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第4話 与えたい者、与えられなかった者 side???




(……あなたに守護される子どもはいつも短命ね)

(もしかしてあなたは人間を幸せにするのではなく…………)



 99人目の子どもを見送った後、私はもう、二度と人間を守護しないと誓った。

 私は病で日々衰弱していくあの子たちに少しでも明るい希望を見せたかっただけ。変えられない運命だと知りながらも、笑顔でさよならが出来るように、あの子たちの力に少しでもなりたかった。それだけなのに…………。


「……はぁ……私は落ちこぼれね。もっと元気で健康な魂を選べばいいのに……」

「……お姉ちゃんどうしたの?いじめられたの?」

「…………私が、見えるの?」

「……?なにいってるの?お姉ちゃん」


 明るい日差しの中、公園で遊ぶ子供たち。……その輪から外れていたその子は公園の隅に置かれたベンチに座る私の隣にいつの間にか座っていた。

 純真無垢な子どもの瞳。……あぁ、きっとこの子には私が見えるのね。辺りに他の人間がいないことを確かめてから、私は彼女に返した。


「えっと……ううん。いじめられてないわ。ありがとう、心配してくれて。あなたは優しい子ね」

「……えへへ。そっか、よかった」


 ぶらぶらとベンチに座って足を動かす女の子。無邪気に笑うその子は私の隣に座ったまま、遠くで遊んでいる子たちを羨ましそうに見つめていた。


「……あの子たちと一緒に遊ばないの?」

「……んー……るかがはいるとやなかおするからはいらない」

「嫌な顔?なんで?」


 聞き返すと、るかという子はしばらく言いにくそうにした後、私の顔を見つめた。大丈夫よ、と手を握って声を掛けると安心したのか話し始めてくれる。


「……るかうそついてないんだよ?るかにはちゃんとぱぱもままもいるのに。でも……あんまりかえってこないから、ぱぱとままがいるなんてうそだって」

「………………」


 胸が苦しくなって、私はるかちゃんの頭を撫でた。


「……お姉ちゃんは信じるよ?るかちゃんのこと」

「ほんと!?……お姉ちゃん、るかのことしんじてくれる?」

「えぇ、もちろんよ。……だってるかちゃんは私のことも心配してくれる優しい子だもの」

「……お姉ちゃん……」


 笑顔になったるかちゃんはそれから私の隣で自分の話をたくさんしてくれた。……心が擦り切れていた私にとって、るかちゃんは私の心を癒してくれた天使。

 ……この子なら。

 一瞬、頭をよぎってしまった言葉を私は振り切る。


(……あなたに守護される子どもはいつも短命ね)

(もしかしてあなたは人間を幸せにするのではなく…………)


 あの言葉が私の思考を止めた。るかちゃんには寿命をちゃんと全うしてほしいから。……そばにいたいから、なんて自分の我儘でこの子を不幸にはしたくない。


「……るかちゃん、もう暗くなってきたし、そろそろおうちに帰らないと」


 私がそう言うと、ついさっきまで笑顔でお喋りだったるかちゃんの表情が曇る。そして俯いてしまったその表情はとても辛そうで、その理由をハッと思い出す。


「っ、ごめんね。……そっかるかちゃんのパパとママおうちにいないのね」


 ……こくん、と頷いたるかちゃんの背中を撫でると、俯いていたるかちゃんが顔を上げた。


「お姉ちゃんがるかのいえきてくれるならかえる」


 ……私の存在はきっと他の人には見えていない。このままるかちゃんと一緒にいることはあまり良くないことのように思える。でも……今のるかちゃんをほうっておくことは私には出来ない。


「………………だめ?」

「………………いいよ。……でも、一つだけ約束してくれる?」



+++



 るかちゃんのリュックには可愛いぬいぐるみが入っていた。

 リュックから頭を出していた少し大きめなそのうさぎを抱っこしながら歩くるかちゃんの横を私が歩く。


「……ねぇ、どうしてこの子だっこしなきゃだめなの?」

「……だってるかちゃんが私とばかり話していたら、きっとぬいぐるみさんが拗ねてしまうわ。ボクのるかちゃんだぞって」

「……えへへ。るかモテモテだ」

「そうね。るかちゃんは可愛いから、お姉ちゃん心配だな」


 家への帰り道、私と歩きながら喋っているるかちゃんとすれ違う人は皆、子どもがぬいぐるみと喋っているものだと思って、チラッと見はするものの気には留めない。私はホッとしながらるかちゃんの隣を歩いた。

