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「激辛料理を食べた」

 どの町にも名物の一つや二つはあるものだ。ましてやそれが大きめの町ともなると複数の名物があってもおかしくない。しかし俺は目の前にある食べ物にドラゴン以上の苦戦を強いられていた。


 俺が入った食堂の壁に大きく一品のメニューが貼り付けられていた。


『激辛煮込み! 食べきったら無料! (食べきれなかった場合金貨一枚頂きます)』


 そう書かれたメニューを前に注文しないという選択肢は存在しなかった。俺は迷わずその激辛煮込みを注文し現在目の前に置かれているお椀一杯の真っ赤な煮込み料理を前に少しだけ後悔した。


 赤い、とにかく全体が赤い! しかもよく見ようと顔を近づけると目と鼻に刺激が走る! え? これ本当に食べきった人いるの?


 もはや混乱しかないが、とにかくこれを食べきらなくてはならない。時間制限がないのがせめてもの救いだろうか。


 なお、これを運んできたウェイトレスはこれを置いて即座に離れていった。いや、作ってる方もキツいんじゃないか?


 芋、芋ならそんなに辛いって事は無いだろう……この丸い芋はたぶん大丈夫……なはず。


 口の中に一息に小さい芋を放り込んだら口の中に火柱が立った。熱い! 辛い! 人間の食べ物かこれ?


 熱いというのは辛さがあまりにも強いのでそう感じている錯覚なのかもしれない、しかしそんな些細なことはこれを完食するという苦行の前にはどっちでもいいことだった。


「お客さん、諦めてもいいんですよ?」


 厨房から助け船が出されるが、食べ物を粗末にするのはよくない、たとえお椀一杯程度でも残すのはよくないことだ。次は……このピーマンを食べるか。


 緑色の野菜なら苦いかもしれないが辛くはないはずだ。トントンとお椀の縁で煮汁を落として口に入れた。


「フゴォ!? 水! 水!」


 唐辛子じゃねえか! 緑色の唐辛子だよ! 誰がこんな材料を入れたんだ? 明らかにトラップじゃねえか。


 ぜぇ……食べたぞ。唐辛子については咀嚼するのは脳が危険と判断したので口に入れて水を使って丸飲みした。辛すぎるにもほどがあるだろう、これを作ったやつは明らかに食べきれないのを前提にしている。


 なんとか唐辛子を食べきったので、後は肉と芋とニンジンくらいだ。俺は痛む腹を押さえつけながらニンジンを食べていく。


 幸いなことにニンジンは固いのでそれほど味が染みこんでおらず、よく煮汁を切って食べれば普通に辛い食べ物程度にはなった。それでもまだ辛いのだが食べられないほどではない。ニンジンはこのメニューで一時の安らぎ的な品だった。辛いのに違いはないのだが、食べられるだけで休憩と思えてしまうのは他が全体的にアレなせいだろう。


 ニンジンを食べ終わったらこの料理の二大ボスである芋と肉だ。どちらもよく味が染みこんで真っ赤になっている。ここでやめたらもったいないという気持ちと、大体は食べたんだからいいじゃないかという気持ちが心の中でぶつかり合う。


 俺は気力でそれを抑えつけて芋をスプーンで掬い口に入れる。中までしっかり味が染みこんでおり、一切の甘えを許さない灼熱の辛さが口にほとばしる。こうなったら意地でも食べてやる。


 俺は決心して芋を噛みつぶす。辛い出汁がしみ出してくるがこれを気力で我慢する。その辺りでふと気がついた。


「おいおい、あの旅人マジで食べきるんじゃねーか?」


「無理だって、あの料理は不沈艦隊って言うくらい諦められてるんだぞ、でもまあ頑張れよ」


「芋の二個目にいくみたいだぜ」


「昔あれを食べきれなかった身としてあの旅人を応援するぞ」


「俺もだ、あれを食べきってくれれば初めての快挙だ」


 周囲で声援が送られてきていた。つーか地元民ですら食べきれないようなものを目立つところにメニューを貼るなよ……


 熱い勝負は終盤戦にかかっていた。残りは数切れの肉のみ、しかしこの肉がばかばかしいほどに辛い。周囲が一切れ食べるごとに歓声が上がるほどには皆辛いことを知っているのだろう。


 一切れを口に入れて水を飲む。それを繰り返してなんとか残り一切れまで食べた。そこまで来ると観客どころか店員まで俺の方を見ている、お前らは食べるだけで注目を浴びるようなものを作るな。


 最後の一つを口に入れて噛み、飲み込む。俺はこの料理に勝利した、少なくともこの前のドラゴン退治よりよほどキツかったことは確かだ。


 店員は俺の方によってきて一枚の紙を差し出した。


「完食者リストに載せます」


 といって俺に名前を書かせた。ちなみにそのリストにはまだ一枚の紙におさまるほどにしか名前が書かれていなかった。観客は観客で『久しぶりに最後まで食べたな』などと言っている。俺はこういう料理を出すなら注意書きくらい書いておけと強く思った。


 ただの食事でここまでエンタメになったのは凄いことだと思いながらも、この町から出るまでこれはもう食べなくていいなと確信し、他の町での土産話程度にはなるだろうと思ったのだった。

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