「アースドラゴン討伐」
「え!? それを受けられる気ですか!?」
ギルドの受付、ネーピアさんは俺に驚きの声をかける。このくらい楽勝だろうに、ここまで大きい町のギルドならドラゴンの単独討伐などで来て当たり前だ。何故そんなに驚いているのだろうか?
俺が手に取っているクエスト票は『鉱山に出現したアースドラゴンの討伐依頼』だ。
いやいや、普通このくらい勝てるでしょ? 何をそんなにびっくりしているんだ、この人は。
「ドラゴンを倒すだけの依頼ですよね? 何か付帯事項でも?」
俺がそう問いかけるとネーピアさんは絶句している。はて、何かおかしなことを言っただろうか?
「いやいやいや! ドラゴンですよ! ワイバーンとかの亜種ですらない本物のドラゴンですよ! 死にたいんですか? 死にますよ!」
俺は努めて冷静に微笑んで言った。
「大丈夫です、旅をしていればトカゲに襲われることくらいありますから」
「いや、トカゲじゃなくてドラゴンなんですが……」
俺の表情を見てビビってもいない事を理解して諦めたように討伐依頼の手続きを進めてくれた。鉱山は町の中央にある採掘場だ。
「構いませんよ、ドラゴンだってただの大型トカゲと変わらないじゃないですか!」
「違いますよ!」
ネーピアさんは悲鳴にも近い声を上げる。ドラゴンの一匹くらいどうということはないだろう。むしろこれだけの町なら自警団だけで処分できるはずだし、それをギルドに投げてくれたと言うことは温情で仕事をくれたというわけではないかと思っている。だってたかだかドラゴン一匹を討伐できないなんて恥も良いところだからな。
「はぁ……分かりました、受注処理をしておきます……失敗でも良いので危なそうならさっさと逃げてくださいよ?」
「問題無い」
逃げることにかけては自信がある。時間停止からの逃亡でのんびり歩いていても大抵の敵から逃げることは可能だ。しかし、たかだかアースドラゴンごときに逃げると思われているのは癪だな。
「頼みますから危なかったら逃げてくださいよ? 言いましたからね?」
俺は手をひらひらと振って依頼の受注書を持って鉱山地区へ向かった。盗掘者と間違われないようにとのことでもらった書類だが、大きな町になると細々した手続きがあるものだ。
そんなわけで俺はさっさと鉱山入り口までやってきた。中にアースドラゴンがいるらしいが、雑魚とは言えドラゴンを名乗るのだから入り口に殺気を醸すくらいのことは出来ないのだろうか? 普通に衛兵の皆さんが入り口を張っている。縄張り意識くらい無いのだろうか? 自分の巣を人間に守ってもらっているようで倒すのが忍びなくなるレベルだ。
「こんにちはー!」
「なんだね君は?」
「ここは今危険なんだ、離れていなさい」
「それがそーもいかないんですよね」
俺は討伐依頼の受注書を広げてみせる。二人とも困惑しているがドラゴン一匹にビビりすぎではないだろうか?
「これは……確かにギルドの受注書だな」
「しかし、こんな若者を単独で送ってくるとは……舐められた物だな」
「あの、ドラゴンですよね? しかも一匹と聞いたのですが?」
「そうだ、原初の竜の一匹とも呼ばれているアースドラゴンが住み着いている」
「倒せば良いのでは?」
「そんな簡単に言うな! 死人が出るようなことは避けなければならんのだ!」
「君もさっさとギルドに失敗届を出しておきなさい、ドラゴン相手なら責任は問われないはずだ」
やれやれ、話す余地も無いな……
『ストップ』
ピタリと周囲の時間が止まる。衛兵さん達にはしばらく止まっておいてもらおう。この様子だと二人がたっているだけでここに近寄る人間はいないようだ。さて、中に入るか。
奥の方は暗がりになっていてよく見えない。確か鉱山には魔力照明がつきもののはず……
壁を探ると魔力線が見つかったのでそこに魔力を流す。繋がっている照明がポツポツと点灯を始め視界の確保が出来た。
「よしと……魔力も多めに流したし、しばらくは明るいままだろ」
奥の方へと歩を進める。そこで咆哮が聞こえた。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
うるさいなあ……これだから知能のない魔物の討伐はやる気がしないんだ、節度という物を知らないのか、理解できないのか、空気という物を読もうとしない。
「人間……エサ……」
あー……出たか、ストップで止めてナイフでとどめで良いかな?