 ……私のせいでるかちゃんが見えない人と話してる、なんて噂が立ったら……余計苦しめることになる。私が見えているのはるかちゃんだけ、……それはこの子がとても繊細で綺麗な心をしているから。……そして傷ついていた私と、るかちゃんの心がリンクしてしまったのかも。


「……お姉ちゃん、ついたよ」


 少し緊張の面持ちでるかちゃんが家を見上げる。

 他の家には明かりがついていたけど、るかちゃんの家は暗いままだった。私は足を止めていたるかちゃんより先に玄関の前に立って振り返る。


「……るかちゃん、おかえり。ほらお家入ろう?寒かったでしょ?」

「………………うんっ!ただいまっ!」


 笑顔でるかちゃんが玄関の前に立ち、鍵を開ける。私はるかちゃんにたくさん話しかけながら一緒に家の中の明かりを付けていった。


「……えへへ。きょうはるかひとりじゃない。さびしくないもん」

「…………るかちゃん」

「お姉ちゃん、あしたは?あしたもるかといっしょにあそぼ?」

「えっと……お姉ちゃん……明日は……」

「……え………………そっか。そうだよね。お姉ちゃんもおしごとあるもんね」

「……ごめん、ね……?」

「……ううん、だいじょうぶ。……るかこの子といっしょにいるし」


 るかちゃんはぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

 ……きっとるかちゃんにとって友達って呼べるのは……その子だけなのね。


(……この子のそばにいてあげたい。……でも……)


 私がこの子を守りたい、と思っても、私の力はこの子を不幸にしてしまうかもしれない。

 それについさっき、もう二度と人間を守護しないと誓ったのに、それを数時間で反故するのは自分でもどうかと思うし……。


「……お姉ちゃんどーしたの?かなしそうなかおしてる」

「……お姉ちゃんなんにもできなくて、本当にだめだなぁって思って」

「そんなことないよ!……お姉ちゃん、るかといっしょにいてくれたもん。……みんなるかといっしょにいるのいやがるのに」

「………………っ」


 私は我慢出来ず、るかちゃんを抱きしめていた。


「……るかちゃん、また明日来てもいい?お家で待っててくれる?」

「……え……いいの?お姉ちゃん」

「お姉ちゃん仕事が終わったら、るかちゃんに会いに来るね」

「…………うん!」


 ……今の私がるかちゃんに出来ることなんて、こうして話を聞いてあげることぐらい。るかちゃんが喜んでくれるなら、……こんな幻でもるかちゃんに明日の希望を与えられるなら、それでも良いと思っていた。



+++



 それから数週間、私は頻繁にるかちゃんに会いに行っていた。

 本来私は人間の魂を守護するのが仕事。……でも今の私は次の魂を見つけるでもなく、たまたま出会った人間の女の子と仲良くして、こうして楽しい時間を過ごしている。……それは私の心を癒してくれる時間でもあった。


「……これがるかとこの子で、……こっちはお姉ちゃん」

「…………るかちゃん、私のことよく描けているわね」


 今日はお絵描きを見せてくれた。……やっぱりるかちゃんの目に私は映っている。髪型も白い制服も今の私だった。


「えへへ。……るかね、絵はすき。たまにるかのかおにもままのでおえかきするの」

「顔にお絵描き……?」


 そしてるかちゃんが他の部屋から持ってきたのは化粧品が入った小さなバック。きっとるかちゃんのママが使っていたものなのでしょうね。その中には一通りの化粧品が入っていた。


「るかちゃんはお化粧が好きなのね」

「……ままがそうしてるのみてたから……それだけ」


 そこまで言うと、二枚目を描き始めていたるかちゃんが、もう飽きちゃった、と描くのをやめてしまう。……ママの話、あんまりしたくなかったのかな、と他の話題を探そうとして、るかちゃんが私をじーっと見ているのに気付いた。


「……どうかした?」

「っ!……う……ううん」


 様子がおかしい、と思って、私はもう一度聞く。


「……どうしたの?るかちゃん……何か私に聞きたいこと、ある?」


 るかちゃんは私をまたじーっと見た後、口を開いた。


「お姉ちゃんは……いるよね?」


 ドキッとして私はすぐに答えられなかった。


「…………どういうこと?」

「…………るか、お姉ちゃんといっしょにいるっていったの。……でも、……ままにお姉ちゃんはいないっていわれて」

「っ…………」


 この数週間、るかちゃんのママが帰ってきていないわけがない。少し片付いたリビングを見て昼間帰ってきているんだと分かる。たぶん忙しすぎて数時間ぐらいしか家に居られないのだろう。


