「町からの旅立ち」
俺はこの町での最後の朝食を食べていた。いつも通り美味しいのでもう少し旅立ちを伸ばそうかと思案してしまう。しかし俺は旅人をしている以上いつまでも同じ場所にいるわけにもいかないな。定住するのに向いている人かなんて事は俺が一番よく分かっている。
食事を終え、あとはギルドに話を通すだけだ。フラウさんも楽そうにしているし問題は無いだろう。厄介な依頼が出ていなければであるが……この前のアレが解決したので危険な依頼が出ている可能性は低い、ならばさっさと、さようならした方が良いだろう。
そう思ってギルドへ向かった。
キィ
ギルドのドアをそっと開くと中ではフラウさんが退屈そうにしていた。この様子なら依頼で面倒なものが入っていると言うことはないだろう。
そんなことを考えているとフラウさんが俺を見つけて手招きした。俺もカウンターに近寄って話を切り出そうとした。
「フラウさん……実は……」
「この町を出るんですよね、もったいないとは思いますがお元気で」
「え……分かるんですか?」
俺の言葉にフラウさんは呆れ顔で答えた。
「分かりますよ、大物が消えて稼げる依頼が減って、それで定住する気も無いとなればそんな深刻そうな顔をするのは出ていく時くらいしかないじゃないですか」
俺はフラウさんの言葉に返すものが無かった。そうだな、出て行く人間を多く見てきたフラウさんならそのくらいのことは分かるものだな。
「そうですね、そろそろこの町から出ていこうかと思いまして、挨拶に来ました」
「クロノさんも物好きですねえ……クエストボードを見てくださいよ、黙って出て行っても問題無いですよ?」
言われて俺はクエストボードに目をやる。薬草採集や一角ウサギの討伐など危険性のない依頼しか出されていなかった。指名依頼もおそらくゼロなのだろう。
「それでも一応筋は通しておくべきだと思いましてね」
「ふふふ、クロノさんのそういう物好きなところは好きですよ? 報酬追加しても残る気は無いんですよね? 分かってますが一応聞いておかなければ文句が出るかもしれないので聞いておきましょう」
「分かっているでしょう? 残る気はありませんよ。魔族の気配も無いですし、俺が残る理由がまるで無いですからね」
フラウさんはため息を一つついた。
「分かりました、指名依頼が来ないようにしておきますよ……まあ、今さら指名依頼が来るかどうかは分かりませんがね」
平和になった町に俺は不要だろう。だから出て行くわけだし、指名依頼などわざわざ出すようなこともないのは探索魔法で確認済みだ。この町の周囲に危険は無い、それだけ確認しておけば問題無いだろう。
「すみませんね、指名依頼は来ないと思いますが、一応お願いしますね」
そうして俺の名前は指名依頼を出されないようにギルドの帳簿から消された。これでもう安全だろう。
「ではこれでクロノさんが心配することはなくなりましたね。もう出ていくんですか?」
「ええ、長居すると情が湧いてしまうのでね。思い立ったら旅立つように決めているんですよ」
俺はさっさと出て行くに限る。長居は不要だ。用が済んだらさようならくらいの心持ちでいた方が長生き出来る。勇者たちは歓待を受けているかぎり長居しようとしていたが、その反動もあるのかもしれないな。連中も反面教師としては優秀なのかもしれない。
「それでは、いずれ機会があれば」
「はい! 今はさようならです!」
どうやらこれで終了だな。この町でやることはおしまい、あとは出て行くだけで終了だ。
「あ……あの、クロノさん!」
「ん?」
「お元気で!」
俺は手を振って出て行った。これでこの町で済ませることは終了だ。俺は町の出口に向かい歩いて行くと門番も俺に敬礼をしてくれた。俺は礼を返すと町を出た。広がる草原に、次に向かう村の位置を地図で確認する。『カルテ村』の文字を見て、山の中にあるようなので登山になるなと思いを馳せる。
草原を歩いているとウサギや犬、野鳥などが鳴き声を上げている。平和だな……この平和を守ったと考えるとなかなかに感慨深い。
のんびり歩いて行こう。旅なんてものはそういうものだ。勇者パーティにいた頃は急ぎで馬車に揺られていたものだが、こうして徒歩で行くというのも悪くない。
歩いて行くと町から離れるにつれ狼やオオトカゲなどの少し物騒な魔物も出てきた。やはり町の治安維持機能は役目を果たしているようだな。
『ストップ』
魔物の動きを止めては先に進んでいく。残しておいても危険な魔物はいなかったので放置しておいて先に進むことにした。殺しておくことももちろん出来るが、一応魔物も生き物であるということもある。一番の理由は殺して素材にしておくのが面倒くさいというのが理由だがな。
歩いて行くと日が落ちてきたところで野営を張る事にした。一式のセットを収納魔法から取り出してテントを張って食材を取りだした。調理はさっさと終えて食事にする。時間停止で保管していたオーク肉を取りだし、魔石で起こした炎の上に網を置いて載せた。
ジュウジュウと肉の焼ける音がする。牛肉といきたいところだが調理が楽なオーク肉の方が旅をするには向いている。牛肉だと火加減など大変だが、オーク肉だと適当に火にかければ焼くことが出来る。楽でいい肉だ。味の方は……我慢だな。
火が通ったところで火から下ろしてパンに載せて口に運ぶ。肉汁があふれてそれなりに美味しい。固いのにまで文句をつけるのは贅沢というものだろう。きちんとした料理が食べたいのなら村や町の食堂を利用するべきだ。
というわけで食事を終えて探索魔法を仕掛けてから眠りに就いた。探索魔法に引っかかったら『ストップ』がかかるようにしている。このあたりに耐性を持った魔物がでないのは傾向から分かっている。
翌朝、気分よく目を覚ました。探索魔法に引っかかった魔物は数匹、平和だな。
「さて、登山をするとしますかね……」
俺は次の村がある山を見据えて登山の準備を整えていた。まあ登山と言っても大したことではない。山が低いのだ。しかし草が生い茂っていてうっとうしいので炎の魔石を使用して、時空魔法で空間を前方に広げてから魔石の炎でうざったい草を焼き切っていった。炎を広範囲に広げるのも便利な使い方があるものだ。
勇者たちならこんなところに来ようとはしなかっただろうな……未知の場所に向かうのはワクワクする。俺は足取りも軽く草が綺麗に焼けて未知になったところを歩いて山を登っていった。




