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10.お茶会(1)

部屋に入った敦彦たちは、大倉(おおくら)夫人に言われた通りに、夫人と対面する位置にある長椅子に腰を掛けた。"ソファー"とよばれる長椅子はふかふかした手触りで、座り心地が大変よく感じた。夫人のそばにいた女は、敦彦たちにお辞儀をすると、部屋から出て行った。


ソファーに座り、夫人と真正面から向き合った敦彦たちは、先ほどと同様に名を名乗り、今回訪れた目的を話した。敦彦たちに3年前の事件についてまた話してほしいというお願いをされて、夫人は少し疑問を(いだ)いていそうだったが、ぽつぽつと話し始めてくれた。


「3年前の、あの事件のことですね...。私も、当時は大変ショックでしたの。使用人が辞めた理由がなんであれ、数年の間、彼には住み込みで働いてもらってましたから、私にとっては家族のようなものでしたのよ。」

そう話す夫人は、少し憂いのある表情を浮かべていた。夫人の話によれば、被害者の中村栄介(えいすけ)には、身寄りがいなかったそうだ。そのため、大倉夫妻の屋敷の部屋を一つ貸して、使用人として住み込みで働いてもらっていたと。


「中村さんが解雇された理由は、奥様であるあなたの宝飾品を盗んだからだと聞いておりますが、それは確かでしょうか?」


敦彦の質問に、夫人は首を縦に振った。


「...えぇ、そうよ。当時、そのことを知ったときはとても驚いたわ。信用していた身近な人間に裏切られたんですもの。でもね、数年間、同じ家で家族のように過ごしてきたこともあってか、奉行所に盗み人として突き出すようなことはできなかった。だから、ただ彼を解雇して、屋敷から出て行ってもらったの。」


そして、その二日後に、彼は遺体として発見されたのだ。夫人に、彼が亡くなった日に何をしていたかや、彼を恨んでいた人物の有無なども聞いたが、3年前の聴取内容とほぼ変わらず、新たなる発見は無かった。


「それで、どうして、今頃、3年前に起きた事件の捜査をなさっているのかしら?」


(やっぱり、きた!その質問)


事前に、敦彦たちは、3年前の事件について何を尋ねるかを話し合っていた時、その質問がされることはある程度予想していた。ただ、問題なのは、事件について、どこまで大倉夫妻に話すかだ。

こちらとしては、今回起きた、高田はなの事件に、大倉夫妻が関与しているのではないかと疑っているとは知られたくない。知られた場合、未だに手元に残っているかもしれない証拠を消されたり、京にある本宅や、他の別荘へ移る可能性があるからだ。だから、あくまで、3年前の事件に類似した事件が起きたから、そのことについて詳しく知っている者から話を聞こうとしたという(てい)でいこうということになったのだ。


「実は、3年前の、中村さんの事件に類似した事件が、最近この辺りでありまして。3年前の事件は、すでに転落死として処理されていますが、もしかしたら同一犯の可能性も捨てきれず、再捜査という形で3年前の事件関係者の方にお話を伺いに(まい)った次第です。」


「......そう。」


敦彦の簡潔な説明に納得したのか、夫人は、小声でそうつぶやいた。


その時、敦彦たちとすれ違いで部屋を出て行った女と、使用人の早見(はやみ)が部屋に戻ってきた。早見たちは、お皿や茶器のようなものが乗ったお盆を手に持っていた。


「お茶の準備ができたようだし、今から、少し休憩で、"ティータイム"にいたしましょう。」


夫人は、嬉しそうにそう言うと、早見たちの方を見て、互いに目を合わせて頷きあった。


「ティー、タイムですか?」


聞き覚えのない言葉に、(あかね)は首をかしげた。


「えぇ。日本語で言うならば、"茶の湯”みたいなものかしら。実は、最近、誰かを屋敷に招いてお茶を振舞う機会がなかなかなくて...。あなたたちが少しでも話し相手になってくれると嬉しいのだけど、忙しいかしら?もちろん、事件に関することも話すわ。」


(”ティータイム”か。事件について話すだけ話して、すぐに追い返されるだろうと思ってたけど、まさかの展開...。志麻(しま)さん、どうするんだろ)


敦彦はそう思いながら、志麻の方を向いた時、志麻は席から立ち上がり、夫人の手を両手で優しく握った。


志麻の思いもよらない行動に、敦彦と茜は思わず志麻の方をガバッと向いた。


(急にどうしたんですか!?志麻さん!)


「ぜひ!私でよければ、喜んで、話し相手の役目を務めさせていただきます。」

志麻の返答に、夫人は"まぁ"と言い、嬉しそうに微笑んだ。


使用人の早見たちによって、卓上に、お皿や外国から仕入れたであろう茶器が並べられる。早見は、お皿の上に、切り分けられた黄色い、ふんわりとした洋菓子を置いた。一方、女は、"ティーポット"といわれるものを持ち、敦彦たちの前に置かれた”ティーカップ"にお茶を注いだ。


「この黄色いお菓子は、"かすてーら”というのよ。南蛮のお知り合いさんから、貰ったの。そして、このお茶は、"ハーブティー"とよばれる飲み物よ。どうぞ、召し上がって。」


"かすてーら"。南蛮から、肥前(ひぜん)の方にある港を介して持ち込まれた菓子として、噂で聞いたことがある。ただ、かすてーらは白砂糖や卵といった高級食材を使用して作られるため、上流階級の者のみが味わえる代物(しろもの)だ。それ故に、敦彦も、かすてーらを食べたことは今まで一度も無かった。


敦彦は夫人に礼を伝え、かすてーらを食べやすい大きさに切り分けて、一口食べた。


(うまっ!噂には聞いてたけど、想像以上にうまいな...)


