。」
(付きまとい?)
首を傾げた敦彦に、茜は、被害者の友人から聞き取った情報について、簡単に話した。
「でも、連続殺人犯の可能性があるなら、この男はたぶん違うわね。」
「いや、その男は重要参考人になるかも。被害者が死んだ当日も、付きまとい行為をしていた可能性が十分にあるだろ?」
敦彦の考えを聞いて、茜は”たしかに”と小さく呟いた。
「では、次に私が行った依頼調査の結果ですが、」
そう言って、茶門司は資料を見せながら説明し始めた。茶門司が調べた範囲は、大和に近い京、近江、伊勢、紀伊、摂津の5つの国だ。そして、類似事件が確認されたのは、その中で3つ。京と近江と摂津だ。
「各地の朱雀藩の支部に協力を仰いで、過去5年分まで遡って調べてみました。現在の時点で分かっていることは、近江の方で3件、摂津の方で2件の類似事件が確認されてます。そして、その事件の被害者たち全員、目が無かったそうです。」
(5件も...。しかも、全て、目が)
「ただ、今回のように術者や妖が関わっていると考える人はいなかったみたいで、朱雀藩に捜査の協力要請があったものは一つも確認できませんでした。そして、事件によっては、未解決だったり、自殺または事故として処理されているものも、一部ありました。」
「もし、今回、志麻さんじゃない人が捜査を担当してたら、また犯人を野放しすることになっていたこと...?」
茜は、そうなっていたかもしれない状況を考えると、ひどく恐ろしく感じた。
「でも、今回は、志麻さんが気づいて、俺たち二番隊に捜査の協力を依頼してきてくれたおかげで、未解決になるのを防ぐことができた。」
「えぇ。彼のような人が各奉行所にいれば、我々も捜査の連携が大変取りやすいのですがね。」
茶門司の言う通り、志麻のように、朱雀藩に捜査の協力要請をしてくるものは少ない。"幕府お抱え"の朱雀藩に対抗心を燃やす者がまあまあ多いからだ。そして、術者や妖などによる事件への関与を疑う者も、少なかった。なぜなら、町奉行所のほとんどが術者でない者で構成されており、明らかに普通の人ができないようなものでない限り、術者や妖の関与を疑わないからである。
「なんか、そんなに褒められると、照れるなー。」
敦彦と茶門司のほめ言葉に、志麻は少しむず痒い気持ちになった。
「それで、京の方も、同様に調べたのですが、なにせ範囲が広いもので。まだ報告を受けていないので、志麻さんから先にどうぞ。」
話す番が回ってきた志麻は、当時の捜査資料をテーブルの上に出した。志麻の調査結果によると、大和では、過去5年以内に4件の類似事件が確認できた。今回の事件を含めると、計5件起きていることになる。
「まあ、後は茶門司さんが言ってたのと一緒で、朱雀藩に協力要請したものはないし、全て未解決で処理されていた。しかも、事件が起きた年や時期、場所は全てばらばらだ。」
つまり、朱雀藩の本部がある地区で、この事件が起きたのは初めてだということだ。志麻が持ってきた捜査資料を見てみると、被害者の年齢、性別、職業などもばらばらだ。
「過去5年の間に、合計10件も...。共通してるのは、目が盗られていたことだけ。」
敦彦は顎に手をあてて、呟いた。
「目がくりぬかれた際にできる傷があったかについてだが、そのことについてかかれてたのは、この2件だけだった。そして、2件とも、そのような傷は無かったと書かれてた。」
志麻は、そう言って、その2件の捜査資料を指さした。
「近江や摂津の方も、そのような傷の有無について確認されていたのは2件だけで、どちらも傷一つなかったとのことです。どちらにせよ、その傷について確認されていない件も同一犯が起こした可能性が高いでしょうね。」
茶門司がそう話し終えた時、茶門司の近くに置いてあった水晶玉がぽわっと光りだした。
「えっ、何それ。光ってるけど?」
志麻は、いきなり光りだした水晶玉に驚いた。
「どうやら、京での調査結果が出たようですね。」
茶門司はそう言うと、水晶玉をテーブルの中心に置いた。皆で、光っていた水晶玉をみると、和室が映し出されていた。
【おっ、通じたかな?】
そう言って、水晶玉の中に現れたのは、朱雀藩の一番隊隊長の赤兎馬剣司だった。
「赤兎馬隊長、お疲れ様です!」
【おう、お疲れ、敦彦。それに茜も。そして、志麻さんでしたっけ?今回の捜査、よろしくお願いいたします。】
「えっ、はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
志麻は訳が分からず、とりあえず、水晶玉に映る赤兎馬に挨拶をした。
「赤兎馬隊長、休暇中にすみません。昨日依頼した京での捜査結果ですが、」
【いーよ、僕からやり始めたことだしさ。】
そう言って、赤兎馬は、京での調査結果を話し始めた。京では、過去3年のうちに類似事件が6件も起きていたらしい。後のことは、茶門司や志麻が調査した結果と同じだ。
(京が、断とつに多いな...)
