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12.お茶会(3)

大倉(おおくら)夫妻の別荘を出た後、敦彦(あつひこ)たちは来た時に通った道を戻り、朱雀藩へ戻った。その頃には、もう夕日が沈みかけていた。

敦彦たちとは別で捜査を行っていた部下の報告を聞いたが、被害者に付きまとっていた男も、事件当日に被害者と一緒にいたという黒髪の女も、依然として行方が分かっていないそうだ。


「京からこちらの別荘に連れてきた使用人がもっと多ければ、色々な情報を聞けたかもしれませんが、連れてきた使用人はたった2人だったのであまり上手く聞きだせませんでしたね...。」

敦彦は残念そうな顔で、志麻(しま)にそう言った。


「そうだなー。3年前の事件についての聴取内容も、ほとんど資料と変わらないし、不審な点も見当たらない。あの"薫子(かおるこ)"っていう使用人からは、何か聞きだせそうな感じだったが、話す前に夫人の邪魔が入ったしな。」


「また、行き詰ってしまったわね...。捜索も難航しているようだし。やっぱり、3年前と今回の事件が同一犯だとしても、3年前の事件の被害者の関係者が、今回の事件の顧客だったのは本当に()()()()だったってことかしら?偏見かもしれないけど、夫人や使用人に、医学の知識や医者としての経験があるようには見えなかったわ。」


(あかね)の言う通り、()()()()の可能性も十分考えられると思うよ。でも、3年前の事件は、今回や他の事件と比べると、(あら)が多く感じるんだ。本来殺すつもりはなかったけど、異例の事態があって、突発的に殺してしまったっていう感じで。」


「だから、その時の被害者の近くにいた人物、つまり、関係者が怪しいってことか。」


「はい。あくまで予想ですけど。」

敦彦は、志麻の言葉にうなずきながら、そう言った。


「なるほど、"突発的"ね...。たしかに、その場合だと、被害者に身寄りの家族はいない点や、遺体として発見される数日前に解雇されてた点を踏まえると、主人である大倉夫妻が怪しくなるってことね。それか、犯人がほかの人に犯行を及ぼそうとしたところを、被害者に見られてしまって仕方なくといったとこかしら。」


「まあ、そうだな。でも、今回の場合は、後者の線は薄いと思うぜ。後者の場合、被害者と同じ日に近くで遺体が発見されるとか、何かしらの証言が大体の場合あるが、それが全くなかったからな。」


志麻の言う通りだ。しかし、それは、適正かつ公平に捜査が行われたことが前提だ。3年前の事件の場合、不自然に捜査が打ち切りになっていたことから、そこらへんも少し怪しい。


敦彦たちがそうやって話し合っていると、廊下をドタバタと走る音が近づいてき、戸がバッと開けられた。


「幸村副隊長!お疲れ様です!今、お時間って、あっ、会議中にすみません!」


戸を開けた隊士は、中に敦彦以外の者がいたのを知り、急いで戸を閉めた。


一瞬の出来事で、敦彦たちは少しの間呆気にとられていたが、一人の笑い声が静寂を破った。


「ははっ、最近の若者は元気があって良いなー。」

勢いよく閉まった戸の方を見ながら、志麻は笑いながら言った。


「すみません、志麻さん。」


「良いってことよ!それより、用があるみたいだったけど、行かなくていいのか?」

志麻は、謝る敦彦の方をぽんと叩いて、そう言った。


「今のって、最近、二番隊に入隊した子よね?こっちはもう大体まとまってるから、あっちの方へ行ってあげて。良いですよね、志麻さん?」


「あぁ、もちろん。新人さんは最初が肝心だからな。何か伝言あったら、茜に言っとくから、後で聞いてくれ。」


「はい!ありがとうございます。悪いけど、茜、後は頼んだ。」


「えぇ。こっちは任せといて。」


ーーーーーーー

敦彦が部屋から出て行ってから、茜と志麻は明日から行う捜査について、少しの間、話し合っていた。

話し合いの結果、茜たちは、明日、被害者である高田はなの友人たちのうち、長い黒髪の人に再び話を伺うことにした。一旦、志麻たちとは別行動だ。一方で、捜索は、二番隊と町奉行所で協力して、引き続き行うつもりだ。


「じゃあ、大体、話し終わったことだし、そろそろお(いとま)するわ。」


「そうね。門のところまでお見送りするわ。」


門とは、朱雀藩を象徴する朱色で塗られた大きな門のことを指す。それは、何百年もの前から、常に、朱雀藩の入り口でどっしりと構えており、移り変わりゆく人々や町を見守ってきたという長い歴史をもつ大事なものだ。


「別に、ここで解散でいいぞ。茜も忙しいだろ?捜査で何回か来たから、出入り口までの道は分かっているから、大丈夫だ。」


「それが、そうもいかないのよ、一応、"お客さま"なんだし。それに、朱雀藩じゃない人を一人で、藩の敷地内をうろうろさせるのも、あまり良くないことだから。」


「そう言われたら、たしかにな。それなら悪いけど、門のとこまで頼むわ。」


茜と志麻は部屋を出て、一緒に門へ向かった。

歩いている最中、少し離れた場所に、先ほどわかれた敦彦の姿が見えた。敦彦の周りには、話し合い中に部屋へ慌てて入ってきた新人を含む数人の隊士がいた。何を話し合っているかは、茜たちがいるところまで聞こえないが、大方、報告書か、仕事で分からないところなどを聞いているのだろう。