茜や志麻も、かすてーらやハーブティーをそれぞれ味わっていた。


「どうかしら、お味は?お口にあうのだと良いのだけど...。」


「とても美味しいです。この"かすてーら"っていうもの、初めて食べましたが、想像していたよりも優しい甘さで食べやすいですね。それに、生地がふわっとしてますね。」


敦彦の素直な感想を聞いて、夫人は嬉しそうに笑った。


「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。南蛮の食べ物でも、私たち日本人のお口にあうように、日々改良を重ねてるみたいなの。この"かすてーら"もね、最初はもっと甘かったのよ。だから、より多くの日本人に美味しく食べてもらうために、私たちが馴染みのある和菓子のような優しい上品な甘さに変えたの。」


「へぇー、そうだったんですね。」


敦彦は相槌を打ちながら、ハーブティーを口にした。ハーブティーは、飲むにはちょうどいい熱さで、どこか心が落ち着くような匂いがした。


「このハーブティーも、美味しいです。柑橘系のにおいがしますね。」

ティーカップを持ち上げて、匂いを楽しんでいた茜がそう言った。


(たしかに、そう言われてみれば、柑橘系のにおいがするような気がするな...)


「そうなの!さすが、女の子ね。この柑橘系の匂いになかなか気づいてくれる人いなくて。レモングラスやアールグレイといったハーブをいくつか混ぜてるの。そして、ハーブは、全て、この子が育てたものなの。」


そう言って、夫人は、先ほど敦彦たちにハーブティーを淹れてくれた女を紹介した。女の名前は、薫子(かおるこ)というらしい。


(年は、見た目からして、自分と同じくらいか、少し下かな)


夫人に名前を紹介された女は、敦彦たちの方を向き、会釈した。


「それにね、私たち女性にとっては嬉しい、美肌効果のあるローズヒップも少し入ってるの。」


「美肌効果!それは嬉しいです!それに、全て手作りなんてすごいですね。」


「えぇ。うちの子はすごいの。志麻さんも、お口にあったかしら?」


夫人が、志麻の方を見ると、志麻はすでにかすてーらを食べ終えていて、ハーブティーを飲んでいた。


「はい。とても美味しいです。このお菓子とハーブティーの相性、かなり良いですね。夫人に、こんなに沢山のおもてなしをいただいて、逆に申し訳ないくらいです。」


「まあ、お上手ね。そんなお気になさらずに。それに、私の方がお礼を言いたいくらいよ。誰かとこんなふうにお茶の時間を楽しむのは久しぶりだもの...。」

夫人は少し寂しそうに笑いながら言った。


「そういえば、ご主人はどちらに?」

志麻が、夫人にそう尋ねた。敦彦も、志麻と同様に、なかなか主人が敦彦たちの前に姿を現さないことや、屋敷にあまり人がいないことが少し気になっていた。


「主人は、病のため、数年前から床に伏していますの。だから、屋敷はおろか寝室からもなかなか出ることが出来なくて...。だから、ここには、私と数人の使用人たちで来ましたの。」


「病ですか...。それは大変ですね。」


「えぇ。医者にはひと月に何度か診てもらっているのだけど、治すことはできないって言われていて。今は、お薬でなんとか痛みを和らげてもらうことしかできなくて...。」


治すことができない病。夫人の話を聞くに、おそらく不治の病だろう。

(そうなると、夫の大倉昭夫(あきお)は、二、三年前も病だったと考えると、容疑者からは多分はずれるな)

敦彦がそんなふうに考えていると、志麻が再び夫人に質問をした。


「屋敷には、御手(おて)医者(いしゃ)がいらっしゃるのですか?」

御手医者。身分のある者や、お金や権力を持つ者に召し抱えられている医者のことだ。要するに"お抱えの医者"だ。

今回の、高田はなの事件は、遺体に傷一つ残っていなかったため、分からなかったが、3年前の中村栄介の遺体には、目を取り除く際にできたと思われる傷が残っていた。そして、それは"手術跡"だった。

(もし、屋敷にお抱えの医者がいれば、そいつが何か関わっている可能性がある...)


敦彦と茜は、志麻の質問の意図がなんとなく分かり、夫人の答えに耳をそばだてた。


「いいえ、いませんわ。一時期、考えたこともありましたけど、京の方のお屋敷は、町が近くにあるので、そこのお医者様に頼んでいますの。町医者ですが、腕はとても良くて助かってますのよ。...でも、どうしてそんな質問を?」


「少し気になりまして。お気に障ったら、すみませんね。奉行所で数年働くうちに、何でもかんでも気になったことを尋ねてしまう癖がついてしまったようで。」


「ふふっ、お仕事ですもの。仕方のないことですわ。」


夫人はそう言って穏やかにほほえむと、ハーブティーを一口飲んだ。


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