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料理激まず異世界に転生しましたが転生チートはありませんでした

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

「なんだか芋がプスプス言ってますわね」

「お嬢様っ、もうお止めくださいっ」

「そうです、どうか我々にその危険物、いえ芋を渡してください!」

 何よ、失礼ね。これはね、じゃがバターよじゃがバター。魔法でこうやって火の力を込めれば……ほら出来た。美味しそうなじゃがバター! 私は皿の上に乗るホクホクとしたじゃがバターにニッコリ満面の笑みになる。


 ――だが、次の瞬間芋が弾け飛んだ。四方八方に散り散りになったじゃがバター(だった物)は、容赦なく私の額をジュッと焼いた。

 私は床で転げ回る。

「あっつぅ! 熱いですわぁ!?」

 無様に額を抑えて転げている私を前に、シェフたちは示し合わせたように叫んだ。

「「こんの、馬鹿お嬢様がぁっ!」」

 ぴぇっ、不敬ですわよ!?


 ソフィーメル•リリカント公爵令嬢、10歳。この世界は料理がクソが付くほど美味しくない。だから転生チートで美味しいご飯作ってチヤホヤされたかっただけなのに、だけなのにぃ!

 うおぁー! と公爵令嬢らしからぬうめき声を上げ私は力尽きた。


◇◇◇


 8歳の頃前世の記憶を思い出した私が最初に作ったのは、日本人の心を忘れない為に……とおにぎりだった。米もどきがいるこの世界では、おにぎりを作る環境は整っていた。

 だけど、いざおにぎりを握っている最中でおにぎりが紫に変色し始めた。首を傾げながら私はメイドの口に出来上がったそれを突っ込む。


 結果、メイドは痙攣を起こし病院に運ばれた。「わぁお」と呟く私にお母様はげんこつを落とした。とても痛い。

 その後、執事たちが調べた所私が色が綺麗だからと入れた『メルントきのこ』のせいらしい。メイドは一命を取り留めたがそのまま退職してしまった。というか夜逃げのような勢いだった。最後に捨て台詞を吐いてメイドは走って去っていく。

 「くっそー! あんなお嬢様に仕えてられるかってんだチッキショー」

 私はお父様に「不敬ですわよ、あのメイドどうしてくれちゃいましょうか」と言ったら今度は6歳の弟に太ももを蹴られた。膝から崩れ落ちる私に弟が中指を立てながら睨みつけてくる。実はあのメイドの事を弟は恋愛的に好きだったらしい。因みに二人の年の差は20歳。熟女好きなのか、私の弟は。

 その旨を伝えると、今度はお父様に頭をはたかれた。おおう、家族全員に殴られるというとても稀有なビンゴを達成してしまった。


 あの鉄拳達を思い出し震える。そしてその『おにぎり毒殺事件』から2年たった。私は今でも転生チートでお料理革命☆ を目指して日々料理を作っているのだが(と言っても、大体はキッチンに入ることすら出来ずにつまみ出される)、一向に腕が上がらない。

 ベッドの上で額の傷を癒やす私は不味いスープを飲みながら思案する。どうしたら料理が上手になれるのか。いつも頭の中のシミュレーションでは大成功しているのに。


 スープを行儀悪くズズズッと吸い込む私の元に、お父様がやってくる。

「その、お前に縁談が来ているんだ……」

 鎮痛な面持ちで告げるお父様に私はウンウン頷いて心の中で肯定する。こんな美少女な娘、一生一緒にいたいですわよね。ですが子供とはいつか巣立つもの、ですわよお父様。

「相手は、王太子殿下だぞ!? うあー! ソフィーメルの料理馬鹿が知られたらもう我が家は終わりだー!」

 「一家離散だー!」と縁起でもない事を叫ぶお父様の肩を私は優しく叩く。

 安心して欲しい。だってこの私が出向くのだから。

「お父様、ドドーンと大船に乗った気持ちで、ね?」

「うあー! 泥舟だーっ!」

 んもう、小心者ですわねお父様は。男は度胸ですわよ、度胸。

 その後、私の見合いを知ったメイドや執事は次々に天に向かって祈ったり、胸の前で十字を切り始めた。私の無事を祈っているのだろう。自分の人望の高さに惚れ惚れしてしまう。

 お母様は倒れて3日間寝込んでしまった。弟には「おめでとう」と抱きつかれる。……って、弟よ、寂しい気持ちは分かりますがお姉ちゃんの首を締めてますわ! ギリギリと音がする程に!苦しいっ。「此処でなんとしてでも止めなければ……我が家の汚点を外に出すわけにはっ」とかなんとかブツブツ呟いている。ごみ捨ての話かしら?


