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「大ネズミの討伐」

 その日、ギルドに顔を出すとわりと平和だったはずのこのギルドで何やら揉めていた。


 野次馬も大勢いるので俺もそれに混じって騒ぎを見物してみる。何やら受付で依頼を受ける受けないので揉めている様子だった。


「だーかーら! 私ならこのくらいの依頼余裕ですって! 受けさせてくださいよ!」


「無理です! あとでドールさんに文句を言われる私の身にもなってください!」


 悲痛な叫びを上げている受付のロスクヴァさんを放置して俺は逃げることにした。受けさせろと言っているやつの顔は見えなかったがそういうことを言うやつは決まっている。


「あ! クロノさん! クロノさんからもこの受付さんに言ってあげてください!」


 げ……見つかった! そこで俺の名前を聞いたロスクヴァさんが俺に声をかけた。


「クロノさん! お願いします! 助けてください!」


 はぁ……この騒ぎに首を突っ込むしかないのか……面倒くさいなぁ……


「どうしたんですか、二人して大揉めしている様子ですが」


 そう尋ねると二人してわーわーと騒ぎ出した。どうやらチルが依頼を受けさせろと騒いでいたことだけは分かった。相変わらずだな、チルが断られるのは無理もないと思うのだが……


 ロスクヴァさんが悲痛な顔をして答えた。


「チルさんが大ネズミの討伐を受けさせろと譲らないんですよ! 無理に決まってるでしょう!」


「失礼ですよ! 私だって見事に討伐依頼をこなしたでしょう」


 周囲から『スライムじゃねえか』という声が聞こえる。ごもっともな話であり、そもそもスライムを倒したのも俺の助けあってのことだ。たぶん単独で討伐依頼を受けたら死んでいるだろう。しかしチルの事を俺が知ったことかという感情も隠せない。


「なあチル、もう少し強くなってからでもいいんじゃないか?」


 俺がそれとなく『やめておけ』というのだがチルはまったく気にした様子は無い。アイツの頭に思考するという考え方はないのかもしれない。


「クロノさん! 私なら大丈夫ですよね! この失礼な受付さんに言ってあげてください」


「うん、ロスクヴァさんの方が正論だから諦めような」


 身も蓋もないことをいうがチルには無謀な依頼だ、死に急ぐのを手助けするつもりはない。大ネズミが魔物の中では下等種とはいえ、チルで勝てるほどの相手ではない。寝込みを襲っても無理で有るだろう事が容易に想像出来る。無茶なことをするべきではないのだ。


「クロノさんまでひどいですよ! 私が討伐依頼を受けるのにそんなに反対なんですか?」


「そりゃそうだろう、死ぬのが目に見えているような依頼を受けさせるような趣味はないよ」


 当然のことである。俺がお守りを延々とするわけにもいかないのでおとなしく家の跡継ぎでもやってほしい。俺には面倒を見ることは無理だ。


「じゃあクロノさん! 私の護衛を依頼します! それなら文句ないですよね?」


 俺ではなくロスクヴァさんに確認するチル、どうやら俺の意志は関係無いようだ。選択肢を与えられないので自分で頑張ってくれとチルに願うのだが、気にすることなくロスクヴァさんは頷いた。


「はい! クロノさんが護衛をしてくださるならこの依頼を受けるのに問題は無いですね」


 ええ……正気ですか? と言うか俺の意思確認を一切されていないのですが、いいんですかね?


「クロノさん! もちろん受けてくれますよね? 報酬はきちんとお支払いしますよ!」


「報酬って……いくらだ?」


 ドスンとお金の入った小袋を置く。どう考えても報酬より高いだろうという突っ込みはもはやしない。結局それは満足度の問題なのだ、チルが大きな依頼をこなしたという成績の方が支払うお金よりよほど重要なのだろう、たとえそれが赤字であっても結果を出せれば満足のようだ。


