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第2話 第二の人生、ゲームスタート




『おはよう瑠華。……あなたの新しい人生をはじめましょう?』



 新しい教育番組でも始まったのかと思うような掛け声。

 聞き覚えのある教育お姉さんの声がして目が覚める。重いまぶたを上げると、アタシの顔を覗き込むようにしてベッドの淵に幼なじみが座っていた。


 何で怜がアタシの部屋に……。でもボーっとした思考のままじゃ、思うように頭が動かない。

 アタシの額に当てられた手が前髪を横に流す。……もしかしてアタシ熱かなにかで倒れてたのかな……。昨日の記憶を思い返しながらアタシは布団の中から体を起こした。


「……目は覚めた?……体調はどう?」

「大丈夫。……てかごめん、覚えてないんだけど。……ここアタシの部屋じゃないよね」


 自分の部屋だと思って体を起こせば風景がだいぶ違った。ベッドの固さも違うし、やけにシンプルな部屋。一つの部屋の中に机とベッドがもうワンセット反対側に置かれていた。


「ここは瑠華の大好きな場所よ」

「……は……?大好きな場所って……?」

『瑠華、君の大好きな推しのいる世界だよ』


 聞き覚えの無い声がアタシの後ろから聞こえてベッドの反対側に顔を向けると、そこには壁しかない。ふと枕の横をみれば、小さい時に怜から貰ったぶさいくなぬいぐるみが置いてあった。


『……ボクだよ、ボク。そのぶさいくなぬいぐるみを何年も大事に枕元に置いている瑠華、目は覚めたかい?』

「うわわわわぁっ!」


 ……っていうか、今アタシの心読んだ……!?

 思わずぬいぐるみの口らしき場所を押さえた。


「……瑠華……お姉ちゃん嬉しいわ。ずっとウサギさんのこと大事にしていてくれたなんて」


 怜にバレたのが思いっきり恥ずかしい。急に顔が熱くなって、アタシは誤魔化すように言葉を返す。


「ふ、ふ~ん、これウサギだったんだ?ぶさいくすぎてわかんなかったし」


 はりぼてのようにツギハギが目立つ顔。耳の大きさだって左右違うし、どうしてそうなった?って思うぐらい、一般的な可愛いとはかけ離れた目はどこを向いてるのかわからない。口元はやけににやけててアタシを馬鹿にしてるとしか思えない表情をしていた。


 幼なじみの怜は大抵何でもこなすけど、こういったものは天才的にヘタクソ。まだ小学校の低学年だった頃にそのアホ顔のぬいぐるみを貰ったけど、さすがに絶句してしまった。……それでも置いといたのは、持ってると守られてるような気になったから。……あの時のアタシはまだ寂しがり屋だったし。


「……ウサギさん随分ボロボロになってしまったわね」


 体はわたが飛び出したのを何度も塞いだ安全ピンが突き刺さってて、ウサギのしっぽも取れたまま。怜はそのぬいぐるみを手に取って今にも取れそうな手を見ていた。


『瑠華、君って素直じゃないなぁ……。それよりボクの創造主に体を直して貰うことを要求する』

「……はぁ?何か知らんけど喋れるんだし、そんなの自分で頼めばいいじゃん」

『ボクがこんな体になったのは瑠華がボクを毎日のように抱……』

「わぁーわぁーわぁー!!」

「……羨ましい……」

「……コホンッ。そっ……それは後で頼むから。それより今の状況話してほしいんだけど」


 ぬいぐるみとのやり取りが終わった後、振り返ると嬉しそうな顔した怜と目が合う。いつも怖い顔した怜と話すことが多いから思わずドキッとして言葉に詰まった。


「……そうね、どこから話したらいいかしら。……ふふっ、そのウサギさんに聞いてみましょうか。困った時はウサギさんの道案内を聞くのが良いって聞いたことあるわ」

「……はぁ?それどこ情報?朝からボケないでくれるかな!……はぁ。ぬいぐるみが喋ってる時点で意味わかんないんだけど」


 天然発揮してる怜じゃ話にならない。思わず頭を抱えると、左右に体を揺らしながら二足歩行のウサギのぬいぐるみがアタシの膝の上に倒れ込んできた。うつぶせに倒れたウサギがバタバタと両手両足を動かす。それに冷たい視線を送っていたら、怜がその体を持ち上げてアタシの膝の上に改めて座らせた。