「……ままね?るかのことしんぱいだから、おうちにかめらつけてるの」

「……!…………そう」


 ……確かに、そうしていて当たり前だったわ。子ども一人この広い家に置いていていいわけないもの。私はあの日以来、るかちゃんがちゃんとお家に帰るように、と夕方の数時間だけこうして一緒に過ごしていた。その様子がカメラに映っていたとしても、きっと映っているのはるかちゃんだけだわ……。


「……るか、うそつき、なの?」

「……っ!……ちがう、それは違うわ、るかちゃん」

「…………うん。……でも……」

「っ…………」


 私が見えているのはるかちゃんだけ。

 ……私じゃ、るかちゃんを嘘つきにしてしまう……。


 ―ピンポーン……

 その時、家のチャイムが鳴った。


「……あ、れいちゃんだ」

「れいちゃん?」

「……まえにお姉ちゃんにはなしたよね?ちかくにすんでるおんなのこ。るかとおなじよーちえんの子」

「あぁ……同い年の」

「うん、たまにれいちゃんのままがごはんたべにおいでっていってくれるの。あ、そうだ。れいちゃんにお姉ちゃんのこといってもいい?」


 ……私はこの時、自分でも驚くぐらい信じられないことを考えていた。


「…………うん、いいわよ」

「……ほんと?……すぐれいちゃん呼んでくるね!」


 リビングからるかちゃんが玄関へと向かった後、私はその玄関に居る少女のことを視ていた。るかちゃんとは幼稚園でも違うクラスで友達ではないみたいだけど、仲は悪くない。……何より、るかちゃんのこと受け入れてくれているわ。


『……るかちゃんが言ってたお友達になったお姉さん?』

「うん、そうなの!……ねぇ、お姉ちゃん、この子がれいちゃんだよ!」

「……はじめまして。れいちゃん」

『………………え?』

「……どう、したの?れいちゃん……ほら、お姉ちゃんそこにいるでしょ?」


 この子の力になりたい、何かしてあげたい、人間としてそばにいたい。

 私は数多の魂を導くよりも、目の前の女の子、一人の魂を選んでいた。


『…………えっと……?』


 私はるかちゃんとるかちゃんの指す方向を見て戸惑う彼女に近付いて、耳元で語りかける。


「……ごめんなさい。あなたの体、借りるわ」

『……っ!』


 二人の少女を見ていた私の視界が変わる。

 ふと隣を見ると、心配そうに私の顔を見ているるかちゃんがいた。


「……れいちゃん?」


 私を見てそう呼ぶるかちゃん。私は手を伸ばし、るかちゃんの手を強く握った。


「っ!……えっ……」

「行こう?るかちゃん」

「………………っ、お、お姉ちゃんは……?」


 部屋の中を振り向こうとするるかちゃんの手を引いて、私たちは玄関に向かう。


「お姉さん、るかちゃんにご飯たっくさん食べさせてねって言ってた」

「え?……まって、」

「……お姉さん、いってきます。るかちゃんのことは私に任せて」


 私はリビングに向かって声を掛けた後、玄関を出た所で彼女から少しの間離れる。そして後ろを気にしながら玄関で靴を履いていたるかちゃんの後ろに立った。


「……お姉ちゃん!……よかった……」

「るかちゃんお腹空いてるみたいだから早く連れてってあげてね、って言ったの。ふふっ……気を付けていってらっしゃい」

「……うん!……あ、お姉ちゃんまたね」

「……えぇ、……またね」


 そしてるかちゃんと玄関の前で別れた後、私は彼女の体に戻った。

 ……こんなことしていいわけがない。でも私にはもう、ただ見守ること、なんて出来なかった。


「……れいちゃん、ごめんね」

「ううん。……それじゃ行こっか、るかちゃん」


 私が手を差し出すと、るかちゃんは一瞬きょとんとした顔で私を見つめる。


「手、つなご」

「…………っ、うん」

「るかちゃんのお友達は私。これからは私がるかちゃんのお姉ちゃんだから」


 そう言ってるかちゃんの手を握ると、るかちゃんは驚いた顔をした後、恥ずかしそうにこくんと小さく頷いた。


 人の手はこんなにも温かいのね……。

 るかちゃんに触れている、繋がっているだけで幸せな気持ちになる。

 ……これからは私がるかちゃんのそばにいて、るかちゃんを守るわ。

 加護なんて見えない力なんかじゃなく、強引に、私の手で。





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