進もうとしたところで背後で落盤が起こった。
「逃がさぬ……我は腹が減っておる……」
しゃーないなあ……
『リバース』
時間遡行を行う、ドラゴンの起こした落盤は天井に岩が吸い付いていくように逆再生され何事もない坑道が元通りになった。
さて、倒すことは出来る。俺はこのトカゲを何の障害もなく命を刈り取ることができる。しかし……しかしだ、このトカゲは生意気にも人間様に襲いかかってきた。気に入らないな。下等生物ごときが人間の仕事の邪魔をしたという事実が気に食わない。
時間遡行は解除して……
『ストップ』
ドラゴンの時間を止める。そしてご立派なアースドラゴンに手をつけて時間遡行を使う。
『リバース』
ドラゴンのみの時間が戻っていく。このアースドラゴンは成長済みだったが、あっという間に成体になり立てに戻っていき、徐々に大きさがしぼんでいく、最終的に人の足くらいのトカゲサイズになったところでスキルを解いた。
「せい」
プスリとナイフを首に突き刺して息の根を止めた。楽勝だ。この程度の敵に手こずっているはずがないので、やはり公共事業的な意味でギルドへ依頼を出したのだろう。チョロい依頼を受けることが出来てよかった。
死体はポイッとストレージに放り込んでおいた。幼体まで戻したので容量を圧迫するようなこともない。
鉱山の入り口に戻って衛兵さんの時間停止を解除する。少し停止していた時間が長かったのでポカンとしているが、俺を見てくってかかってきた。
「逃げろといっただろう!」
「倒しましたよ?」
「だから……え? 倒した!?」
「ええ、クソ雑魚じゃないですか」
衛兵の一人が訊きにくいことのように俺に問いかける。
「その……倒したというのはアースドラゴンなのか? 何か他の亜竜種じゃないのか?」
「いーえ、知能の無い魔物くらい余裕で倒せますよ? 旅人に頼むようなことでもないとは思いますがね」
「とにかく! 鉱山に入れるわけには」
「何言ってるんです? もう入ってきた後ですよ? あ、覚えてないんでしたね」
そういえば時間停止をしているあいだの記憶は無いんだった。この二人からすれば俺が入り口にやってきて時間をすっ飛ばされたので、鉱山に入ったことを知らないんだった。
ストレージから手のひらサイズのアースドラゴンを取りだして見せた。
「いや、これはアースドラゴンのようだが……目撃情報では巨体をしていて暴れ回っていたと聞いたぞ」
「何と言われようとアースドラゴンなのでギルドで鑑定に出してきますね! もうこの鉱山に用はないので平常運転で採掘できますよ、元通りですね!」
そう言って俺はあっけにとられている二人を後に、ギルドへと向かった。
「これは確かにアースドラゴンなんだが……なんでこんな物の討伐依頼を自警団は出してきたんだ?」
鑑定班の結論は謎の依頼だと言うことだった。俺が出したアースドラゴンの幼体はトカゲより少しつよい程度の生き物で駆除が簡単なただの魔物だった。しかしドラゴンであることは確かで、鉱山にドラゴンは一匹しかいないことが確認されている。つまりこれ以外ドラゴンはいなかったことになる。
俺は大層ギルドからトリックについて質問されたが、これが出てきたので倒しただけだと言うことで通した。
結局ドラゴンの遺体という証拠が確かにあるため依頼の報酬は満額を支払われた。皆が酷く訝しんでいたが、ドラゴン一匹を倒したというだけで俺に突っかかってくるやつはいなかった。チョロい依頼で金貨二百枚を受け取って俺はほくほくしながら宿に帰った。そして眠りに就くときに、アースドラゴンを成体で倒していたらドラゴンの素材報酬も受け取れたと気がついて少し後悔したのだった。