「……瑠華、意地悪しちゃダメよ」

「……はいはい。……それで?」


 それは魔法のようだった。

 ウサギが手を動かすと、ポンッとシルクハットとマントと杖が出てきて、それらしい格好になる。そしてアタシがやり込んでたゲームソフトが膝の上に置かれていた。


『ここはこの世界の君の部屋だよ、瑠華。”君と過ごした三年間”君はこの世界がとても好きだったよね』

「…………まぁ……好きだけど。っていうか、なんでそれ知ってんの?」


 ……でもそれはゲームだからであって、プレイするのが楽しいんであって、ライト君が世界一カッコ良かったからであって。


『ボクは君の部屋で君と一緒に過ごしてたんだ。君が何を好きかくらい知ってるさ』

「私は一緒に暮らしていなくても瑠華のことなら何でも知ってるわ」

「……怜のはなんか違う。絶対ストーカーしてるでしょ」


 アタシのこと一番分かってるような顔してるぬいぐるみに張り合う怜。うんざりとした視線を向けると怜は素知らぬ顔してそのゲームソフトを手に取り中身を覗いていた。


「…………ねぇ、アタシ、もしかして何かあったの?……夢かと思ったけど、これ夢じゃないし」


 怜の顔を見ると、戸惑ったように瞳が揺れていた。……これは、あったな。

 さすがにアタシでも分かる。特に隠れヲタクでもあるアタシはこの状況を知っている。


「……俗に言う、乙女ゲーの中に転生した、感じ?」


 自分で言ってて違和感あるその言葉に、言ってから口にしたことを後悔した。ナニコレ中二病……?

 でも二人は笑うでもなく顔を見合わせる。……信じたくないけど、それが真実なんだと空気がそう言っていた。

 自分の最悪の状況を浮かべて可笑しくなる。……そして今、どうしてここに居るのか、信じられないけど信じられないような事が起きたんだって、納得するしかなかった。


 『君と過ごした三年間』はアタシがハマっていたゲーム。イケメンがたくさん登場するゲームで、その学園に通いながら推しの彼とのイベントを起こし気持ちを育んでいく。いわゆる乙女ゲーってやつ。

 アタシのスマホの待ち受けには、推しのライト君の画像が設定されている。


「……どこかで見たことあると思ったら、もしかしてこの部屋……主人公の女の子の部屋?」

『その通りだよ。君はこの世界の主人公として生まれ変わったんだ』


 ここがあのゲームの世界だと理解した瞬間、ちょっとときめいてしまった。

 改めて目の前に居た怜の顔を見つめる。色んなことありすぎて触れなかったけど、怜の髪色は変わっていた。ミルクティー色の髪、目の色は涼し気なブルーで羨ましい。それに今着てるのは、ゲーム中の憧れの可愛い制服だった。


「……何で怜は見た目変わってんの?アタシは?」

「瑠華も変わってるわ。……鏡を見てきたら?」


 怜がベッドの上から退いた後、すぐに立ち上がるとクスクスと笑われてしまう。机の上に置かれた鏡を覗けば、アタシの髪色はブラウンに色落ちしてて、久しぶりに昔の自分の顔を見てるみたいだった。


「……ちょっと!何でアタシの髪黒くなってんの……?!」

「あら、瑠華はその色の方が似合ってるわ」

『……ゲームの主人公って地味な子多いでしょ?瑠華、ヒロインなんだから我慢しないと』

「……ぐっ……」


 ……そう言われればその通りかもしれないけど。……主人公ギャルでもいいじゃん。別に。


「……瑠華、そろそろ支度しないと学校が始まってしまうわ」


 怜の言葉でハッとして時計を見上げた。怜はもうほとんど準備を終えているみたいで、アタシは慌てて自分のクローゼットを覗く。その中にはアタシ用に制服が入っていた。それを掴んでベッドの上に投げる。


「……そういえば、怜がルームメイトってことでいいの?何で怜まで居るのか知らないけど」


 主人公は学園の寮から学校へ通う。学園の寮は一部屋に二人、確かゲーム中ではルームメイトの子がヒロインの恋を助けてくれるポジションだ。……怜がアタシとライト君の恋を応援してくれるのか、それは疑問だけど。


「えぇ。……お姉ちゃんはもう二度とあなたを一人で寝かせないわ」

「……は……?怖いんだけど」


 このゲームのヒロインは育ての母親が亡くなった後、本当は貴族の娘だったことを知る。でも父親を知らないまま、その手掛かりを探す為にイシュタル学園に通うことを決意する。学園の寮に住みながらヒロインは勉強や教養を磨き、手掛かりを探す中素敵なイケメン男子たちに出会い恋を育んでいく……。

 そして両想いになった相手と共に”願いを叶えるりんご”を学園の中庭にある女神像に捧げ、永遠の愛を誓い、それぞれのエンディングに向かう。


「……それより瑠華、随分のんびりしているけど、着替えも私に手伝ってほしいの?今日あなたの身に起こることは瑠華が一番わかっているんでしょう?私はこのゲームの中で起きることはよく知らないの」

