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2.目のない死体(1)

「おばちゃん、2人だけど空いてる?」


敦彦(あつひこ)白夜(びゃくや)は朱雀藩を後にしたあと、敦彦が外で食べる時によく利用する町の定食屋「白菊(しらぎく)」に来ていた。敦彦が店内にいる女性の店主に話しかけると、気前よく2人席に案内してくれた。


「副隊長さん、今日はえらい美人さん連れてきはったね。一瞬、あんさんの“いい人”かと思ったわ。でも、お侍さんで、その羽織りは白虎藩の方やろ?」


白夜は小柄で、容姿も女のように綺麗なため、女と見間違えられることは珍しくなかった。


「はい。敦彦の友人の、白夜です。白虎藩に所属してるので、あまりこっちの土地勘がなくて。敦彦におすすめの定食屋に連れてきてもらったんです。」


「あらー、そんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ。水菓子、おまけしちゃおうかしら。」


女店主は少し頬を赤く蒸気させたあと、メニューの説明を始めた。おすすめは、季節の京野菜の天ぷらがのった蕎麦らしい。


「じゃあ、俺はそれで。白夜は西京焼き?」


「それで頼む。」


白夜が奈良や京の味噌を使った西京焼きが好物で、こっち側に来た時にいつも食べているのを敦彦は知っていた。


「今日は鮮度がいい鯛を仕入れててね。楽しみにしてて!」


女店主は注文をとると、調理場に引き返していった。


「明るくて、良い人だな。」


「そうそう。任務で疲れた時とかにここに来て、おばちゃんと話をするだけでエネルギーもらってる。」


そして、それは敦彦だけでなく、朱雀藩の多くの隊員が感じていた。だから、多くの隊員たちは皆、外で食べるとなった時は、定食屋「白菊」を利用していた。


「白夜は、どのくらいこっちにいる?」


「一応、休暇だから、2日間こっちにいて、3日目の午前中に帰る予定だよ。」


「“()”使わないの?使ったら、白虎藩のところまで瞬間移動出来るだろ?」


()”。それは術を扱える者のみが使用することができる便利道具だ。符の効果は様々で、符を作る術者に高い能力があれば、どんな用途の物でも作成可能だ。瞬間移動の能力が付与された符は、予め符に設定された場所にどこからでも瞬時に移動することができる。敦彦もすぐ緊急時に対応できるように、朱雀藩の場所が設定された数枚の符を普段から携帯していた。この符を使うことで、いつでも朱雀藩の本部に瞬時に戻ることができるのだ。


「ただの休暇で来てるんだ。距離があるといっても、緊急の(しら)せはない限り、使わないよ。それに枚数は限られてるし。」


符に能力を付与できる術は高度な術を操るスキルがいるため、ごく僅かな者しかできなかった。それにも関わらず、幕府はそのような技術を持つ者を江戸に集め、経済発展のために様々な研究をさせていた。だから、符をつくれる術者は各藩に3人いるかいないかだ。今のところ、朱雀藩には、符をつくれる者は2人しかいない。


「やっぱ、どこの藩も、符をつくれる術者が足りないよな...。」


「幕府に優秀な人材を取られたからね。でも、その幕府がしてる研究のおかげで、生活がだいぶん便利になったこともある。特に“術操桜燐(じゅそうおうりん)“なんかは、遠方に簡単に行けるようになったから、助かってるしね。」


術操桜燐(じゅそうおうりん)“。幕府が集めた研究者たちに開発させた交通機関の一つだ。既に外国にあると言われる「鉄道」を視察で観察し、真似てつくったもので、“乗り物操作”を付与した符を組み込んだ乗り物である。燃料が無くとも、符さえあれば動くので、大変効率が良い。逆に各国からその技術を教えるように幕府に嘆願書が沢山届いたくらいだ。”術操桜燐“は自動操縦のため、符に欠陥がない限り、故障や事故はないが、符の数に限りがあるので、一日に運行する回数が極端に少ないのが欠点だ。


