「健康飲料(全年齢対応)」
俺はこの日、ギルドに出向こうとしていたのだが、その途中に露店が出ていたので思わず立ち寄ってしまった。そこには大きく看板でこう書かれていた。
『子供から飲める! マナドリンク!』
大きく書かれて目立っているのだが、そこでは瓶に詰められた飲み物が売られている。美味しいのかは不明だが観察していると数人が立ち寄って瓶を買ってその場で飲み干し、空き瓶を返却して通りすぎでいった。
多少興味をそそられたので一本買ってみるかな……
「俺にも一本くれるか?」
「旅人さんか? もちろんいいとも! この村の名物みたいなものだからな!」
俺は銅貨二枚を払って瓶を受け取ると木の栓を開け皆がそうしているように飲み干した。
瞬間、体に力がみなぎるような感覚を覚えた。これは一体なんなんだ!?
「マナドリンクの味はいかがかな?」
店主がそう聞いてきた。味については飲んだことのない味だ、あえて言うなら砂糖水にハーブを混ぜて煎じたような味だろうか? これを一本飲んだだけでその日一日の栄養を補給できるほどに体に力がわいてくる。
「味は……まあ……それよりこの効き目だ! 怪しい成分が入ってるんじゃないか?」
店主は首を横に振る。
「滅相もない、この村で採れた砂糖とハーブを漬け込んで煎じた特製ドリンクだよ。ご禁制の品は一切入っていないですぜ」
このドリンクは強力な魔力がこもっている。魔法を使わない人間でも体に力がみなぎるほどのマナを含有している。こんな飲み物はお目にかかったことがない。初見で飲んだ人の中には間違いなく禁制の成分が入っているかと疑うこと請負の効き目だった。
「もう一本もらっていいか?」
「悪いな、マナドリンクは一日一本までなんだ。まあため込んでまとめて飲むやつもいるんだがな、建前上一人一日一本しか売れないんだよ」
なんだと! こんな商売になりそうなものを個数制限で売るのか!? 商機を逃しているとしかいいようがない! もったいないという言葉をこの男は知らないのだろうか?
俺なら間違いなく売れるだけ売る。この飲み物を飲めば魔力がいつもの倍近く力を持ちそうな魔力に溢れた液体だ。
「なんでどんどん売らないんですか!? これは絶対いい商売になりますよ!」
俺が食ってかかると店主は呆れ顔でもう一本の瓶を俺に差し出してきた。
「論より証拠だな。旅人さん、特別に二本目を飲ませてやろう。明日もう一度同じ事が言えたら俺も商売のやり方を考えるよ」
よく分からないが、俺は二本目のマナドリンクを迷うことなく飲み干した。感覚が強化され視界に入る人間を全員とらえることが出来、それぞれを目で追うことが可能だった。さらに視界が強化され、目に入った人々の体調まで理解する事が出来た。先ほど通りがかった人が風邪気味であることさえ本人が自覚せず歩いているときに理解できた。
「凄いじゃないか! こんな飲み物があったなんて信じられない!」
「時々アンタみたいな商人が来るが……まあ明日もここで店を出しているから来るといい」
俺はその言葉を話半分に聞いて、ギルドに向かって迷うことなく上級クエストを受注した。上級と言っても田舎だけあってホーンバッファローの討伐依頼だ。俺の装備はナイフ一本だったがまったく負ける気がしなかった。
ギルドで受けて村の外のターゲットのいるゾーンまであっという間にたどり着いた。身体能力も強化されているようだ。明らかに現場まで走っていく速度が違っていた。
目標はホーンバッファロー二十体の討伐。今の俺には負ける気がしなかった。
『ストップ』
ストップ一撃で広範囲に生息している牛どもの動きをピタリと止めた。時間干渉魔法の効果範囲が明らかに広がっている。しかもタイムリミットは感覚で分かるのだが、まったく制限時間がタイムアウトする気配がない。
俺はサクリサクリと牛たちの喉元にナイフを突き立てて血管を断ち切る。ノルマの二十体を切り裂いたところで時間停止を解除した。
バタバタバタ!
突然仲間が喉笛を切り裂かれて驚く牛たちの群れはその場から一斉に逃げていった。圧倒的な力があればどうとでもなるといういい例だろう。俺は自分の力が恐ろしくなった。その内世界中の時間を停止させられるのではないだろうかと思えるほどに魔力が体の芯から溢れていた。
俺はギルドに帰り、討伐したホーンバッファロー二十体をストレージから取り出す。受付のタルデさんは奥に引っ込んでギルマスのノイギーアさんを呼んできた。
「ギルマス! これだけ狩ったので依頼の報酬お願いします」
「ちょっと待ってくれ、検分をしたい、報酬はたぶん支払えるから安心してくれ」
そうして牛の死体たちは検分場に持って行かれ、どうして一切の反抗の跡がないのか、どうして一撃で全て急所を一撃にしているかなど散々聞かれたが、『秘密です』の一言でそれ以上は聞かれなかった。他人の個人情報をせき立てないのはいいことだ。
「ああ、クロノさん、間違いなくホーンバッファロー二十体だ。一体たりともイカサマは無いな。報酬の金貨十枚だ」
「毎度あり」
そうして俺はギルドを出て、宿に戻った。祝杯を挙げるために俺は宿代にプラスして銀貨を三枚払い名物の蒸留酒を出してもらった。強い酒を飲みながら肉を食べるのは至福の時間であり、そうした時間を与えてくれたあのマナドリンク商人には感謝せざるを得なかった。
翌日……俺は目を覚ました。体調がなんだか悪い。決して二日酔いでは無く魔力の枯渇に近いものだった。午前を魔力の回復に費やして、俺は村を散策していた。そこであのマナドリンク商人がまだいたことに気がついた。
「ね? 二本も飲むものじゃないでしょう?」
そう商人は話しかけてきた。
「これはそのドリンクのせいなのか?」
「ええ、人間の奥底に眠っている魔力を引き出すんでさあ……一本なら調子がよくなるくらいで済むんですがね、二本も飲むと魔力が完全に枯渇するんでさあ」
困ったものだ。言葉で伝えればそれで済むだろうに。しかし俺が深く疑っていたのは事実なのでこの商人を責められなかった。
「マナドリンクを保存用に一本くれ」
「旅人さんも物好きだな」
そう言って一本瓶を渡してくれた。俺は『ストップ』で時間凍結をしたその瓶をストレージにしまっておいた。緊急時には役に立つかもしれないのは事実だからな。
俺はピーキーな商品を一本仕入れたのだが売れる気がせず、たぶん自分で飲むことになるだろうなと思った。




