第5話 100人目の子 side???
……それから私は、『れいちゃん』として彼女のそばにいることにした。
本当に身勝手な私の想い。るかちゃんのことを呼びにきただけの彼女の体をこうして奪ってしまうなんて。
しばらくの間、るかちゃんは仲良くしようとする私『れいちゃん』を不思議そうな顔で見ていたけれど、一週間もすればるかちゃんは私『れいちゃん』のことを受け入れてくれるようになった。
「……私、妹が欲しかったの。るかちゃんが私の妹になって?」
「……え……?でもるか、れいちゃんとおなじとしだよ?」
「いいの。……るかちゃんはお姉ちゃんほしくない?」
「……えっと……お姉ちゃんは……」
そう言ってるかちゃんは何か言いたそうにして俯いた。……どうしたんだろう、って顔を覗き込むと、すごく悲しそうな顔。
「……どうしたの?」
「っ…………お姉ちゃんは、……るかだけのお姉ちゃんがいるの。……れいちゃんもおはなししたよね?……でもね、みんなみえないっていうの」
「……っ」
それって……私のこと……?
私が現れなくなったこと、れいちゃんとして接しながら気にしていたけど、るかちゃんはそんな素振り見せていなかったから気にしてないと思ってたのに……。
「でもお姉ちゃん……るかにあいにきてくれなくなった。……るかがへんなことゆーから、きらわれちゃったんだ」
「そんなことないっ。きっとお姉さん、るかちゃんのこと大好きだよ」
「……そーかな……じゃあなんであいにきてくれなくなったの……?」
「っ、……それは……」
るかちゃんの問いに『れいちゃん』である私が答えていいのか迷ったけど、……このまま悲しんでいるるかちゃんをそのままには出来ない。どう言えばいいのか少し考えた後、私は今にも泣きそうなるかちゃんの頬を撫でた。
「ごめんね?……私、お姉さんにあの時、言われたの。……しばらく会いに来れないから、るかちゃんのお姉ちゃんになってあげて、って」
「………………え」
愕然とするるかちゃんを見て、私は彼女に必要とされていたんだと知った。……そんなに悲しんでくれるなんて……。そんなるかちゃんを目の前にしてこんなこと思ってはいけないのでしょうけど、すごく嬉しかった。
「………………ぅ。……お姉ちゃんに会えないんだ」
「るかちゃん……泣かないで?」
「ぅっ…………ぐっ……」
「……私のことはそのお姉ちゃんの次でいいから。……お姉ちゃんの代わりになれるように私頑張るから。……ね?」
るかちゃんを抱きしめると驚いたように顔を上げる。そしてどうしようって顔をした後、……るかちゃんは小さく頷いた。
(……ごめんね?強引に頷かせて。……私、悪いお姉ちゃんだわ)
そんな想いでるかちゃんの頭を撫でた。
+++
「れーねぇ」
怜お姉ちゃん、怜ねぇが私の呼び名。
れいちゃんでもあり、るかちゃんのお姉ちゃんでもある”私”の。
「……どうしたの?瑠華」
「……えへへ。なんでもない」
後ろを振り向くと、そう私の名を呼んで瑠華が付いてくる。私がその手を強く握り返すと瑠華は嬉しそうに笑って隣を歩いた。
「……瑠華は可愛いね」
「ほんと?るかかわいい?」
「うん。……お姉ちゃん心配だな。瑠華が可愛すぎて」
「……しんぱい……?」
瑠華がきょとんとした顔で私を見上げる。
このまま大きくなったら、きっと私がそばにいたいと思っても離れなきゃいけない日が来る。瑠華の寂しさを埋めるのが私じゃなくなる日が。……そう思うと、この手をずっと離したくなくなる。
「……私が瑠華を幸せにしてあげられたらいいのに」
「……しあわせってなぁに?」
「……んー……そうね。……瑠華がずっと楽しいなって笑っていられることよ」
「…………ならるか、れーねぇといるとしあわせだよ?」
「!…………っ」
……落ちこぼれの私が……人を幸せに……?ただそばで見守っているだけでは得られないその言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
……私は子どもたちを不幸にする。いえ、不幸にしている。
今、私がこうしているこの状況だって瑠華を騙しているようなものなのに……。もしかしたら瑠華のことだって結果的には不幸にしているのかも、と心の奥底では自分を責めていた。……でもそれでも、私は全てを捨ててでも彼女のそばにいることを選択してしまった。
……そんな私に掛けられた瑠華の言葉は何よりも嬉しいものだった。
人を幸せにすると……こういう感情になるのね……。知らな、かった……。
「……ありがとう、瑠華」
「……れーねぇ、ないてる?るかへんなことゆった?」
「っ、ううん!……言ってないよ。瑠華は優しい子だなって思ったの」
「えへへ」
……あなたを100人目の不幸な子どもにはしたくない。
でも瑠華のおかげで少し分かった気がした。……ただ見送ってきたあの子たちにも、もしかしたら私に何か出来ることがあったのかもしれない。そう考えている自分は、またあの苦しい時間を受け入れる覚悟が出来ているということ。……あんなにもう、全てから目を逸らしたいと思っていたのに。