「符をつくれる術者が増えれば、術操桜麟の運行が増えて便利になるよなー。」


「そうだね。それに、術者が増えて活躍できることは、いまだにもたれてる偏見を変えることが出来るかもしれないし。」


幕府の命で人々を守るために動く藩に、術者のみで組織された二番隊が存在するおかげで、昔ほど術者に対する差別は減っていた。しかし、何も能力を持たない者の一部にとって、術者は気味の悪い存在であり、とある村では村人全員が一体となって1人の術者に暴行を加え、死亡させた事件もあった。その件を考えると、自分が何かしらの能力を持っていても、わざわざ術者を名乗ったり、人前で術を使うのを躊躇する者は大勢いるだろう。一方で、人とは異なる力を持つ術者を神のような存在として重んじて崇拝する、少し“いき過ぎた”場所もある。幸運なことに、敦彦や白夜が幼い頃暮らしていた村では、そのような差別や思想は全くなく、何かの能力をもつ者でも、村の1人の人間として扱ってくれるいい場所であった。


敦彦たちがそんな話をしていると、どこからか美味しい匂いがただよってきた。


「はい!お待たせしちゃってごめんねー。」


敦彦たちが注文していたメニューが届いたのだった。

温かい蕎麦つゆの香り。匂いをかぐと、より一層お腹が空きそうになる。


「美味しそ!!ありがとう、おばちゃん。」


「どういたしまして。白夜さんも、このお店の味、気に入ってくれると嬉しいわー。」


白夜は、目の前に置かれた鯛の西京焼きを一口食べた。


「!」


「どうかしら。お味は?」


「とても美味しいです!鯛もやわらかくて、ちょうどいい甘さで、ご飯が欲しくなりますね。」


鯛はほろほろで美味しく、味噌は上品な甘さで、白夜好みの味付けだった。


「あら、嬉しい!!自家製の味噌なのよ。さぁ、どんどん食べて」



―――――――――――――――――

ある河原で、昼間から町奉行所(まちぶぎょうしょ)の者が忙しそうに出入りしていた。普段なら温かい日差しのもとで、子供たちが川遊びして、賑やかな場所だが、今は紐が張られ、中に入ることができないようになっていた。川から女の死体があがったのだ。


志麻(しま)さん、自殺ですかね?」


現場の指揮をとっていた志麻に、部下は遺体を見て言った。


「いや、確実に自殺じゃない。目を見てみろ?」


志麻にそう言われた部下は、恐る恐る遺体の目を見た。遺体の目は、(まぶた)が閉じられていたが、どこか違和感がある。


「瞼をめくってみろ。」


部下が言われた通りに、めくると、違和感の正体が分かった。


「うわっ!!」


部下は思わず仰け反り、後ろに尻餅をついた。


「めっ、目が...、目がない!!」


遺体には、目が綺麗にくり抜かれたように無かったのだ。


(目のくり抜かれたご遺体か…。まぁ、遺体には苦しんだような痕は残ってなさそうだ…。もし死後に目を取られったっていうなら、まだ浮かばれるな。)


「ちょっと、部外者は立ち入り禁止ですよ!紐がはってあるでしょ。勝手に入らないでください。」


志麻の後方で、勝手に現場に入ろうとする者を咎める声が聞こえてきた。


「“部外者”じゃないわよ。あなたたちの上司から依頼があったんだから。」


志麻が後方を見ると、朱雀藩をあらわす朱色の羽織りを身につけた長い葡萄(ぶどう)酒色の髪を1つに結った女と“部下”と思われる男が後ろに控えていた。


「よぉ。そいつらは俺が呼んだ。通してやってくれ。」


志麻にそう言われた部下は、現場に朱雀藩の者たちを通した。


「何が“よぉ”よ。今度から現場に呼ぶときは、部下にも私たちが来るってこと伝えておいてよ?」


「あぁ、悪かった。なにしろ緊急事態でな。(あかね)、お前たちの力が借りたい。」


赤兎馬(せきとば)(あかね)。幸村敦彦と同じ朱雀藩二番隊に所属している。そして、朱雀藩一番隊の隊長である赤兎馬剣司の実の妹だ。


「私たち、二番隊を呼び出すってことは、そういうことなんでしょうね?」


「あぁ。」


志麻は、茜たちを遺体の近くに連れて行った。


「一見、妖や呪いが関わってるとは思えないけど...。あっ、目がくり抜かれてるわね。」


茜は遺体を一通り見たが、やはり妖や呪いが関わっているとは思えなかった。強いていうなら、両目がくり抜かれていて、不気味なところぐらいだ。


「俺は、今は与力(よりき)だが、これでも医者だった。この目のくり抜きは、ただの“人”じゃ出来ねぇ。」


志麻(しま)敬人(たかひと)。今は与力として、治安維持のために町奉行所に所属しているが、昔は医者として働いていたこともあった。


「医者といっても、俺がみてたのは生きてる人じゃなくて、死んだご遺体様だけどな。」


志麻は、医者のとき、死因を解明するために遺体を解剖する医者として(ひそ)かに幕府に所属していた。その後、色々とあって医者を辞めたが、与力という職に辿り着いたのだった。そこでは、何百体の遺体をみてきた医者としての経験が大変役に立っていた。


