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「悪魔が出た」

 町で不穏な噂が立っていた。なんでも『悪魔が出てきた』『悪魔を召喚した奴がいる』『魔王軍が攻めてきた』だのといった胡乱な噂が流れ始めている。悪魔の召喚には大量の生贄と触媒が必要だったはずなので、そんな気軽にこの町に召喚が出来るようなものではない。


 この町は何かゴシップに飢えているのではないだろうか? まあそれ自体は自由だが、不用意に不安をまき散らすのは感心しないな。平和な町にそうそう悪魔が出てきてたまるかっていうんだ。


 俺は朝食時にそんな噂を聞きながらハイオーク肉の黒パンサンドをかじりながら噂半分に聞いていた。まあこんな噂を信じる方がどうかと思うので放っておけば霧散するだろう。俺がわざわざどうにかするようなことでもないな。


 食事を終えてギルドに向かうと、なんだか中がざわついていた。俺には関係ないことだと思ってクエストボードを眺める。


『悪魔の目撃例調査、報酬金貨五枚』


 ふむ……報酬はそこそこでなにより調査だけでいいというのが魅力だな。これが悪魔討伐だと難易度が跳ね上がるが、幸い発注者になっている町も本気で悪魔が出ているなどと思っていないのか調査だけになっている。割と美味しい依頼ではないだろうか?


 俺はあまり考えずそれを剥がしてフラウさんの元へ持って行った。


「フラウさん! この依頼の受注処理をお願いします!」


 俺が元気よくそう言うとフラウさんは依頼票に目を通してから言う。


「こういうのはもっと戦力にならない人にお任せしたいんですがねえ……クロノさんがこれを受けるのはもったいない戦力の使い方だと思うのですが……」


 俺はそれでもフラウさんにゴリ押した。


「ほら! 実際に悪魔が召喚されていたら大変じゃないですか? 町民の安心のためにがんばろうと思っているんですよ」


「ホントですか?」


 澄んだ目でこちらを見られたので思わず目をそらしてしまった。実際はクッソ楽な依頼だから受けようと思っているがはっきりそう言うわけにもいかない。


「もちろんじゃないですか! 俺はこれでも悪魔を倒したことがありますからね」


 実際勇者たちと一緒に戦ったことはある。大した相手ではなかったが、召喚するために大勢の人間が犠牲になったのであまり後味の良い戦いとは言えなかった。


「普段なら信じないところですが……クロノさんが言うなら本当なのでしょうね」


「何で俺にそんな信頼を寄せているんですか?」


 実際俺は大したことはしていないような気がするのだが。


「普通の人はドラゴンを軽く倒したりしませんからね」


 ああ、この前の一件か。確かにドラゴンを圧殺していたな。しかしあの程度なら倒せる人くらいいくらでも居そうなものだがな……


「まあ細かいことはいいじゃないですか、それでこの依頼はなにをすればいいんですか?」


「はい、説明ですね。依頼としては町に悪魔が潜んでいないかどうかの調査です。見つけたら倒してくださいって話ですね」


「どこに悪魔が居るかは当たりがついているんですか?」


「いえ、ただ……最近家畜の盗難が相次いでいまして……それが悪魔召喚の儀式に使われているのではないかと噂になっているんですよ。それでその件の調査をお願いしたいということでして……」


 家畜の盗難から悪魔召喚は話が飛躍しすぎではないだろうか? まあその程度で済むのならチョロい話だ。


「分かりました。調査してみますね」


「よろしくお願いします!」


 俺はそれだけやりとりをしてギルドを出た。とりあえず聞き込みからだな。


 フラウさんから家畜を盗まれた家庭のリストを渡して貰ったので、それを元に聞き込みをする。足で探すのは好きではないが、金貨のためだ、がんばろう。


 まず一軒目にたどり着いた。盗まれたのは鶏が一羽。その程度だったらただの家畜泥棒のような気もするのだがな。


「実はある日気がついたら四羽いた鶏が三羽になっていまして……」


「ふむ……その前後に何か予兆のようなものはありましたか?」


 俺が尋ねるとその家のおばさんは首をかしげる。


「分からないのよねえ……盗むのなら全部盗める状況だったはずなのよねえ、なんで一羽だけだったのかしら?」


 鶏が一羽盗まれただけと言うことで申告はしたものの調査依頼は出さなかったそうだ、元が取れないからだろうな。


「参考になりました、ありがとうございます」


 そう言って一軒目をあとにした。残り数件も回ったのだが、ウサギや変わったものでは蛇など、雑多なものが攫われていた。犯人のやりたいことがさっぱり見えない。しかしまあいい、俺には最後の手段があるのだから。


