「グラスリザードを討伐した」
その日、朝食にエリンが来ることは無かった。まあアイツもそれなりに稼ぐようになっただろうし、こんな不味いメシをわざわざ進んで食う必要も無くなったのだろう、結構な事ではないか。
俺は塩スープをすすりながら麦粥を飲むという貧乏飯にも程があるものを食べながらそう思う。こういうのは俺みたいなケチかド貧乏な人間だけが食べればいいのだ。選択肢のある人間にはもっと豊かな選択をして欲しいと思う。好き好んで食べる物好きも居ないとはいわないが、町の福祉の範囲で食べられる必要最低限の食事のようなものを食べることは無い方が良い。そう考えると食堂で別料金を払わず基本料のみで食事をしているのが俺だけというのは健全なことだ。
俺はふと思いついて半分ほどになったスープの中に麦粥を流し込んだ。そしてスプーンで掬って飲んでみると、本当に麦と水しか使っていないのではないかと疑いたくなる麦粥に、いい感じに塩味が混じって美味しくなった。だったら始めから塩を入れろというのは無駄だろう。麦と塩を混ぜても一品にしかならないが、麦と塩を別々にだせば二品になる、なんというアイデア料理だろうか! 本来一品にしかならない料理を分割してかさ増ししているのだ。しかもかさ増しに必要なのはスープに少しだけ浮いているクズ野菜くらいだろう。
俺はそのアイデアに尊敬の念を抱きつつ『よくこんなもの客に出せるな』と思いながら朝食を終えてギルドに向かった。この町に美味しいものを出す店はたくさんあるが、たまには腹が減った状態で挑んでみるのも良いものだ。いかんせん満腹だと必要以上の敵は逃がしてやろうなどと温情が働く、冷徹な心を維持するためにはたまには空腹感も必要だ。
ギルドに入るとクエストボードに様々な依頼が載っている。俺は空腹感を紛らわすために討伐依頼を探す。この飢餓感を満たしてくれるのは命のやりとりくらいだろう。そうして並んだ討伐依頼を見たのだが、グリフォンの討伐や、エンシェントドラゴンの討伐、キマイラの討伐などなかなか探すことすら面倒な相手が並んでいる。
その中に一枚、見向きもされていない依頼票があるのに気がついた。討伐系で誰も触れない依頼か、さぞや面倒なものが無視されているのだろう。まあ一応内容くらいは見てやるか……
『グラスリザードの討伐、報酬金貨十枚』
なんだ、意外と悪くないじゃないか。トカゲの討伐で金貨十枚は悪くない、グラスリザードは草食だし命の危険も少ないはずなのに誰も受けないのだろうか?
その依頼票を隅から隅まで読んでみた。すると依頼票の隅の方に小さく『二十匹ごとの金額です』と書かれていた。これが原因か……
二十匹狩って金貨十枚はわりと安い。限界集落のようなところでなら文句を言えない金額だがこの町の金銭感覚からすれば随分と買い叩いたなというのが正直な感想だ。
しかし他の依頼は……全部面倒くさいことこの上ないし、討伐まで頼む割には報酬が割に合わないものばかりだ。どうせ割に合わないなら比較的楽なこの依頼を受けてもいいだろう。
そう思って依頼票を剥がしてよく見たのだが……
『依頼主:ギルド』
えぇ……ギルドが出してるのかよ、相場はどこへ行ったんだ? 正気とは思えない値段設定をして誰が受けると思ったのだろう? そんなことを考えながら依頼票をマルカさんのところへ持っていった。
「あら、クロノさんですか。やはりそれを受けてくださるんですね!」
俺の出した依頼票に釘付けになっている。まるで俺が受けると確信していたかのようだ。
「やはりってなんですか? 俺がたまたまこれを選んだのを分かっていたように言いますね」
「ああ、ギルマスに討伐依頼が大体捌けたので残り物をクロノさんに受けていただこうという価格にするよう交渉したんですよ」
悪びれることもなくそう言うマルカさん。俺はこれを受けるように仕向けられたのか?
