「もうどうにでもなーれ」
俺は町を出ることを決めた。いい加減うんざりだ。ギルマスは悪い人ではないがろくな依頼を出さないし、貼り出されているクエストはロクなもんじゃない。人間不信になりかねないのでもうこの町を出ることにした。
宿屋の自分の部屋でこっそりと荷物を全てストレージにしまい、何食わぬ顔で宿屋を出て行った。部屋の掃除まで出て行ったことは気づかれる心配はないだろう。あとこの町はサービスが悪いので必要以上に掃除をしたりしないので更に気づかれるのは遅れることになるはずだ。
そしてギルドへと向かった。ギルマスには世話になったし挨拶くらいはしておこう。
ギルドへ向かう途中、数人に絡まれたが適当にあしらっておいた。怪我はさせていないのでセーフということにしておこう。そもそも絡まれた側だし正当防衛であるはずだ。
「ギルマス? いますかー?」
ギルドに入っていくといつも通りにギルマスは受付に立っていた。俺の顔を見るなり大体のことを察したらしい対応になった。
「クロノか……その様子だと出て行くみたいだな」
「分かっちゃいますか?」
ギルマスは素っ気なく頷いた。
「ああ、何も言わずに出ていく連中も多いがな……出て行く連中でここに挨拶に来るやつはそんな顔をしてるんだよ」
どんな顔なのやらさっぱり分からないが、とにかく俺が出ていくということは理解したようなので後は出て行くだけだな。
「お世話になりました」
「気にすんな、旅人の世話をするのもギルドの仕事だ」
しかし旅の荷物は全部ストレージに入れているのに見抜かれたのか、さすがはギルマスといったところだろう。
「この町から出て行く人はそんなにわかりやすいですかね?」
「ああ、出て行く人間が多いとなんとなくな……勘でピンとくるんだよ。随分多く出て行くやつを見てきたからな」
経験者は語る、というところだな。
「そうか、それでお前さんは次に行く場所は決めてるのか?」
「俺の旅はいつも行き当たりばったりですからね。なんならコイントスで道を決めることだって普通ですよ」
ギルマスはため息をついた。
「お前さんが行き倒れないか心配だよ……」
時間魔法を使えばいくらでも安全に生きていけるということは黙っておこう。手の内を晒す必要はないからな。情報公開は最小限にというのが旅の基本になっている。別に喋ったところで誰がどうこうできるわけでもないんだがな。
「ところでギルマスはずっとこの町にいるんですよね? その……なんというか……お世辞にも住み心地がいいとは……」
「ああ、ロクな町じゃないのは知ってるよ。それでも俺はここで生まれてここで育ったんでな、今更どこかに行こうなんて気にはならんよ」
「では俺は出て行くことにしますね。何か手続きとか必要ですか?」
「逆に聞きたいんだが入るのに何の手続きもなかったのに出るときに何かあると思うか?」
「それもそうっすね」
この町入るとき何も言われなかったもんな。誰でも出入り自由なんだろうな。そもそも入る人と出て行く人の人数を合わせる必要があるのに片方だけ調べることもないだろう。
「じゃあな、よい旅路を祈ってるよ」
「アレンさんももう少し出世できるように祈っておきますよ」
「ははは……ギルマス以上の出世ねえ」
「それでは俺はこれで」
「ああ、あんまりこの町の悪評を広めないでくれよ?」
そう言って笑い合い俺は町を後にした。普通なら旅の準備をしておくところだが、この町は基本的に品質の悪いものを高めの値段で売っているので余り物だけで次の場所まで向かうことにした。干し肉くらいは買っておいてもよかったかもしれないが、どうにも干し肉一個が銀貨二枚というのは受け入れがたい値段だった。田舎町で王都のようなレートで食品を買う気にはなれない。
町をあっさりと出てから俺はしばらく草原を歩いて野営するときに酒を一本開けた。一口飲むといやだったことがぼんやりと薄れてくれる。追放時のことなど酒の前には些事に過ぎないように感じてしまう。だから、あの町の人たちが酒に逃げるのも無理もないことなのかもしれないとは思った。
そして地図を取りだし現在地点の上から金貨を一枚落とした。俺は金貨がころがっていた方向へと向かうことにしてその日は就寝となったのだった。