「えっと……ゲーム初日はみんなと同じだよ。入学式……って、やばっ。怜、手伝って」

「……もぉ。お姉ちゃんがいないとダメね、瑠華は」


 そう言いながら嬉しそうな怜がムカつく。


「きょっ……今日はそれどころじゃないだけだし。……ライト君に会えるかもしれないんだから!」


 急いで顔を洗った後、着替えていると静かだったウサギが喋り出す。アタシは支度しながらその声を聞き流した。


『今の君は伊崎瑠華じゃなく、イシュタル学園の一年生、ルカ・イサキ。この世界の主人公としてここから第二の人生が始まるんだ。まぁやり込んでる君に説明はいらないだろうけど。……準備はいいかい?』

「あーうん、オッケオッケ」

「っ、……もぉ、すぐそうやって適当に返事をして。……後でどうなっても知らないから」


 考えるまでもなく返事をすると、急にこの世界の情報が流れ込んでくる。大体が知ってる情報だけど、ヒロインの生い立ちやら何やら細かい設定が記憶として頭に入ってきた。


「怜、髪やって」

「……じゃあ、今日は私好みにするわね」

「任せる」


 鼻歌唄いながらアタシの髪をいじる怜はほっといたまま鏡を覗く。持っていたメイク道具の少なさに愕然とするけど、制服を着るとその姿はゲーム中の主人公だった。

 ……念願のヒロイン……。自分にはヒロイン属性は皆無だと思ってた。ヒロインっていうのはきっと怜みたいなやつのことなんだって、はなっから諦めてたけど、まさか自分がこうしてヒロインになる日が来るとは……。


「……嬉しそうね、瑠華」

「そりゃあね。だってライト君に会えるんだもん。……怜もこの世界で彼氏でも作ったら?ライト君以外にもイケメンいっぱいいるし」


 王子様、クラスメイト、先輩、後輩、先生、バイト仲間……etc、色んなタイプのイケメンが出てくる。さっき急に現れたゲームソフトの表紙に描かれているキャラクターを後ろで髪を梳かしてる怜に見せるけど、覗き込んで見ただけで反応は薄い。


「怜って世話好きだし、後輩タイプとか好きそう」

「…………私はいいわ。瑠華のことで手一杯だもの」

「はぁ?なにそれ。……そんなことアタシ頼んでないんだけど」


 ムッとして振り向いて怜を睨むと、髪をいじっていた怜が手を離す。


「……はい、出来たわ。ほらスマホばかり見てないの。ちゃんと鞄の用意はした?」


 ぽん、と頭を叩かれて、アタシはハッとして立ち上がる。机の横に鞄が掛けてあるのが目に入って、アタシは机の上にあったものをテキトーに鞄の中に詰めた。


『……瑠華ってば。君、今、自分がどういう状況かわかってる?』

「……どういう意味?」

『現実の君は……』

「あぁ……それはなんとなく。……アタシのこと急に死んで可哀想だと思った神様が最後に好きに生きていいってチャンスくれたんでしょ?」

「……瑠華……」

『君って呆れるほどポジティブだね』

「最後にアタシの恋を叶えてくれるなんて素敵な神様じゃん。……なんで怜までここに居るのかわかんないけど」


 怜を見ると、え?って顔してアタシを見ていた。え?ってアタシが言いたいよ。……それもこうなった原因知ってそうだし。じーっと怜の顔を疑うように見ていると、あからさまに視線を逸らされた。


「わっ……私は……その、瑠華のオマケよ。……いいじゃない、私たち幼なじみでしょ?」

「……オマケって。何でもかんでも幼なじみの言葉でどうにかしようとしないでくれる?……怜だって来たくて来たわけじゃないでしょ?」


 ほんとはアタシのこと心配しすぎて、何かよく分からない力で引っ張られたとかそういうのなんでしょ?きっと。……今、思えば怜がアタシのそばにいなかったことなんてなかったし。


「ううん、そんなことないわ!……私も夢を叶えて貰ったもの」

「……え?」

「……瑠華とルームシェアなんて。……これで後は籍を入れるだけね」

「………………また言ってるし」


 くねくねしながら恥ずかしそうに両手で顔を押さえる。そんな姿を見て、またか、とため息が漏れた。


「……怜、早く。入学式遅れる」


 いつまで経っても妄想に浸ってる怜はほっといて、アタシは鞄を掴むとさっさと部屋の入口のドアまで歩いた。


「はいはい。……私たちの二度目の入学式ね」

「……あの時とは全然状況違うけど」

『いってらっしゃい、二人とも』


 怜と一緒に部屋を出ると、廊下には同じくこの学園の寮に入寮した生徒たちが同じく入学式へ向かう所だった。

 ほんとにゲームの中にいる……と感動していると、他の子たちに挨拶されてアタシもそれに返す。


「怜……アタシ怖がられてないみたい」

「うん、そうね」


 ……今までが今まですぎて、他の生徒の反応に感動してしまう。驚いてるアタシの後ろで怜が笑うのを堪えてる声が聞こえた。





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