02 代表の私は
美弥、まどか、炎美、守の四人は校舎の奥にある体育館へ歩いていた。
生徒はほとんどいないものの、廊下ですれ違う教員が何人かいた。
歩きながら守は、まどかの代わりに美弥に質問をいくつも浴びせていた。
02 代表の私は
「いつどこで秀一と会ったの?」
「えっと、春休みにこの高校の教室で」
美弥は質問に答えると、何もないところなのに躓きそうになった。
身体が床へと倒れていく――――と思って目をつぶった途端、
(…え?)
「大丈夫か?」
守の大きな腕に支えられていた。
美弥が目を開いて上を向くと、すぐそばに守の顔があって、顔を真っ赤にさせた。
(やっやだ! 顔もそっそっくりだった!)
バッと直ぐに守から二、三メートル離れる。
「守先輩にもフラグが、あったんですね」
「秀一郎様だけでなく、守さんまでもなんて!」
はてなマークを頭の上にいくつものせている美弥の顔は、また都合のよいほうに解釈されていて。
「すましてるわ! なんてこと。こんな状況用のスルースキルを取得済みなんて!」
「まどか先輩、天敵ですね。タイプが正反対ですから」
美弥はどうしていいかわからず、身を強張らせていると、声がひとつかかった。
「遅いと思ったら、皆一緒だったんですね」
鶴の一声ならぬ、王子様のイケメンボイス。やはりそれには有無をいわせない力を持っていた。
まどかが嬉しそうに顔を輝かせた。
「秀一郎様! わざわざ迎えに来てくださったのですか!」
「まどかさん、わざわざなんて。僕をなんだと思ってるんですか? 一介の生徒に過ぎない面もありますが、理事長代理という面も担っているんですから。学校のことにおいては、僕が自ら動かなければ」
にこやかに話すまどかと秀一郎を見ていると、美弥は初対面の時にあった印象と違うものを受ける。
不思議に思っていると、守が炎美に聞こえないように、そっと美弥に耳打ちした。
『あいつは猫かぶってンだよ。めったなことで俺、なんていわねエんぞ?』
美弥は驚いた顔で守の顔をまじまじと見つめた。
(あ・・・そうか。守先輩は、兄弟なんだよな。兄弟のことをよく知ってるのはあたりまえだよね)
「ん? 兄さんか。兄さん、美弥さんが可愛いからって近づきすぎですよ」
「秀一、なんで美弥ちゃんと面識あるんだ?」
「春休みに偶然会ったし、名乗りあったしね。ね、美弥さん」
「えっ? あっそうっですね」
そのうち広々とした体育館に着いていた。入学式の準備をしていた女の教師がひとり、こちらへ走ってきた。
「崎野先生、どうかされたんですか?」
彼女は崎野というらしい。崎野はジャケットのポケットから、小さなピンを取り出した。
「えーっと…新入生の小野田さんいる?」
「わッ私ですけど?!」
崎野は美弥の前に来て膝立ちになった。
(ッ!? はい?)
崎野は制服の上着のすそに銀色に輝くピンをはさんだ。ピンには、赤色に色づけられた硝子で出来た、丸い玉がひとつついていた。それはとてもよく目立っていた。
「こっこれは?」
「新入生代表の証よ。ほかの一年生は緑色なんだけど、ね」
生徒と仲良くしようとする教師そのものだった崎野は、『じゃあ、スピーチ頑張って』と言い残すと、また準備に取り掛かっていった。
「まだ完全に準備ができていないようですわ。美弥さん、スピーチは暗記済みでして?」
「とっころどころ、あやふやですっけど、大丈夫です」
「では、ここで暗唱してみては? 練習できるだろうし」
炎美がそう提案したので美弥は、入学式のスピーチを暗唱する羽目になった。
「じゃあ・・・始めます。日差しがだんだん温かくなり、空が広く晴れ渡った今日という日に――」
☆
美弥は落ち着かない様子で手元に視線を落とした。手には愛読している文庫本がある。だが、美弥は本の文字など目に入ってなかった。新入生の新しい教室におとなしく座っているものの、入学早々から浮いているような気がしてならなかった。
小野田という苗字のせいで名簿番号も早いほうであるので、席は右端の列だ。教室の真ん中というよりも、右端であるのにも関わらず、幾つもの視線を感じる。ほとんどが多分好奇心のつもりなんだろう。新入生の代表が美弥であるということは、入学説明会のときにも大々的に発表されていたせいもあるだろう。
(ああ・・・イヤだ)
美弥は入学式も始まる前から、嫌気が差してきた。このまま一年、下手すれば三年間、ひとりきりで過ごす事になるかも、と心配してしまう。ふと時計を見やれば、既に八時半を過ぎていた。
そろそろ入学式だ、と美弥が思い始めるとチャイムが鳴り教師が入ってきた。
「おはよう御座います」
挨拶しながら入ってきた教師は、返事を期待していないようで、間も空けず続けた。
「佐伯 慎といいます。このクラスの担任ですが、自己紹介は入学式のあとでします。入学式の入場のために廊下へ並んでください」
佐伯はとても事務的な教師のようだ。てきぱきと指示を出しながら生徒達を並ばせる。美弥もそれにならい、廊下へと出た。元々が女子高とあって、多くが女子で男子は目立っていた。
同じ茶色の制服だが、男子のブレザーの襟に使われている生地は、落ち着いたこげ茶だ。新品でパリッとした彼らの制服は、肩の辺りがかたまっていた。
(やっぱり一年も着こなすと、制服も動きが違うなあ)
美弥が秀一郎のことを考えていても、新入生の列は進んでいく。階段を下りていくと、ほかの学年の階でも廊下に並んでいた。列の先頭に立っている男女の生徒はクラスをまとめる代表のようだ。
女子生徒が、ちらりと階段を下りていく新入生の一団を見やった。
(あっ! 二条院まどかさん!)
美弥とまどかは目があった。途端に美弥が後ろの同級生に押し流されてまた階下へといく。
まどかは新しいクラスのみんなを座らせると、先生に報告に行った。
「先生、A組の女子全員揃いましたわ」
「わかった。まどかは先に体育館へいきなさい」
「はい」
まどかは新入生の最後尾についていくように階段をおりていった。
列から律儀に並んで体育館へ入った美弥は少しばかり驚いた。それはほかの新入生も同じようで。
リハーサルのために来ていたときと、まったく椅子の配列が違うのだ。体育館の中央に正方形に並べられたパイプ椅子はおそらく新入生の分だろう。体育館の舞台の上は、それほど変わっていなかった。スピーチ用のマイクと大きな机が置いてあり、そのすぐ下には教師たちや来賓の席が並べられている。おそらくそこが保護者やPTAの座るところだろう。
だけど、ほかの上級生は?
美弥が体育館の入口を振り返ると、ちょうどまどかが入ってきたところだった。まどかはわざとらしい笑みを浮かべた。