スパロウの嫁
スパロウの嫁
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中村 文
【⠀スパロウ(sparrow): スズメ 】
はじめに断っておきたい。
この物語に登場する人物、はすべてフィクションであり、実在する人物とは一切の関係はない。
また、海を旅するどこかの破落戸との関係も、一切ない事をご承知おき頂きたい。
………………
稀に見るだろう。
一見、何も考えていないように振る舞いながらも、
何事も飄々とこなしていく器用な奴を。
そいつの名は“裕也”。
私の人生を大きく狂わす男。
私は、彼の妻である。
彼は謎多き男だ。妻である私ですら彼の本当の姿を知らない。
仕事は昼夜。ある時はキャバクラのボーイ、ある時は飲食店のオーナー、ある時は会社の取引で海外へ飛び回る経営者。
私の周りにいる人間は皆、口を揃えて言う。
「なぜ、ヤツと結婚したのか」と。
そう聞かれると、私はつい食い気味に応えてしまう。
「才能がある人だから」と…。
出会い方は覚えていない。思い出したくもない。
少なくとも酒の席だったというのは確かだ。
出会った時よりも出会ったあとの方が印象的で、
たった3年で
“人間はここまで強くなれるのか”と思うほど、面白い経験だった…。
“人は、失って初めて気づく”とよく言うが、
そんな事は全くない。
“最初から無い方が良いモノ”は沢山ある。
少なくとも私はそう思う。
失うのが怖いのは愛着があるせいだ。
ゴミ箱に捨てたティッシュを
「捨てるんじゃなかった」と後悔する事が無いように、
愛着もクソもないモノに対して嘆くことは無い。
それは至極当然である。無実、無害だ。
私は、大の大人である。
あの日、怖さを知らない1人の少女がただ興味本位で、
夜の街へ歩みを進めただけなのだ…
…………
第1章 ~青春~
心底好きだった人。
逆に凄いと思う。こんな経験が出来る17歳はいないわ。
はじめての人に裏切られ、
初めての人とのアレを、学校中の人に見られてしまうなんて。
撮られているなんて思いもしなかった。
だってそうでしょう?普通に生きている人だってこんな事予想すらしない。
私は幼児服ですらラルフ・ローレン。
でも私は、今の私も好きだ。
夜更かしだって出来るし、いつ寝るのかも自由。
メイクだって出来るし、髪だって染められる。
·····彼女は好奇心旺盛な女性だ。
気になりだしたらキリがない。
そのくらいの歳の女性なら誰しもワクワクするものではないだろうか?
“自分の知らない世界”に飛び込むという事に。
彼女はコンビニに入るや否や、
“3パーセント”を手に取り、レジへ向かった。
仄かな緊張感とこの後の展開に心臓が脈を打つ。その高鳴りと鼻息の荒らさを必死に治める。
シート越しにうっすらと見えるレジの若い店員は、
流れ作業の様に、ただただ下を向きながら細い腕でバーコードをスキャンする。指が綺麗だ。
しかし、彼女は不安な気持ちで身体が固かった。
バーコードが読み込まれた瞬間、
彼女は固まった左腕を、慣れた手つきで動かした。
店員が「レジ袋はいりますか?」と声を発した時、
彼女はとっさに「501番も下さい…!」
と言ってしまった。
彼女は何故か、すました顔で会計を済ませ、
足早に外へと飛び出した。
握りしめた390円はまだ温かい。
街は若い男女で溢れている。2軒目に向かうのだろう。
駅を超えると、小さな橋がかかっている。
彼女は目を輝かせながら、橋の向こうへと歩みを進める。
静けさと冷ややかさが漂う場所だ。
しかし、ここにはコスモスが綺麗に咲くといわれている。
華やかな衣服を身にまとった女性が、
スーツを着た小太りの男と建物へ入って行く。
彼女はゆっくりと、
建物の下にあるコンクリートブロックに腰をかけ、
缶をカシュッと開けた―――
缶が軽くなってきた。
すると彼女に、細身の男性が声を掛けてきた。
会社帰りだろうか。この季節にしてはやや薄着だ。
彼女は躊躇すること無く、
「イチゴが食べたい」
と応える。
すると男性は優しく彼女の手を取り、
ワインレッドのカーペットが敷かれたヤカタへと、彼女を導いて行った。
王宮には部屋が多い。
エレベーターで5階まで上がる事が出来る。
彼女と男性は3階でおりた。
カーペットは、青い証明で、やや紫色になる。
“315”。
部屋に入ると、中履きが綺麗に並べられている。
彼女はもう、
目を丸くしているだけでは居られなかった―――
大金である。この年代の女にとっては。
ふと女は駅のホームに目を向けた。
先程の細身の男が立っている。
まだ駆け込むサラリーマンは居ない。
「なにかの縁だ!」
女は何も考えずに街へ駆けて行った。
当然である。なぜならば。
女が街を歩いていると、
煌びやかな紅い看板が見えた。華やかだ。
看板の裏の建物には、豪華な格好をした乙女達が、
紳士と共に吸い込まれて行く。
こんな興味深い場所に、この女が吸い込まれていかないはずがない。
女はたちまち、看板の横に立つ紳士に声をかけた。
「はじめてなのですが…」
紳士は、戸惑っていた。
“女が1人でコンナ店を訪れるものか?”と思ったのだろう。
しかし紳士は、
艶やかな白い髪を一瞬撫で下ろし、優しく微笑んで
「はい。ご案内致します。」
と、非常に綺麗な言葉を使いながら、女を案内した。
女が席に着くと、美しいマダム達とスーツに身を纏ったおとこ達が目の前をいききした。
女は、すました顔でピッと背筋を伸ばした。
まもなく、女の隣に、白いドレスの婦人が座る。
女はどこに目を向けて良いか分からず、とりあえず机の上に並べられたグラスと酒を凝視した。
婦人「なにを飲まれますか?」
女 「…このお店は、何を飲まれる方が多いですか?」
婦人「お茶割りですかね。」
女 「それで!」
女の雰囲気を見兼ねた婦人が慣れた手つきで酒を作る。
女はそんな事を考える由もなく、
ただただ、婦人の質問に喰い気味に返した。
婦人の気遣いや言葉は、非常に優しかった。
だが女には堪えるものがあった。
“できた”つもりが、出来ていなかったからだ。
「私、お酒はバカ強いんで!」
と言いながら、
女はハウスボトルをグラスいっぱいに注いだ。
その後、美し過ぎる婦人が何度か入れ替わり、
細身なスーツの男が声をかけてきた。
「まもなくお時間ですが、いかがされますか?」
背は高くてスタイルが良い貴公子な男だ。
恐らく30代前半、まだ若さが滲み出る。
女はとっさに「はい!」と応えた。
男は左の頬をあげながら、
「かしこまりました」
とだけ発して消えていった。
色んな婦人に話を聞いてもらい、
まもなく時間を迎え、女は手元にある1万3千円を払い、
店を出た。
女の目が覚めると、ホテルにいた。
ここは馴染み深い街のビジネスホテル。
隣には、堀の深い美しい漢。出張だったのだろう。
この漢はどこかの経営者らしい。
1年中、仕事で国内を飛び回っている、所謂“いい男”だ。
女は掛け布団下の身体を、覗いた。
裸だ。
女はまさに“虚無”という言葉に襲われた。
恐らく、前しか見ていなかったのだろう――――
女はあれから、
例の店に通うようになった。所謂、常連だ。
若い女が、夜の街に通っているのを、
誰が無視するだろうか。
たちまち、店の中で彼女は評判となった。
そして、あるオトコが近づいてくる