京での調査結果を聞いた敦彦たちは、事件の数の多さに驚いた。
【それぞれの事件資料を奉行所から借りてみてたけど、気になることが一つ。6件のうち1件だけ、外傷が目立つご遺体があった。】
たしかに、今回を含む類似事件の中に外傷がある遺体は無かった。皆、全て気持ちが悪いほどに、傷一つないきれいな状態で発見されている。
「外傷って、どんな感じなの?」
【簡単にいうと、どっか高い所から落ちたように、全身に打撲痕が見られてる。そして、目がとられた時にできたと思われる傷があったようだよ。】
「その傷って、詳しく知ることはできるか?」
志麻は、遺体に傷が残っていたと聞き、少々食い気味に聞いた。
【傷の詳細については記載された資料があって、それを借りる許可はもらったから、明日には見せれるよ。】
赤兎馬は今日まで休暇を取っており、日が暮れる頃にこっちに帰ってくるそうだ。
「でも、全身に打撲痕ってことは、誰かに突き落とされた可能性も考えられるわよね。当時の捜査では、犯人を見つけれなかったのかしら。それとも、事件性を最初から疑っていなかったのか...。」
【事件性は、最初から疑っていたみたいだけど、なぜか中途半端に捜査が打ち切られて、ただの転落死として処理されてた。】
(それは何者かが事件を解決してほしくなくて、何かしらの根回しをした可能性があるってことか)
全身の打撲痕に加え、目をくりぬかれて発見された遺体が、“ただの転落死”として処理されるはずがない。
「証拠を握りつぶされねぇためにも、慎重に捜査する必要があるな。」
志麻の言葉に、敦彦たちは頷いた。
赤兎馬との水晶玉を介した会話を終えると、志麻は、さっそく気になっていることを聞いた。
「それより、すげーな、この水晶玉。これって何なの?。」
志麻の、その言葉を聞いた茜はふふと笑い、嬉々として語り始めた。
「これは、どんなに遠く離れた人とでも会話することが可能な水晶玉。通称”でんでん”!まだ、試行段階だけど、すごく便利だとは思わない?」
「すげー便利だとは思うし、奉行所にも置いてほしいくらい。でも、なんでこんなに嬉しそうなの?」
志麻は、嬉しそうに”でんでん”について語り始めた茜を指差し、少し困惑した顔で敦彦たちに聞いた。
「それは、”でんでん”が、茜さんとうちの隊の隊長の共同開発で生まれたものなので。」
茶門司がそう答えた。つまり、茜と三番隊の隊長が協力して生み出した製品ということだ。"でんでん”という水晶玉を介することで会話するだけでなく、向こう側の状況を映し出すこともできる。今は、まだ試行段階で朱雀藩の本部と支部のみで使われているが、そのうち、奉行所やほかの藩でも使われるようになるだろう。そして、ゆくゆくは民間人の間でも使うことができるように、日々改良を重ねている段階だ。
「茜、”術者”としては優秀だったんだな...。」
志麻は、茜がそのような開発も行っていると初めて知り、感心した。
「”術者としては”は、余計よ。」
茜は小声で言うと、志麻を軽く肘でこづいた。
「でも、茜は本当に優秀な術者ですよ。朱雀藩の中で"符"を作れるのは、茜と三番隊隊長だけですから。」
「えぇ。敦彦殿の言う通りです。」
敦彦と茶門司の言葉に、茜は少し照れくさくなった。
大体の捜査状況を報告しあった後は、また各自分かれて捜査を行うことにした。敦彦と茜は、被害者に付きまとっていた男の名前と住んでいる所が、お客様名簿から明らかになったので、そこを訪ねることにした。志麻は、奉行所の者たちと共に、被害者の目撃情報がないか、捜査範囲を拡大して行うそうだ。茶門司は、やらなければならない沢山の他の依頼があるので、一旦、捜査から外れるらしい。
そして、赤兎馬が京から持って帰るであろう事件資料を見るために、明日、もう一度ここに集合することにした。