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4.目のない死体(3)

一度町奉行に戻る志麻たちと別れた敦彦たちは朱雀藩に戻り、被害者の身内がやってくるのを待つことにした。被害者の本人確認をしてもらうため、部下を迎えにやったのだ。


(はな....。それに"小間物屋"....)


事件の概要を聞いた敦彦は、先ほどからずっと気になっていることがあった。


「なぁ、(あかね)。その被害者の家の小間物屋の名前って、"高田屋"?」


敦彦は脳裏によぎる嫌な予感を解消するべく、現場周辺で聞き取った情報を紙に書き留めていた茜に話しかけた。


「えぇ。(くし)とか(かんざし)のデザインが評判が良かったみたいで、1年ほど前から、京からこっちに店を移して商売してたそうよ。」


(1年前!!)


「どうしたの?もしかして、被害者と知り合いなの?」


「...分からない。ただ、もしかしたら知ってるかもしれない。ご遺体、見てもいいか?」


ーーーーーーーー

敦彦と茜は、被害者の遺体を確認するために、勤務室とは少し離れた場所にある霊安室(れいあんしつ)へ向かった。朱雀藩で遺体を預かる場合は、基本的にこの霊安室に置かれる。この霊安室はただの遺体安置場だけでなく、外からくる呪いや霊といった(たぐい)にいたずらされないように遺体を守る役割も果たす優れものだ。茜は、遺体のもとへ敦彦を連れていき、手を合わせ、遺体の顔に掛かっていた布をそっと外した。


「どう?聞いてたと思うけど、目はまだ見つかってないの。」


(あぁ、やっぱり...)

「...一年前ぐらいに、京に行ってた時、この人から(しな)を買ってる。すごく親切に相談に乗ってくれたから、覚えてたんだ。」


瞼を閉じた彼女の遺体の顔を見ていると、京で楽しそうに櫛や簪を売る彼女の姿がだんだん脳裏に蘇ってきた。


(どうして、彼女がこんな目に...)


「じゃあ、敦彦は、彼女がまだ京で働いていたころに一度会ってるのね。」


心配そうに聞く茜に、敦彦は悲しげに頷いた。いくら事件に慣れているとはいえ、やはり見知った顔の者が被害者や事件に関わってくると悲しくなってくる。敦彦たちは霊安室を一度出るため、再び遺体の顔に布をかけようとしたとき、外から部下の声がした。


「敦彦副隊長、先ほど被害者のご両親をお連れしました。こちらまで案内してもよろしいでしょうか?」


敦彦と茜は互いに視線を合わせてうなずきあい、ここまで案内するように命じた。敦彦たちは遺体の周辺を整えた後、霊安室を一度出て、待つことにした。数分後に、部下とご両親と思われる方たちが来た。母親と思われる女はひどく顔を青白くして、今にでも倒れそうな感じだ。


「今回はこちらまで来てくださりありがとうございます。朱雀藩の赤兎馬(せきとば)です。こちらは副隊長の幸村です。今から、ご遺体の確認をしていただきたいのですが、2人ともご一緒に確認されますか?」


「私は見る。お前は外で待ってるか?」


男は、震えている女を支えながら、言った。


「...見ます。...だって、まだあの子と決まってはないでしょう。」


敦彦たちは、2人を遺体のもとへ案内した。そして、そっと布をとった。その後は、女のむせび泣く声が霊安室にただ響いた。男も女の背中をさすりながら、必死に涙が出るのをこらえていた。


「...この子は私たちの娘です。どうして、こんなに優しくて良い子がこんな目に合わなきゃいけんのです...」


うぅぅ.....。ついに男は耐えきれなくなったのか、声を押し殺しながら地面にしゃがみこんだ。そして、恨みをぶつけるかのように、地面を手で殴った。


「....大変悔しいのですが、まだ事件の全貌は明らかになってません。しかし、必ず、お嬢さまのために一刻も早く解決できるよう、全力を尽くさせていただきます。」


敦彦は地面にしゃがみこんだ男と同じ目線の高さまでしゃがみこみ、再び地面を殴ろうとしていた男の手を手で優しく受け止めながら、そう言った。



その後、被害者の両親がだいぶん落ち着いてきた頃に霊安室を後にし、色々と事情を聴くために2人を部屋に通した。両親には、娘がどこで発見されたかなどの話せる範囲内のことを話し、現在、朱雀藩の二番隊と町奉行所が協力していることを伝えた。