 町の中心にいくと、俺は全力で町一杯に広がる索敵魔法を使用した。魔力を持つ者がいれば引っかかるはずだ。まあこんな町に悪魔を召喚する理由も無いしただの家畜泥棒だろう。


 そう思っていたのだが……


「引っかかった……」


 人間とは思えない魔力量を持った存在が見つかった。町のはずれのほうにいるようだ。悪魔なら余裕でこの町くらい滅ぼせるはずだが……一体何が狙いだ?


 俺は加速魔法を使って悪魔がいるであろう家にたどり着いた。目的地はボロい家だった。悪魔がこんなところに住んでいるのか?


 とにかく怪しいので俺は声をかけることもなく家の扉を開けた。中には……


「はい、あーん」


「美味しい! キュルスちゃんの作った料理は美味しいなあ」


 何やら悪魔と人がイチャついていた。悪魔の方はサキュバスのようだが……


「あのー……」


 ようやく俺に気づいたのか二人とも悲鳴を上げた。


「ヒッ!?」


「あなたは……ヒエッ!? 助けてくださいお願いですから!」


 俺がこの状況で言うことたった一言だった。


「なんですかこの状況? と言うかそちらのサキュバスは何をやってんの?」


「待ってください! 私はまだ何も悪いことをしていませんから! 討伐だけはやめてくださいお願いします!」


「本当です! キュルスちゃんは俺が呼び出したサキュバスだけどまだなにも悪いことはしてない! だからお願いだ! 見逃してくれ!」


「サキュバスを一々退治する気にもなりませんけど家畜泥棒は捕まえなきゃならないんですよねえ」


「待ってくれ! 俺はただ家畜を盗んだわけじゃない!」


「まあ、話くらいは聞こうか」


 即縛り上げて治安維持部隊に差し出すことも出来るが言い訳くらいは聞いてやろう。


「実はだな……俺が盗んだ家畜は全部病気を持っていたんだ」


「病気?」


「そうだ、動物のかかるマナ欠乏症にかかっていて瀕死だったんだ。放っておけば近づいた生き物からマナを奪い取ってしまう家畜の病気だ」


「ふむ……それでそんなものを盗んでどうする気だったんだ? サキュバス召喚の生贄にしたのか?」


 あまり感心しないことだ。サキュバスがそれほど害はないとは言え人間の生活圏に入ってくるべきではないだろう。


「ま、まあそれはそうなのだが……! 誰だって憧れるだろう! サキュバスだぞ!」


「生憎俺には分かりませんね」


 その辺のことは分からないが大体盗まれた家畜の行方は判明した。サキュバスなら町を滅ぼすほどの力はないので問題無いだろう。


「じゃあ俺はなにも見なかったということにしておきますよ。特別ですからね」


「ありがとう! 本当にありがとう!」


「はいはい、それじゃギルドに悪魔はいなかったと報告しておきますね」


「恩に着る」


 こうして俺はくだらない男の願望のための家畜泥棒を放っておくことにした。マナ欠乏症にかかっていたならどのみち長くはない家畜だ、それを責め立ててもしょうがないな。


 そうしてギルドに戻ってフラウさんに話した。


「悪魔はいないようでしたよ。ただの家畜泥棒ですね」


「そうですか、まあそうそう悪魔召喚なんてしませんよねえ……こちら報酬です」


 俺は報酬を受け取ってギルドを出た。サキュバスに害はないのだが、俺にはいまいちわざわざ召喚する理由が分からなかった。人恋しかったので悪魔でも良かったのだろうか? 人間というのは分からないな。

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