「でも他の討伐依頼がたくさんあったじゃないですか? なんでこれを受けると?」
「ああ、あのたくさんの討伐依頼は見せ球ですよ。ドラゴンやグリフォンを気軽に狩ってきてくれる方なんているはず無いじゃないですか。そもそも討伐対象を探して討伐してくるように書いてあったでしょう? 何処に居るかも分からない上級魔物を探し出す物好きなんているはず無いじゃないですか!」
笑いながらそう言うマルカさん。なかなか謀略が好きな人らしい。俺はそれにまんまとはめられたというわけだ。
「まったく……しょうがないですね、受けますよ。受ければいいんでしょう?」
「さすがクロノさん! 話が分かりますねえ!」
喜んでいるがこちらの気持ちも考えないのだろうか? 都合よくギルドの受けさせたい依頼を格安で受けさせたわけだ。それを本人の前で自慢気に話す気持ちは理解出来ない。
全てはマルカさんの手のひらの上か……この人平気でブラフをかけてくるんだな。普通のギルドにそんな受付は居ないと思っていた俺が甘かった。
「では受注処理を進めておきますので、クロノさんの方はザックザク狩ってきてくださいね? ちなみにグラスリザードは町の周辺の薬草を食べているそうなので食害防止も兼ねて出来るだけ駆除してくださいね」
「はいはい、行ってきますよ」
俺は諦め気味にそう言ってギルドを出た。マルカさんは依頼票の受注処理を進めていたので後は俺が狩ってくるだけという訳か。
町の門に行くと『ご苦労さん』と言われて門が開いた。
「あんたも大変だな……」
そう小声で言っていた門番さんはきっとマルカさんが腹黒なのを知っていたのだろう。
その声を背中に受けながら町を出て探索魔法を使う。あっという間に大量の反応が薬草の群生地に出てきた。
『クイック』
加速して目的地まで一瞬で到着する、そして様子を見てギルドが俺に依頼を出したがっていた意味がよく分かった。
薬草の多くがグラスリザードにムシャムシャとかじられて枯れていた。この調子で食べられたら割と早めに薬草が採れなくなるかもしれない。そういう意味では受けてくれる人が必要だったという訳か。
ナイフを取りだして群れの中を駆けながらトカゲ共の喉を切り裂いていった。一々数は数えない、それは最後にギルドの皆さんがやればいい仕事だ。
辺り一面のトカゲ狩りを終えてストレージに片っ端から収納していった。直後にギルドに卸すので死体の後処理や時間停止は不要だ。
そうしてあたりのグラスリザードが消えたのを確認して探索魔法を使った。反応は……無いな。
俺は頼まれた依頼を完了したことを確認して町に帰った。入るときに『相変わらずだな……』と門番さんに呆れ顔で門を開けて貰った。そして全てつつがなく終えたことを伝えにギルドに向かった。
ギルドに入るとマルカさんがこちらに歩み寄ってきて手を引いてきた。
「早いですね、査定場へどうぞ」
「はいはい、引っ張らないでくださいよ」
そんなやりとりをしつつ査定場に入りグラスリザードの死体の山を取りだした。
「はー……相変わらず凄い数ですね。クロノさんにはこの町に永住して欲しいくらいですよ」
「知ってるでしょう? そういうのは嫌いなんですよ」
流れ者に定住の地は不要だ。気ままに旅をして力尽きたらそこまでくらいに考えている。
「ひいふうみぃ……」
そんなことを考えている間にもマルカさんはトカゲの尻尾を掴んでは数を数えていた。そうしてしばし待っていると討伐数が判明した。
「全部でちょうど二百匹、金貨百枚ですね」
「なかなかたくさん狩ってきましたね。我ながらいい感じに暇だったようです」
「おかげで助かりましたよ。金貨を用意するのでエールでも飲みながら待っていてください」
そうして食堂でエールを飲んでいるとギルドに軽い傷をいくつも負った少年が入ってきた。その手には薬草カゴが持たれている。間違いなくエリンだった。
俺はサービスでポーションを一本エリンに渡して飲ませた。傷は直に治るだろう、よほど疲れていたのか眠ってしまった。
「クロノさん、お待たせしました! 金貨百枚です」
マルカさんの持ってきた袋を確認して、中に金貨がしっかり入っているのを見てから収納魔法でしまった。
「ではクロノさん、またお世話になりますよ!」
「次からはだまし討ちみたいな方法はやめてくださいね?」
それだけ言ってギルドを出て、少し豪華な夕食を食べてその日は寝た。
その日、グラスリザードの群れが風が吹いたら大量に死んでいたとはエリンの話した噂話であり、それが話題に上がるのはもう少し先のおはなし。




