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「出発の前に」

「オトギリさん」


「はい? なんですかー?」


 いつもの気の抜けた返事が返ってくる。俺は正直に今の気持ちを話す。


「そろそろ旅を再開しようと思います。お世話になりました」


 オトギリさんはしばらく無言で俺の顔を見つめ、その後まくしたててきた。


「ええええ!?!? クロノさんはずっとこの町にいてくれるんじゃないですか!?」


「いや、俺は旅人ですよ? いずれ出て行くに決まってるでしょう」


「いやいや、冷静に話し合いましょう! まだ交渉の余地はあるはずです!」


 これがあるから旅立ちを伝えるのは最小限ですませているのに……さすがにギルマスやっている人を無視して旅に出るのも不義理だと思って話を通しているだけなのに……


「そう言われても……旅人なんだから旅をするのは当然では?」


「勘弁してくださいよ! この町のギルド、人が来ないのでクロノさんが出て行ったらまた一人になるじゃないですか!」


「大げさですね、町の人だって来るでしょう?」


 時々ここへ酒を飲みに来ていた人を見ているので俺がいなくなっても問題は無いはずだ。その人達だって時々は依頼を受けてくれるだろうし、オトギリさんには頑張っていただきたいと思う。


「このギルドの将来設計がクロノさんありきで組まれてるんですけど……出て行かれると……困るんですが」


「いや、町民でもない一個人に依存したプランはたいてい破綻しますよ?」


 将来設計破綻してますよ?


 俺も随分と長く居たような気がするが、そろそろ出るときだろう。何より手に入らないわけではないがとにかく肉を思い切り誰の目も気にせず食べたかった。


「クロノさんはもう決めちゃったんですか?」


「ええ、旅人は旅をするものですから」


「そうですか……ギルドで雇うことも考慮に入れてたんですがね……」


「俺はそういうのには向きませんよ」


 そこでオトギリさんがスッと一通の封筒をさしだしてきた。封印はこの前のものと同じ刻印でされている。隅の方に『先生へ』と書かれていたので差出人は分かった。


「どうぞ」


 渡された手紙を読むと、俺のおかげで町でのお使いが非常に便利になった、お礼は受け取ってくれたか、ありがとう。と書かれていた。あの程度の事でもちゃんと感謝してくれるんだからありがたいな。勇者どもに感謝された事ってあっただろうか? いや、無いな。


「ツツジ様も『いずれ旅立つのでしょうけど遅い方がいいですね』とおっしゃってましたよ」


 俺はその手紙をそっとストレージにしまって、オトギリさんに言った。


「長く同じ所にいるとですね、こういったしがらみがどんどん増えて旅立ちが先延ばしになるんですよ。だから俺は行こうと思います」


 オトギリさんはため息を一つしてから俺に向き直った。


「冒険者クロノさん。本ギルドへの貢献感謝します」


 それは間違いなくオトギリさんとしてではなくギルマスとしての言葉だった。こうして俺はギルドから離れることになった。


「お世話になりました、短い間でしたが楽しかったですよ」


「それはどうも、このクエストボードも当分依頼が残るんですかね」


 依頼書で一杯のクエストボードを見ながらそう言った。俺が消費した分も焼け石に水のようで、ロクにこなすことはできなかった。その隅の方には茶色く変色した遙か昔に出された依頼が未だに貼られている。


「まあ、そこをなんとかするのが敏腕ギルマスの手腕ってやつですよ!」


 オトギリさんは細い腕を突き出してドヤ顔をした。これだけやる気があれば俺が来る前より悪くなることはないだろう。


「頑張ってください」


 俺の言葉ににっこりとした笑顔が返ってきた。うん、実のところ俺なんて必要じゃなかったのかもしれない。俺が与えたのはあくまできっかけで、それを生かせるかどうかはギルマス次第だろう。そして本人がこれだけやる気なのだから問題なんて無い。


「では、またいずれ」


「ええ、お元気で」


 こうして俺はギルドを出た。町と呼べるかは怪しいものだが、確かに町民達は日常に満足していたようだし、きっと俺はもう必要無いのだろう。


 俺は町を出て新しい土地へ向かって歩き始めた。この先のことは予定に無いが、きっと素敵な出会いが待っているに違いない。そう信じて歩を進める、未来ではきっと希望が待っているのだから。

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