「商人から珍しい酒を買った」
俺は朝食と少しの交渉を終え、村にくりだした。何か面白いものは売っていないだろうか? 魔導具なんかがあればいいなあ……そんな期待を持ったまま村を散策していた。
少し数は減ったものの、商人は相変わらず商売をしていたし、中には買い取った牛肉を干し肉に加工しているような連中もいた。そんな中、一つの出店を見つけた。
『キース酒店』
ふむ……酒か。美味い酒があるのだろうか? この村に持ってくる時点で期待はできないと思いつつも、足が自然にそちらの方に向いた。
キース酒店では村人がどんどんと購入していっており、この村に酒屋が無いからだろう、非常に繁盛していた。
何があるのか覗いてみるとメインは米を材料とした酒のようだ。様々な種類のものが売られている。
「おや? 見ない顔だな。この村の人じゃないな」
そう声をかけられた。どうやらこの露店の主人は村人たちの顔を覚えているらしい、これだけ買いに来る人がいるのだから、普段来ない人が来れば気がつくだろう。
「ああ、旅人のクロノだ。よろしく」
「よろしくな、ところでどんな酒を探しているんだい? ここに来る人は買う銘柄が決まっていてな、いつもは捌けないような酒を買っていってくれると助かる。
正直な奴だ、嫌いではない。
「村の人は大体買い終わったのか?」
「ああ、常連の皆さんは買い終わったところだよ、あとは新人が何人か買いに来るのを期待しているんだがな……」
「何か問題でも?」
売れる物は売ったのだから問題無いだろう。
「この村には新しく酒を飲もうって連中がいなくてな……」
ああ、それもそうだな。この過疎っている村で酒を新しく飲み出す人を探すのも大変だろう。買う人は決まりきっているということか。
「じゃあ残りの並んでいるやつは買っても問題無いやつか?」
「ああ、この古酒とかどうだい? この村じゃ買える人が居ない品だぜ? あんたが金を持ってるのは知ってるよ」
はぁ……懐事情を知られているというのは失敗だ。いくら何でも堂々とドラゴンの鱗を売ったのだから商人の中では有名だろう。
「味見してみるかい? なかなか評判がいいんだぜ」
そう言ってキースは裏から持ってきた同じ形の瓶の栓を開け、小さなグラスに注いだ。
「まあ飲んでみてくれよ、気に入ったら買ってくれ」
そしてグラスを差し出されたので俺はそれをクイッと飲んでみた。口の中が刺激で満たされ、その中に甘みが僅かに顔を出してきた。後味はスッキリとしている。確かに悪くない酒のようだな。
「悪くないな、いくらだ?」
「お! 味が分かるんだな! 金貨三枚だ」
俺は目立たないように懐から財布を取り出して金貨を渡す。三枚あるのを確認してキースは俺に古酒を渡した。ありがたく受け取って……これを持ち歩くのは不自然だな……やはり収納魔法に頼るか……
俺が収納魔法でストレージにしまうとキースは珍しいものを見る視線を向けてきた。わきまえているのか、それについて質問攻めされるようなことはなかったのが救いだろうか。
「ところでクロノさん、旅人なんだろ? 何か珍しい酒を持っていないかい? ウチは買い取りもやってるんだよ」
「そうだな……何かあったかな」
酒なら大量に持っているのだが、売れる物となると範囲が狭まる。火が付くような酒から、飲みやすくて飲み続けていたら酔い潰れるような酒もある。どちらもあまり高値で売れそうにはない。
ならば……
「以前寄った村で買った葡萄酒なんだが売れるか?」
俺は以前買った『貴婦人の葡萄酒』という種類の酒を取りだした。この酒、勇者たちと飲んでいた時に買ったものだが、勇者たちが潰れて飲めないという状態になった時に、追加注文していたが、注文した本人が意識を失っていたので俺が買い取った品だ。
「ほう! 言ってみるもんだな! コイツはレア物じゃないか!」
そこそこの金額を払う羽目になったからな、それなりの値段をつけて貰わないと困る。
「いくらくらいの値が付きそうだ?」
あの反応からするにそれなりに高く売れるだろう。
「そうだな……金貨五十枚でどうだ? あんたもコイツを飲む気は無いんだろう? だったらここで売っちまった方がいいと思うがね」
「悪くない、いいだろう、その額で売るよ」
「毎度あり! 金貨がひいふうみい……五十枚だ」
俺は金貨を確認してストレージに放り込んだ。キースは大事そうに葡萄酒をくるんでしまい込んでいた。そんなにレア物だっただろうか?
「ところでもう一ついいか?」
俺はキースに尋ねる。重要なものをまだ購入していない。
「なんだい? まだ売るものを持ってそうだが売ってくれるのか?」
「いや、普段飲み出来る酒が欲しいんだ。さっき買った酒は確かに美味いが普段からグビグビ飲むようなものじゃないだろう?」
キースは少し眉間に皺を寄せてから手を叩いた。
「それもそうだな、気軽に飲める酒が欲しいって事かい?」
俺は深く頷いた。
「そうだ、寝る前に毎日飲めるような酒が欲しい。ストレージに空きはあるので量を欲しいな」
「分かった、ウチで買える安酒を出すよ」
そう言ってキースは持ち歩いているバックパックの中を漁りだした。大きなバックだったのでなかなかの量が入っている。それを漁ってから十本ほどの瓶を露店のカウンターに置いた。
「コイツはどうだい? クリスタル酒って言うんだがな、若者に人気なんだよ。栓を開けて好みの濃さに薄めて飲むんだが、とにかく安いんだ。十本で銀貨五枚だぞ」
「それは確かに安いな」
ただ、そこでキースは渋い顔をした。
「酔うことは出来るんだがな、本当にそれだけで味も酒の味しかしないんだ。フルーツや樽の香りなんてものはまったくしないし甘みなんて欠片もない。タダ酔っぱらうだけの酒なんだが、本当にこれで構わないかい?」
ふむ……味の方は期待薄か。まあ寝る前によく眠れるように飲むだけのものだからそんなことを気にする理由は無いな。
「分かった、それでいい」
俺が財布から銀貨を取り出して支払う。差し出された酒の入った箱に時間停止を使用してストレージにしまった。当分は酒に困りそうにないな。
「いやあ、コイツが売れるとは思わなかったよ! 酒を飲み始めたやつがコイツで酔っぱらって醜態をさらすのが風物詩なんだが、クロノさんは加減して飲んでくれよ?」
「ああ、俺は酒に溺れるようなことはないから安心してくれ」
「ああ、信用するよ。しかし収納魔法ってのは便利だな。商人が欲しがるスキルのトップだけのことはあるよ」
そんなに凄くはないと思うのだが、まあ商人の数と収納魔法持ちの数では前者の方が多いのは明らかなので需要と供給のバランスってやつなのだろう。
「じゃあな」
「ああ、お買い上げありがとうな」
そして日も傾いてきたので宿に帰って夕食を食べた。その後、寝る前に購入した酒の一本のコルクを開けたのだが、なかなかにキツい酒の香りがした。それ以外の香りがしないあたり売れ残っていた理由がなんとなく分かる。
その日は寝る前に魔法で水を出しそれで酒を割って飲んだ。その後あっという間に眠ることができたのだが、翌日頭がチクチクと軽く痛んだ。値段なりという言葉の意味がよく分かったのだった。