 そのままお父様に「気持ちは分かるが」と止められた事によって私は一命を取り留めた。ヒューハー、空気が美味しいですわ。 

 そして一週間後、ようやく見合いの日がやって来た。


◇◇◇


「お嬢様、決してやらかしてはいけませんよ」

「私はいつだって完璧だわ」

 メイドに重々しく言われたのでそう返したらメイドはなんか物凄く物申したそうな顔をした。何ですか、口に出さねば伝わりませんよ~。

 今日だって、殿下と親交を深める為にクッキーまで用意していますのに。黒い豆は入れていないのになんだか黒いものが混じっていて穴からプシュープシュー音を立てていますが、絶対美味しいはずです。これを食べれば殿下も私に胃袋を掴まれる筈ですわ。真夜中、キッチンにこっそり侵入した甲斐があったというものです。

 バレないようにドレスの中に私は隠す。そして、王太子殿下が訪れた事によってお見合いはつつがなく始まった。


 私は、殿下と話している最中、殿下の前に置かれていたクッキーを魔法でパッと入れ替えた。あまりの早業に高笑いが止まらない。

 そして、ついに殿下はクッキーを口に入れた。

「……! これは、」

 一口咀嚼した殿下は目を見開く。そうそう、もっと私を称賛しても構いませんよ?

「このクッキーを作ったのは誰だ!」

 それは私で……

「即刻見つけ出せ!」

 え?

 殿下の招集に集まった騎士たちが心得たといいたげに頷きシェフに話を聞きに行った。その尋常ではない雰囲気を感じ取ったのか我が家のメイドもやってくる。そして、皿の上に乗る私特製クッキーを見て悲鳴をあげた。

「こ、この毒々しさ、お嬢様のクッキー!?」

「えっと、ちょっとその」

 殿下の怖い顔に怯んでしまった私はなんとかメイドの発言を誤魔化そうとしたが、殿下に見つかってしまった。

「これは、ソフィーメル嬢の物なのか?」

「あばば、いや、これ」

「ほんっとうに申し訳ありません!」

「ぐぇっ」

 メイドに頭を押さえつけられ一緒に謝罪させられる。なんでだ、なんでだー! 不満タラタラの私を他所にメイドは弁明する。

「お嬢様は馬鹿だから悪気があったわけではないんです! 悪気なく毒を作って食べさせてくるだけで……! それよりも殿下、体に痺れなどは出ていませんか!?」

「王族は毒耐性があるから問題はない。ーーソフィーメル嬢、顔をあげよ」

 顔を上げると金髪に赤い目を持つ殿下の美貌が惜しみなく目に飛び込んでくる。

 その赤い目をとろりと緩ませて殿下は言った。

「余と、結婚してくれ」

 ……や、やりましたわ! 流石私。胃袋掴む大作戦大成功ですー!

 信じられん、みたいな顔をするメイドを他所に私は殿下に血の盟約? と言う物を結ばされた。死ぬまで一緒にいる魔術らしい。殿下はロマンチストですのね。

 いや~、まあ結局は私の作戦勝ちってことですわね!


 ――が、その後帰宅した私を待っていたのはお父様からのデコピン、お母様からのアイアンクロー、弟からの逆エビ固めだった。なんでですの!? いたっ、止めてください。あだだ、頭もげちゃう。弟よギブ、ギブです!


