<番外編 4>
注) 「3.目のない死体(2)」で敦彦とわかれた後、「7.簪と客(3)」で敦彦と再開するまでの、"北条 白夜"視点での話となっています。番外編(1)(2)(3)の続きです。
夜食のおにぎりを食べ終えた白夜は風呂敷をほどき、各隊に渡す土産を取り出した。そして、各隊に所属する男と女に、勤務室に置いておくように頼んだ。
「中身は、何ですか?」
男は、高そうな木箱を受け取ると、興味津々に、白夜にそう尋ねた。
「落雁っていう、甘い砂糖のお菓子だよ。多分、食べたことはあるんじゃないかな?」
「へぇー、“らくがん"っていうんすね。明日、隊のみんなと食べるの楽しみにしときます。」
「あぁ。食べたら、感想でも聞かせてくれ。」
白夜は、風呂敷に入っていた他のものを取り出して、全て机の上に置いた。数冊の本に、金平糖、煎餅。そして、敦彦から貰った上等な赤い箱。
(そういえば、まだこの箱の中身は見てなかったな...)
「白夜隊長、その細長い箱、何を買われたんですか?」
男は、白夜が机に取り出した赤い箱に気づき、箱を指差して尋ねた。
「上等そうなお箱ですね。もしかして、誰かからの贈り物ですか?」
女も赤い箱に気づき、白夜にそう尋ねた。
「実は、まだ、箱の中は見てないけど、みずきの言うとおり、幼馴染みからもらったんだ。」
白夜は2人に幼馴染みについて軽く話しながら、細長い赤い箱を開けた。
(これは......桜のかんざし...?)
箱の中には、可愛らしい桜の簪が入っていた。
「おっ、簪ですか。飾りの花は、桜ですかね。」
男は、白夜の手元にある赤い箱を覗き込んで、そう言った。
「桜だね。まるで、桜の一生が、簪の飾りで精巧に表現されてるみたい。」
そう言いながら、白夜が簪を手に取ると、飾りの1つである桜の花びらがしゃらりと、音を立てて揺れる。
「ほんと、きれいですね。桜の蕾まで飾りであるなんて、珍しいですよね。...でも、この簪、先程、白夜隊長がおしゃってた幼馴染みさんから、頂いたのですよね?」
女は桜の簪を見ながら、首を傾げて、白夜に尋ねた。
「うん。白夜ではなく、“ゆり”宛てにだけどね。」
「えっ、それなら、その幼馴染みさんも、知ってること?白夜隊長が、」
「いや、知らないよ。それは、絶対に有り得ない。」
白夜は首を横に振って、男の言葉を遮るように、そう言い放った。
「どうして、絶対に有り得ないと言えるのですか?」
男の言葉を強く否定するように言った白夜に、女は優しく聞いた。
「...彼は、ゆりの葬儀に参列しているんだ。だから、有り得ないんだ。葬儀まであって、死んだと思っていた者がまさか生きているとは思わないだろう。」
「じゃあ、これは、亡くなったゆりさんにお供えしてくれってことで、お兄さんである白夜隊長に渡したんですかねー。それで、白夜隊長は、朱雀の幼馴染みさんに、あのことは言わないおつもりですか?」
「ちょっと、色々と聞きすぎよ。ほんと、無神経なんだから。」
女は、男を肘で小突いた。いや、小突いたと言えるのだろうか。どすっと、鈍い音が聞こえたような気がする。
「っつ、いてぇ...」
やはり痛かったのだろうか、男は顔を青くしながら、小声でぽつりと声をもらした。しかし、白夜にとって、それは何度も見慣れた光景であるため、男の心配など、今更しない。
「ははっ、大丈夫?」
でも、一応心配なので、笑いながらではあるが、白夜は男に尋ねた。
「白夜隊長は、別に、この男のことなんて、心配されなくていいです。全く、何でもかんでも、聞いて。」
「だって、気になったから!.....っ、いってぇ。でも、聞いちゃいけないことだったら、すみません。」
「いや、聞いてもらっても、全然大丈夫だよ。ただ、敦彦に言うかどうかはまだ、決めれてないんだ。もし、言ってしまったら、今まで共に過ごしてきた思い出が全部消えてしまう気がしてね。それに、私自身が誰なのか、分からなくなりそうな気がして。」