 金持ちの道楽だなあ……と思ったが、金に負けた俺は袋をもらって中身を確認してチルに言った。


「分かった、この依頼、成功させてやる」


 言ってしまった……もはや手遅れではある。金に弱い俺の意志が憎い。


「ではロスクヴァさん、これでこの依頼を受けても問題ありませんね?」


「は、はい、問題ありません。それでは受注を進めますね」


 俺の助力があるというだけで依頼の受注が成功してしまった。責任重大だがどうしようもないだろうと言いたい。ロスクヴァさんも大概いい性格をしているなと思った。


 受注処理が終わり、ロスクヴァさんは俺たちの方を向いて笑顔で言った。


「はい、これで受注完了です!」


「ありがとうございます!」


 二人の茶番を見ながら、貧乏くじを引かされる自分のことも少しは考えてほしいと思った。依頼票にギルド印が押され、『チルが』依頼を無事受注することとなった。


 町の外に出てから今回の依頼の詳細を尋ねる。俺に対する情報開示ゼロで平気で押しつけてくるのだからたまらない。あの人たちに人の心は無いのだろうか?


「では大ネズミの駆除ですが、待ちの周囲に出る大ネズミを一匹以上狩るだけですね。病気を持っている可能性もあるので防疫には気をつけろとのことです。まあクロノさんにはチョロい依頼ですね」


「だったら俺が全部やってもいいんだぞ?」


 正直お前がいたら足手まといだと暗に言うのだが気にした様子も無く目撃地点に向かっている。俺は索敵魔法を使って目的の魔物の位置を探す。有り難いことに町からそれほど離れていない位置に集団で待機していた。俺はそちらの方へ向けて時間停止を範囲指定にして使う。この程度を叩き潰すにはこのくらいのことで十分だ。


「じゃあいくぞ」


「え? ああ、クロノさんは魔物の居場所が分かるんですね」


 俺は頷いてそちらの方へ向けて歩いて行った。敵は何もない。時間停止の範囲に入ったものは全て止まっているので安全性は完璧だ。


 そして目的の場所にたどり着くと大ネズミが野良ウサギの死骸を貪っていた。時間停止をしているので、全て動きは止まっているのだが、チルには少々刺激的すぎる絵面だったらしく、吐きそうになるのを必死に我慢しているチルに『俺が倒そうか?』と訊いたが『私がやります』と言って聞かないので仕方なく吐きそうになっているチルを案内してそっとナイフを突き刺すように誘導した。


 幸い『ストップ』の効果で匂いも遮断されており、血なまぐさいことはなかったのだけがせめてもの救いだろう。無事五匹の大ネズミを駆除してそれを袋に入れ俺に預けてきた。さすがに自分で持つには辛いものらしい。


 町に帰るまでの間にチルにくだらない世間話をした。


「なあチル、討伐依頼なんてこんなものだぞ。どんな夢を見ているのかは知らないけれど、討伐というのはこういう事なんだよ。現実が見えたろ?」


「分かっていますよ。それでも私は冒険者として名を上げたいのです」


「なんでそこまで冒険者なんかにこだわるんだよ? いいことなんかないだろ?」


「それでも、私の母は冒険者に助けられたといっていました。今はもういないですが私の母様を助けた方がいたように、私も誰かを助けたいんですよ」


 面倒なやつだな……


「そういうのは好き好んでやっているやつだよ。俺には誰も彼もを助けるなんてとても無理だし、その辺妥協するしかないんだよ」


 その言葉に対するチルの反応は無かった。もうしばらくは面倒を見てやるか……


 ギルドに帰るとロスクヴァさんは俺たちを出迎えてくれた。失敗すると思っていなかったのは俺がついていたからだろうか? 信頼が重いところではある。


「こちらがチルさんの討伐した大ネズミですね。はい、確認しました。チルさん、どうぞ」


 そう言って差し出された金貨を受け取って大ネズミの死骸の入った袋を引き渡した。チルは気持ち悪そうにしていたが、一応ノルマは達成ということで報酬はしっかりもらっていた。


「チル、まだ若いんだから将来のことはよく考えろよ」


 それだけ言って俺は依頼を無事成功させたチルを放っておいて宿に帰った。チルのあの目は、俺が初めて受けた討伐依頼を成功させた時に納品した骸へ向けた視線を思い出させるものだった。


 旅をしているとすっかりと心がすり減るが、俺のようになるのはオススメ出来ることではないと再確認出来た日だった。

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