◇◇◇


 殿下と取り敢えず婚約を結んでから半年、今日はご令嬢方を王城での私主催のパーティーに呼んでる。

 もちろん、おもてなしは私の料理で! 今日はスコーンといちごのジャムを作ったのだ。スコーンは少し溶けているがとびきり美味しそうだし、いちごジャムはもう火から下ろしたのに未だボコボコと沸騰しているような状態だが、とってもいい感じだ。

 後ろで王城勤めのメイド達が「解毒剤の準備を……」「口は絶対つけない事を伝えて……」等と呟きながら忙しそうに歩き回っている。王城のメイドって大変ですのね。


 そしてやって来た令嬢方は、私の作ったスコーンといちごのジャムを凝視していた。

「あの、ソフィーメル様これは何ですか?」

 令嬢の一人がそう聞いてくるので「スコーンといちごのジャムです!」と自信満々に答えるとその令嬢はキュッと唇を噛み締めた。

「この国のお料理って、美味しくないでしょう? だから私が先ずは作って皆さんに教えれば良いという事に気がつきましたの!」

 私は力説する。

「この国のみーんなに私の美味しい料理を食べてもらうのが夢ですわ!」

 令嬢方は何故か怯えたような顔をしてお互いの手を握りしめ合っている。首を傾げる私に、一人が質問してきた。なんでもカモンですわよ。

「つまり、この国のご飯が美味しくなればソフィーメル様がご飯を作る必要はなくなる、という事ですか?」

「……まぁ、そう言う事? ですわね」

 そういう問題だっけ? と頭を捻りながら答える私を見た後、令嬢方は執事やメイドを呼び出した。

「料理の美味しいレンー国に今すぐ使者を送りなさい!」

「三ツ星レストラン、カンティーヤのシェフを我が家にお招きして!」

「美食で有名なランタッタ国に住んでいるお祖母様に今すぐ手紙を書いて!」


 まぁ、皆さん私に美味しいご飯を食べてほしいからってそんな必死になって。愛い(うい)ですわね。自分の人望の高さが恐ろしいですわぁ!

 

 そして、約半年で我が国の料理の技術は飛躍的な進化を遂げた。150年分の料理技術が進んだと言っても過言ではないらしい。さて、功労者である令嬢方に私特製のカップケーキでもあげましょうか。泣いて喜ぶこと請け合いですわね!


◇◇◇


「ソフィーメル、美味いか?」

「美味しいですわぁ!」

 私は殿下、もといエドワード様の膝の上でクッキーを食べさせてもらっている。エドワード様が作ったというクッキーは、とても美味しい。……けど、なんだか覚えのある味な気がしますわね。

 もぐもぐと咀嚼しながら私は考える。そうしていると、エドワード様が話しかけてきた。

「それなら良かったよ、()()

 ――それは、前世の私の名前。そうでした、いつも私のお世話を焼いてくれる幼馴染が私にはいたんです。私の作るクッキーやカップケーキを美味しいと食べてくれた幼馴染が。 確か名前は…………何でしたっけ?


 私にエドワード様は問いかけてくる。

「君は僕に、心当たりある?」

 私はその嬉しそうな顔を見つめて暫く沈黙したあと、「大事なのは今ですわ」と力説した。「それもそうだね!」とエドワード様はおっしゃった。よっしゃ、チョロいですわ。


 そんなこんなで仲を深めた私達は、3年後に結婚した。私今、とても幸せです。

 ですけど転生チートでイケメンにチヤホヤされる夢は諦めきれませんわー!


 王妃という権力を持った『歩く毒』と称される少女は、それからも国を巻き込んで料理を作り続ける。

 それらの行動は他国にも迷惑をかけるにまで及んだが、彼女の憎めない人柄と美味しそうに料理を食べる姿に人々はなんだかんだ絆され、彼女はいつまでも愛されたのだった。


◇◇◇


 今日も今日とて、『王妃様立ち入り禁止』と書かれた看板を飛び越えて王城のキッチンに入ってきた彼女は謎の自信だけを胸に料理をする。

「王妃様っ、フランベをやろうとするのはお止めください! 私達はまだ自分の命が惜しいですっ!」

「大丈夫、だいじょーぶ。私は王妃様ですので。これくらい朝飯前……あ」

「『あ』?」

「私の髪の毛に火が、火がぁ! 早く火を消しなさいっ! 私は王妃様ですのよ!?」

「「こんの、阿呆王妃がぁ!」」

 その後髪の長さがボブになった王妃様に憧れた事情を何も知らない平民や貴族の令嬢が、こぞってボブにするのはまた別のお話。


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[一言] おおらか・ほがらか・ほのぼのな世界観で癒されつつ、クスッと笑わせてもらいました。 一服の清涼剤として癒されました。 楽しいお話をありがとうございました♪
[良い点] 酷い話だったー 最高! 私もクックパッド無しで料理が作れる気がしない…
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