白夜が目を伏せながら悲しげにそう言うと、最後にこう零した。
「......こわいんだ。」
(こわい...ずっと嘘をついて騙してきた私を、敦彦はどう思うか)
2人は、静かに白夜の話を真剣に聞いていた。"大丈夫だ"なんて、簡単に言えないし、言ってはいけない。己ができることは、ただ、この人の近くにて支え、どんな時でも絶対的な味方でいることだ。2人はそう思い、いかなる時もこの人のそばで支えて、味方でいようと心の中で、固く誓うのであった。
その時、部屋の外から、わんという鳴き声がした。3人とも、声がした方を向き、戸に1番近かった女が障子を開けた。
そこには、白い虎と、1人の子供がいた。
「やっぱり、お前たちだったか。子供はもう寝る時間だぞ?」
白夜はそう言いながら、子供の頭を撫でた。
「僕は、もう子供じゃない。それに、ルーカスだって、まだ起きてるじゃないか......ふぁー」
子供はそう言って、大きな欠伸をした。やはり、眠たそうだ。
「俺は、子供じゃないってーの。」
ルーカスと呼ばれた褐色肌の男は、子供の頭を軽くこつんとした。
「あっ、痛い。子供に何すんだよ、ばーか。」
「都合のいい時だけ、子供って、言うなよ。大体、そういうとこが、お子ちゃまなんだろ。」
大袈裟に痛がる子供をみて、男はからかうように言った。お子ちゃまと言われた子供は、子ども扱いされたのが悔しかったのか、減らず口を叩き、男と言い合いを始めてしまった。
(また、始めったな。でも、まあ、喧嘩するほど仲がいいっていうしな)
男と子供は、今現在、文句を言いあっているが、普段は同じ隊に所属していることもあってか、仲良く遊んでいる姿がたびたび見られていた。男は面倒見がよく、度々、子供が1人で眠れない時は一緒に共寝をするほどの世話焼きぶりだ。
(あっ、でも、そろそろやばいかもな...)
言い合いをなかなか止めない2人を見る女の視線が鋭くなる。心なしか、女の周りの空気の温度だけが下がったような気がした。
すると、女は、勢いよくパンっと一度手を叩いて、2人を黙らした。
「いい加減なさい、2人とも!今は夜ですから、お静かに。白夜隊長はお疲れなんですから。それに、ルーカス、あなたもちょっとは大人な対応しなさいよ。」
女に怒られた2人はしゅんと項垂れ、女の怒りに縮こまっていた。どうやら、反省はしているようだ。
その様子を見ていた白夜は、思わずふっと笑いをこぼした。そして、白夜は、笑いを堪えるのを我慢できず、声を上げて笑った。
急に笑い出した白夜を、3人はぽかんとした顔で見ていた。
「白夜隊長...?」
どうしたのだろうかと、女は少し心配そうにそう言った。
「ついに、疲れが溜まりすぎて、情緒がおかしくなっちゃったんじゃ。」
男も、心配そうな顔で白夜を見て、言った。
「ごめん、ごめん。つい、2人がしゅんとなっている様子が面白くて、笑っちゃった。...それに、見慣れた光景だから、なんだか余計に安心して。」
笑いすぎて、涙が出てきてしまったと、白夜は涙を手で拭いながら、そう言った。
「ふふっ、確かに、見慣れた光景ですよね。怒るこっちとしては、いい加減にしてほしいぐらいですけど。」
「”見慣れた"って言っても、そんなに、喧嘩してないだろ。なあ?」
男は、子供に同意を求めるように、そう聞いた。
「ルーカスの言う通りだ。けんかなどしておらん。」
子供は、腕を組んで自信満々に言った。子供のそばにいた白い虎も、まるで賛同しているかのように”わん”と鳴いた。
「そうだね。お前たちは仲が良いものね。」
そう言いながら、白夜は、自信満々に胸を張って言う子供を、優しげに見つめていた。
「じゃあ、今日だけは、お前も特別に夜更かしして、私の大和での土産話でも聞くか?」
"夜更かし"という単語に目を輝かせた子供は、元気よくうなずいた。
そして、子供は男のそばに引っ付くように座ると、白夜の話に耳を傾けた。
「...じゃあ、話を始めようか。」