「……瑠華、遠くへ……私の手の届かない場所へ行かないでね」
「……いかないよ!るか……れーねぇがいいってゆーならずっといっしょにいる」
そう言って瑠華は恥ずかしそうに私の服の裾を掴んだ。私はその小さな手を、自分の小さな手を重ねる。
「……お姉ちゃん、瑠華に嫌な思いさせちゃうかもしれないけど、いいの?」
「いい!……るか、ひとりよりれーねぇといっしょがいい」
「瑠華…………うん。いっしょにいる、私、瑠華と、ずっと一緒に」
「……ぜったいだよ?……やくそくしてね、れーねぇ」
……そんなことを言われたら私は望んでしまう。
「……うん、約束するね」
彼女といる未来を。
……人間としての生活を。
「……瑠華、目を閉じて?……おまじないするから」
「……え?……うん」
そして私は彼女のおでこにくちづけて誓う。
あなたの魂は……どんな暗闇に落ちたとしてもずっと離さないって。
私は彼女を、この魂がここにある限り守ると誓った。
+++
「…………ん」
……目を覚ますと、あんなに可愛かったるかちゃんは私の前にいなかった。
真っ暗な部屋で目を覚まし、ここがどこなのか思い出すのに数秒掛かった後、私は瑠華の世界にいることを思い出す。
ここは瑠華が大好きなゲームの世界。
その中のキャラクターに恋をするなんて、瑠華は可愛いなって思っていたけれど。……昨日、彼に初めて会った時の瑠華が忘れられなくなっていた。あんなに誰かを想って心を乱す瑠華を見たのは、初めてだったから。
……そして私は彼に対して、負けたくない、と思っていた。
……私の感情は何なのかしら……。ただの嫉妬?妹を奪われそうだから?
私は瑠華を愛しているけれど、恋愛や結婚に繋がるものではないと思っていた。……でも、目の前で”瑠華が恋する姿”を見た時、私の心に言いようのない気持ちが占拠する。人間の”好き”という感情が心を揺さぶった。……見ているだけで胸が苦しくなって衝動的に瑠華を抱きしめたい気持ちが抑えきれなくなる。
――瑠華の心に付いた火が、私の心にも火を付けていた。
”私にもあの感情を向けてほしい”
当たり前のように一緒に過ごしてきた彼女に私は意識されることがなかった。……だからなのかしら。急に現れた彼に顔を赤くしている瑠華を見たら、それを許せず、その間にどうしても割って入りたくなってしまった。
……はぁ……ダメね。私、瑠華の幸せを一番に願わなければいけないのに。瑠華を幸せにするのは、”私”だと思ってる。
……ずっと一緒にいるって言ってたのに。
その約束をずっと守ろうとしている私って……馬鹿なのかしら。今更瑠華に言っても、そんなこと覚えてないって言いそうね。
「…………んんっ……すぅー」
同じ空間にいる瑠華の寝息が聞こえてくる。窓のカーテンからわずかにもれる明かりで時計を見上げれば、明け方の時間だった。
「んっ、んん」
瑠華の苦しそうな寝息の後に、布団がズレる音がして、私は部屋の中央にある仕切りのカーテンから隣を覗く。ベッドサイドに置かれた小さな明かりに照らされた瑠華は、……暑さで布団を剥いで、パジャマはめくれてお腹が出ていた。
「…………ふふ、仕方のない子ね」
起きている時に、絶対仕切りを跨ぐな、って瑠華は言っていたけど、私は無視してその境界線を跨いだ。布団を拾い、瑠華に掛ける。
「……風邪ひいちゃう。……あ、でもこの世界に風邪ってあるのかしら」
「ん…………あっつぃ……」
「……暑いの?」
「……ぅん…………」
寝ているはずなのに、返事する瑠華が可愛くて寝顔を見つめた。
昨日、私たちの新たな人生がはじまった。
……この選択が正しかったのかは分からない。私はまた、自分勝手な想いで瑠華の環境を変えてしまったのだから。
『……アタシのこと急に死んで可哀想だと思った神様が最後に好きに生きていいってチャンスくれたんでしょ?』
『最後にアタシの恋を叶えてくれるなんて素敵な神様じゃん』
……瑠華の言葉が私の大きな罪悪感を軽くする。
あの時の私は完全に気が動転していた。……人は受け入れがたい事実を目にすると愕然とし、絶望に陥る。それを自ら経験した私は、感情のまま…………。
私は神様だなんて大それたものじゃない。……あの時もそうだったけど、自分勝手に瑠華を私の好きなようにしたいだけ。……うん。やっぱり私は瑠華を不幸にしているわ。……瑠華は全然気づいていないけど。
昔から瑠華は知らずに私の我儘を受け入れていた。……そして瑠華が困っている顔を見るのが好きだったし、見かねて私が助け舟を出すと拗ねた顔する瑠華も好きだった。思えば私は瑠華を『お姉ちゃん』無しではいられなくさせたかったんだろう。
やけに腑に落ちて納得した後、私はつくづく『悪いお姉ちゃん』だと思った。
「……これじゃ瑠華に愛想尽かされちゃうのも当たり前ね……」
瑠華はこの大好きなゲームの中で大好きな彼と過ごしたいのだろう。
……でも私は、そんな瑠華の夢が叶う世界を与えておいて、邪魔しようとしているのだから。
ため息をつきながら、私の頭は瑠華にどうしたら意識してもらえるのか、と考えていた。……瑠華の気持ちを彼のように夢中にさせられたら。そしたら……。
……そしたら?