「なるほど、あなたの得意分野ってことね。今までも何回か仕事一緒にしてたけど、初耳だわ。さぁ、あなたの見解を早く聞かせて。」


「ご遺体の目を見てみろ。傷が一つもねぇ。しかも、瞼めくった中も、出血したような痕跡もないし、同様にこっちも傷がねぇ。修行中の医者でもわかる。どう考えても”人“じゃあできねえ技だ…。」


茜は志麻に指摘され、遺体の目を再び見ると傷がない違和感に気づいた。


「分かったわ。この件は私たちが引き受ける。身元の特定はもう済んでる?」


「特定は、そんなに時間はかからないと思うぞ。ご遺体の着物を見てみろ。」


茜は遺体の体にかけられている麻を捲って、着物を見た。とても高級品とは思えないが、織り方を見るに、決してただの町の人たちが着れるようなものでもない。


「どこかのお金持ちのお嬢様とまではいかないけど、商人の家ぐらい裕福なところの人ってところかしら?」


「まぁ、そんなところだろ。成金(なりきん)かもしれないが…。しかし、目が取られているが、顔は美人だ。これなら、目撃情報とかは取れそうだ。」


(この人の言う通りだわ。確かに、このぐらいの美人なら、目につく。)


茜は、目撃情報の聞き込みをしやすくするために、後方にいた部下に一枚の紙を渡した。部下は、自分が何をすれば良いか分かったようで頷き、すぐに懐から鉛筆を取り出した。


「何する気だ?目がない人相図でも描くのか?」


「違うわ。私たちは“二番隊”よ。彼は顔の一部が欠けたり、顔を整形していても、その人のもっていた本来の顔が“視える”のよ。だから、今それを描いてもらってるの。」


「へぇー。それは、指名手配者探しとかに便利そうだな。」


「えぇ。しかも、彼、絵を描くのがすごく上手いの。」


茜と志麻が話していると、部下が絵を描き終えたのだろうか、鉛筆を懐にしまい、茜に紙を見せた。


「こんなもんでしょうか。彼女、綺麗な目をお持ちでしたよ。」


「...そうね。しかも、まだ若くて、これからやりたいことが沢山あっただろうに。許せないわね…。」


志麻も、茜が持っている人相図を後ろから覗き込んだ。出来栄えはかなり良く、これならすぐに情報は集まるだろうと確信した。茜は、絵を描いた部下に志麻の部下たちとともに、その絵を使って情報収集するように命じた。



茜が部下と分かれた後、志麻は、いつも現場で見かけていた者の姿が見当たらないことにある疑問がわき、疑問を解消するべく茜に尋ねた。


「そういえば、いつもいる二番隊の副隊長さん、今日はいないの?」


「今日は、非番よ。」


「もしかして、デートっていうやつ??」


志麻が冗談のように言うと、背を向けていた茜は、すぐ振り向き、顔を少し歪めて言った。


「さぁ?私は知らないわよ。ただ幼馴染と過ごしてるっぽいけど。」


「その幼馴染が女か男か分かんねーんだろ?だから、もやもやして、いつもより落ち着きが無かったってことか。」


「そっ、そんなことないわよ!私は普段と変わらないわ。」


「そーかね。」

(こんなに分かりやすい反応なのに、敦彦のやつが鈍すぎだろ)


茜と志麻が言い合っていると、茜の部下の1人がおずおずと申し訳なさそうな顔をしながら近づいてきた。


「あの…、すみません。俺、副隊長が非番って知らなくて、さっき伝書の符を使って、副隊長に連絡とってしまいました。すみません!!」


「えっ?」


「敦彦なら、事件優先でこっちに来そうだよな…」

(それとも、その“幼馴染”を優先するか)

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