「チルの鍛錬」
「クロノさん! 依頼を受けましょう!」
朝早くから宿の食堂に入ってきたのは言わずもがなチルだ。いい加減勘弁してほしいので俺は言う。
「断る、いい加減なんとかしたいことがあったので丁度いい。お前の修行をするぞ」
「ふぁ!? ええ……なんで私が強くならなきゃいけないんですか……クロノさんが強いんですから問題無いでしょう?」
「お前が強くならないといつまで経っても俺に頼るつもりだろうが!」
しかしチルは意地でも自分が努力はしたくないようで意地を張ってくる。
「いいじゃないですか! クロノさんに頼っていれば安心安全! 私の評価は爆上がりでクロノさんもちょっと多めの報酬が受け取れる! これほどお互いのためになっているものもないでしょう?」
しつこいやつだな。そもそもお前は無茶な依頼だって平然と持ち込んでくるじゃないか、それが嫌なんだよ。大体みんな薄々どころか俺が依頼を受けていることは今さら言っても誰も驚かない秘密だぞ。
「はいはい、グダグダ努力しない言い訳をしないで頑張ろうな」
「えー……私は強くならなくても余裕で勝てる相手としか戦わないので問題無いですよ」
「ああ言えばこう言う! お前が強くならないといつまで経っても俺が出ていけないだろうが!」
まったく、俺にベッタリ依存するのはやめて欲しいものだ。俺がいればなんとかなるなんて甘ったれたことを考えてほしくない。大体俺だって旅人なのだからいつまでもチルのお守りをできるはずもない、俺の体は一つしかなく、それはフワフワと漂うような生活をしているのだからチルにつきっきりにはなれない。
「じゃあクロノさんが簡単なトレーニング法を教えてくれるんですか? それなら私でもなんとか……」
「そうだな、比較的安全な方法で鍛えてやる。その代わり多少の苦労は覚悟しろよ?」
俺はチルが簡単に強くなることは不可能と判断して勇者たちを助けてやった方法を解禁することにした。いい加減コイツに任されても困るんだよ、自分でなんとかしてほしい。
「それじゃ依頼を見せろ、特訓に合うものを見繕ってやる」
「は……はい! 一応聞いておきますけど、私に危険は無いんですよね?」
「ああ生きて帰ってこれることは保証してやるから安心しろ」
生きて帰ってこられるとは言ったが死なないと入っていない、レトリックのマジックだ。
「じゃあ一角ウサギの討伐があるな、コイツを受けてチルが自分でこなせるようにしよう」
「はい! 是非私を強くしてください!」
まあ精々がんばっていただきたい。俺が命の保証はしてやるからな。
「じゃあクロノさん! 私はこれを受注してきますのでお願いします!」
「ああ、朝食を食べ終わる頃に来てくれると助かる」
まだ朝食中なんだよなあ……今依頼を持ち出されてもなあ……さっさと食べるか。
オーク肉のサンドを口に詰め込んで咀嚼する。肉の味は心地よいな。それにしても、チルは俺の事を信じてくれるのだろうか? 勇者たちはまったく気にしていなかったからな。あの時の二の舞はゴメンだ。チルが無視するようなら早々に諦めることにしよう。
食べ終わってギルドに向かう道を歩いているとチルがやってきた笑顔のようだし受注処理は終わったようだ。
「クロノさん! 依頼を受けましたよ! ロスクヴァさんももう一々無理ではないですかなんて聞かれませんでした! 私の成長が見て取れるようですね、なかなか見込みがありますよ」
明らかに俺込みの信頼なんだよなぁ……俺が最悪の事態を起こすようなことはないと信じているのだろう。信頼されるのは結構だが無茶振りをするのはやめて欲しいものだ。
「じゃあ一角ウサギの討伐に行くぞ、チル、武器の準備は大丈夫か?」
「はい! クロノさんみたいにナイフ一本でいけるのではないかと思って用意しました!」
俺がナイフ一本なのは身につけておくのに楽だからなのだが、この町に定住しているチルにはあまり意味の無いことなのだ、まあナイフだけで勝てるならそれなりに強くなっているということだし大丈夫だろう。大は小を兼ねるならぬ、小さな獲物で済むなら大剣など必要無いのだ。
「じゃあ行くぞ」
「はいっ!」
いい返事が返ってきたのでさっさと門に向かった。門番も大体事情は察しているのか素通りさせてくれた。
平原に出て探索魔法を使う。一角ウサギの反応はたくさんあるが、他の魔物の反応があるところは避けないとな。
「こっちだ」
一角ウサギだけがいる草原に向かって俺は歩き出した。それに釣られてチルも歩き出す。目的地は一角ウサギ数匹の場所だ。
俺たちは草原に立って周囲にいる一角ウサギを見つける。
「まず手本を見せるから見ていろ」
シュッ
俺の心臓めがけて角を刺そうとしてきたウサギに身体を反らしてかわし、サクリとナイフを突き立てた。これで一体だ。
『スロウ』
こっそり時間を緩やかにすることを忘れない。慣れれば一角ウサギ相手に必要な魔法ではないが、チルの場合には必要だろう。
「じゃあ真似して見ろ」
「は……はい!」
そしてその僅かあと、一角ウサギに心臓を貫かれて絶命したチルの死体が残っていた。
「やっぱ初手はこうなるわな……」
『リバース』
時間遡行を使って蘇生する。幸いこの付近に人間の反応は無いので蘇生したところで見られる心配は無い。チル自身は死んだことをすっかり記憶から消されるので問題無い。
「クロノさん! じゃあやってみますね!」
初回なんてこんなものだろう。チルはまったく覚えていないがこれを繰り返して成功体験を積めばそれなりに強くなるだろう。
かなり時間を緩やかに流しているというのにチルはその後も何回か死んでしまった。そのたびに蘇生をしたが、記憶が残っていなくて良かったと思う。記憶が残っていると蘇生されると分かっていても恐怖は覚えるものだ。それがないというのは有利なことだ。
「よっ……と」
チルはようやく一角ウサギの攻撃をかわすのに成功し、そこにナイフを刺した。ようやく俺の補助付で一匹討伐か。
「やりましたよ! 私って才能あるんじゃないですかね? いい線行っているでしょう?」
本人からすれば初めてで一角ウサギの討伐に成功したという体験になっている。俺が手間をかけたことは無かったことになっているので、その一匹を狩る前の無数の死体はなかったことになっている。
「よし、いい感じだ」
俺はチルを褒めて一角ウサギに使用していたスロウを解除した。
「再挑戦して見ろ。今の感覚を忘れるなよ」
そうして勢いがよくなった一角ウサギ相手に再び何度も死んでからまぐれで成功し、ようやくチルが少しだけの自信を得た。
その二匹をギルドに持って行ったのだが、ロスクヴァさんは何かあると勘がいいところを見せたが一応チルの申告と俺の言葉を信じて依頼は達成となった。
なお、チルは自信を持ったようだが、俺はチルに頑張ってほしいと思いながら、しばらくは俺の補助が必要だなと思った。