「相変わらず、忙しそうだなー、おたくの副隊長さん。」

隊士に囲まれて、忙しそうに対応している敦彦を見ながら、志麻は、つぶやいた。


「えぇ、今は特に大変だと思うわ。うちの隊の隊長、新人さんへの研修で、ひと月ほど、京の方に行ってるの。だから、その間だけ、敦彦は、隊長の代わりも果たさないといけなくて。」


「ひと月か、そりゃあ、結構長いな...。それで、今年は、何人ぐらい、入隊したんだ?」


「なんと!今年は、嬉しいことに、二番隊にたくさんの入隊希望者が来てくれたの!だから、だんだん人手が足りなくなってきた京の支部にも、人員をしっかり確保できたわ。」

志麻の質問に、茜はとても嬉しそうに笑って答えた。


入隊者が増えたことに対して、茜がこんなに喜ぶにも無理もない。

一番隊や三番隊とは違って、敦彦や茜が所属する二番隊に入隊するには、“術者である”ことが必要条件なのだ。そのため、ただでさえ、人数が少ないのに、年々、入隊者の数は減る一方だったのだ。しかし、今年は、何故か、いつもより、二番隊への入隊希望者数が3倍ほど多かった。


「3倍って、急に増えすぎだろう...。なんで、今年はそんなに多かったんだろうな?」


「それが、こっちでもよく分かってないの。でも、入隊した人たちの経歴には怪しいものはなかったし、身元の保証も確認できたから、どっかからの潜入の可能性はほぼ無いわ。」


朱雀藩は、“幕府お抱え”の藩だ。もし、藩の中に、どこかの組織の諜報員や、謀反(むほん)(くわだ)てる者がでてきたならば、それを見抜けなかった藩だけでなく、幕府までもが無能と評価されしまいかねない。そういうことを防ぐために、入隊者の身元確認や身辺調査は念入りに行なっているのだ。他の、白虎藩、青龍藩、玄武藩も同様だ。


「そうか。それなら、良かったなあ。これで、"()"を作れるやつがちょっとは増えたらいいなー。」


「そうね。符を作れる術者が一人増えるだけでも、だいぶん楽になるわ。でも、それぞれの術の特性というものがあるから、簡単には見つからないかも。」


今のところ、朱雀藩で符を作成できる術者は、茜と三番隊隊長の2人だけだ。

両者とも、互いにまあまあの仕事量を抱えている身で、符を作成する仕事がさらに上乗せでくるため、日々、多忙を極めている。茜は符を作成する仕事が好きだから、その時間が息抜きになっているが、作成する符の量を考えると、さすがに、もう一人、符を作れる人員が欲しいと、常々思っていた。


そんなふうに仕事や、最近できたお店について話しながら歩いているうちに、朱雀藩の出入り口にある朱色の門までたどり着いた。


「そういえば、茜、明後日、何か予定あるか?非番なんだろ?」


「たしかに非番だけど...、って、なんで知ってるのよ?」


休暇のことについて言った覚えのない茜は、朱雀藩ではない志麻が知っていることに疑問を覚えた。


「さっき、茶門司(さもんじ)さんに聞いた。」


(あぁ...、あのとき)

志麻にそう言われて、茜は、大倉夫妻の別宅から帰ってきたときに、廊下で志麻が茶門司と立ち話をしていたのを思い出した。

(あの時、なに話しているのかと思ってたけど、事件とは関係ない話だったのね)


「まあ、非番で、あいにく予定は何もないけど、休み返上で捜査するつもりよ。今回の事件、なるべく1ヶ月以内には、解決してあげたいの。」


茜の真剣な表情を見た志麻は、ふっと笑った。


「やっぱ、茜のことだから、そう言うと思ったぜ。でも、茶門司さんから伝言だ。」


(伝言??)


「”しっかりと、与えられた休みは取ってください。そうでないと、下の者は休暇を取りにくいですし、労働調査監督官の査察(ささつ)が入ったら、一発で()()()です。"だそうだ。二人とも働きすぎだと、茶門司さんが、ぼやいてたぞ。」


(そういえば、毎年、幕府に提出している俸禄(ほうろく)や休暇についての書類は、三番隊の人たちが作成しているんだったけ。......毎年ごめんなさい、茶門司さん)


茜は心の中で茶門司に謝るとともに、ふと、先ほどの志麻の言葉が引っかかった。


「"二人とも"って、私と誰なの?」


その言葉を聞いた志麻は、"はぁー"と小さくため息とついた。


「誰って、敦彦に決まってるだろ。お前ら、同じ熱量で仕事に真剣に向き合ってるから、互いに働きすぎってことに気づかないんだろうな。(はた)から見たら、心配になるほど働いているぞ。」


「えっ...、そんなに?」


そんなに働きすぎだとは思っていなかった茜は、少し動揺しながら、志麻に聞いた。


「あぁ。事件のことが気になるのは分かるが、茜も、敦彦も、休めるときにしっかり休め。そうじゃないと、いざっていうときに動けなくなる。」


いつも能天気な志麻が、珍しく真剣な表情で言ってくるので、本当に心配しているのが、茜に伝わる。


「...分かった。明後日は休むわ。」


茜がそう言うと、志麻は嬉しそうに笑った。


(...普段、ちょっとイラっとすることもあるけど、ほんと、面倒見のいい兄貴分なのよね。そんな人だから、この人を尊敬して、慕って、共にお勤めを果たしたいという者が多いのでしょうね)


「それで、明後日、予定はないけど、それがどうかしたの?」


それを聞いた志麻は、何やら思い出したのか、"あっ"とつぶやいた。


「あかね、」


(なんだろ?)


「明後日、俺に少し付き合え。」

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