「………………」
変ね、……私。眠っている瑠華の顔を見つめると、今まで妹のように思っていた時とは少し違う感情があった。……私も瑠華に好きになってほしい。瑠華に愛されたい。私の前でだけ見せる可愛い瑠華が見たい。
恋愛に関する知識には自信がない。自分のこの気持ちは『瑠華のお姉ちゃん』としての感情だと思っていたし、……俗に言う恋愛の定義を私と瑠華に当てはめても、瑠華にその気が無いことは私でも分かった。
でも、瑠華に想いを伝えたことで態度が変わったのは確か。私を目で追っているのが分かって、意識されているのだと分かると言いようのない嬉しさがあった。
「……………………れ、い?」
「っ!…………ごめんね?起こしちゃった?……瑠華、布団落としてたから」
「………………」
ジッと見つめてくる瑠華に、何?と返すと、目を逸らされる。
「……寝込み襲われてるのかと思った」
「…………私が?」
一瞬きょとんとして返すと、瑠華の方が恥ずかしくなったのか布団で顔を隠した。
「………………瑠華?」
「なっ、なんでもない!」
……私の妹はお姉ちゃんの気を引くのが上手だなぁ。自然と頬を緩ませていた私は、誘われるまま瑠華のベッドに滑り込む。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて瑠華の寝込み襲おうかな」
「なっ!……ち、違うっ!そうしろなんて言ってない!」
遠慮なく私は慌てて壁際に逃げた瑠華を抱き枕のように背中から抱きしめると、声を上げて固まった。
「ひぅっ」
「瑠華はイケない子ね。……そんな風に私を誘うなんて」
「さ、誘ってない!バカッ!離れろっ」
「シー……静かにして?隣の部屋の子たち起こしちゃうわ」
「っ……!」
私の腕を剥がそうとする両手を瑠華の胸元で押さえつける。そして耳元で瑠華に話しかけた。
「……瑠華、……ごめんね?私があなたのことちゃんと見ていなかったから……」
「………………っ」
瑠華の体温が心地いい。悩みも溶けていくような感覚に陥り、私は目を閉じていた。瑠華の背中から心音が伝わってくる。ドキドキと早足の音。瑠華をこんなに近くに感じるのはいつ以来だろう……。お泊まりに来てくれた時以来かしら。
「っ……ほんと……いつも一方的に……」
「………………」
「怜ちょっと、……聞いて……る?って、寝てんの?ありえないんだけど!……はぁ……もぉ……」
そんな声が聞こえた後、私に布団を掛け直してくれた瑠華と一緒に眠りに落ちる。……そこで見た夢は、覚えていないけれどとても幸せな夢だった。
「……怜!起きて!」
「…………ん?……ふぁ……?」
瑠華が先に起きているなんて珍しい……と体を起こすと、太陽の光が部屋に差し込んでいた。……朝?目覚ましは……と見ると、私のベッドはカーテンの反対側。明け方起きた時に、早めに起きるつもりで目覚ましのセットを解除していたことを完全に忘れていた。
「…………!もうこんな時間!?」
「怜もさっさと着替えて!」
「…………ま、待ってっ!?」
慌てて着替えて支度する私たちの間に、昨日の、つい数時間前の出来事の余韻なんて残ってない。私たちは時間に急かされるまま、寮から学校へと向かって走っていた。
「あーもぉっ!怜のせいで!」
「……ふふっ、ごめんね?」
「……なんで嬉しそうなの?」
「……瑠華と一緒に居られて嬉しいだけよ?」
「っ………………」
瑠華の顔が赤くなった気がしたけど、それは走ってるからだと思うことにした。