「"目がない"って、どういうことですか??しかも、二番隊って。娘は、化け物に殺されたってことですか?」


娘の顔はどこにも傷がなく、きれいだったため、2人とも目がないことには気づいていなかった。


「お嬢さんの目は、残念ながらまだ見つかってません。犯人が持ち去った可能性が考えられています。そして、傷一つつけずに目をとる所業(しょぎょう)。私たちは、術者または人ではない何かが関わっていると疑っています。」


「だから、二番隊ってことですね。」


被害者の父親の方はだいぶん落ち着いたようで、被害者の交友関係や最近の身の回りの出来事を落ち着いて話してくれた。話を聞いていく中で、被害者は近々開店する予定の高田屋2号店の経営を任されていたらしいことが分かった。


(それなら、怨恨の可能性もあるのか...)


「あの子はこれからっていう時に、非道な奴らに無残に命を奪われた。どうか...、どうか、あの子のためによろしくお願いします。」


そう話すと、両親は揃って敦彦たちに頭を下げた。


「頭をあげてください。まだ捜査は始まったばかりですが、奉行所の者と協力して必ず、犯人を見つけ、捕まえます。二番隊一同、全力を尽くします。」


捜査に必要な情報をあらかた聞き終わると、再び部下に被害者の両親を家まで送り届けるように指示した。娘の遺体は、両親と話し合った結果、取り敢えずこちらで1ヶ月引き取ることにした。まだ見つかっていない両目を見つけ出して、出来る事なら一緒に極楽へ送ってあげたいという両親の願いだ。

遺体を預かる場合、”防腐の符(ぼうふのふ)”を施すことで、遺体を腐らせず、亡くなった当時の状態のままを保存することが可能だ。ただ、その符は1回しか使うことができず、その効果が続く期間は最大3カ月という欠点もある。だから、朱雀藩内で遺体を預かるとしても、必ず3カ月以内という規則がある。


(3カ月、いや、1カ月以内になんとか解決してあげたい...)


まとめられた捜査資料を読んでわかった情報は、事件発覚から1日も経っていないとはいえ、まだごくわずかだ。犯人と思われるような不審な人物の目撃情報もなく、被害者の足取(あしど)りも分かっていない。両親から聞いたところ、()()は1日休暇を取って出掛けており、夜遅くなったら友人の家に泊まるかもしれないと言っていたそうだ。だから、両親は娘が帰ってこなくても、別に心配はしなかったそうだ。


(目撃情報もないってことは、やっぱり別の場所で連れ去られて殺されたか...)


敦彦はもう日が暮れたので宿舎に戻らず、自分の勤務室に戻ることにした。資料をぺらぺらめくって見返していると、誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえ、敦彦の部屋の外でちょうど止まった。


(夜勤の者か?)


「幸村副隊長、今夜も勤務室でお泊りですか。宿舎で寝なさいと言っているでしょ。今日は休みだったのでは?」


そう声をかけて勤務室に入ってきたのは、茶門司(さもんじ)(はじめ)だった。


「茶門司さん、ちょうど良いところに!!」


敦彦は思いがけない人物の声に、嬉し気に顔をゆがめて勢いよく振り返った。そのキラキラした顔に嫌な予感がした茶門司は、思わず"げぇ"という言葉が出そうになった。


「...嫌な予感がしますが、一応聞きます。仕事の依頼ですよね?」


茶門司(はじめ)。情報収集や密偵を得意とする朱雀藩の三番隊に所属している。三番隊は表向きに活躍はしていないため、一般人にはあまり知られていない。しかし、三番隊によってもたらされる内部情報によって、一番隊と二番隊は作戦を立て討ち入りを行っているため、三番隊は朱雀藩にとってなくてはならない重要な(かなめ)なのである。


「はい。お忙しいところすみませんが、現在扱っている事件で探ってほしいことがあるんですが...」


敦彦は事件の概要を簡単に説明し、ある1つの依頼をした。


「まったく...。根拠が明確にはない依頼は本来受けないのですが、今回はあなたの勘を信じて探ってみます。明日には、お知らせできると思いますよ。」


「茶門司さん、ありがとうございます!!」


茶門司は三番隊の一隊員にすぎないが、情報収集や密偵の能力は隊長にも匹敵するぐらい優秀と言われている。その能力のため、多くの部下や他の隊の者に頼りにされている茶門司は、休む暇がないほど忙しそうにしている。その彼が、調べる根拠があまり明確ではない依頼を受けるのは珍しかった。

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