「旅する自動人形」
その日、ギルドで朝食を食べていたのだが非常に奇妙なものを目にした。その少女はちょこんと席に座っているのだが何も注文をしておらず、クエストボードの方に目をやりながら固まっていた。その奇妙な光景に、俺は何の気まぐれか声をかけてみた。
「ねえ君、何か頼んだら? 席に座るなら何か頼むのがマナーじゃないか?」
そう言うと少女は『依頼票を見ているのです』と答えた。その席からクエストボードまではかなりの距離がある。俺では到底読めない距離があるのだが、いや、普通の人ならとてもではないが読める距離ではない。それをこの少女は読んでいると主張しているのだ。それが言い訳なのか、本当に見えているのかは分からなかった。
そして俺はしばし観察していると少女はクエストボードに向かい依頼票を一枚剥ぎ取って受付に持って行っていた。受付の担当は俺と同じアタンドルさんが担当しているようだ。迷い無く依頼票を剥がしていたのであの距離で読んでいたのは本当なのだろう。視力の良さに驚いて、世の中にはいろいろな人がいるなと思った。
そして依頼を受けている姿を見ていた俺をアタンドルさんが手招きした。珍しく俺は少女に興味を持ったので受付に向かってみるとアタンドルさんが俺に頼み込んできた。
「クロノさん! こちらの方がキマイラの討伐をしたいとおっしゃっているのですが……その……実力的に不安なので……いえ、信頼していないわけではないのですが、クロノさんくらい強い方がついていてくれると安心だなあと……」
うーん……キマイラか……俺が倒すなら簡単だがこの少女に倒せるのか不安になるのはよく分かる。担当している者から死者が出ると評価に関わるからな。俺がいればなんとかなると判断してのことだろう。少女を助けることは簡単だが、俺への報酬はどうなるのだろう?
しかし俺は少女がそんな依頼を受けたことに対する驚きと、その自信満々な様子が気になったので色よい返事をすることにした。この少女がどのような根拠からこんな強い相手を倒せる自信を持っているのか気になったからだ。
「分かりました、この子の安全は保証しますよ」
「ありがとうございます!」
実際守るのはそう難しくない。最悪時間遡行で蘇生させることも出来る。何故俺が初対面の少女にそこまでする気になったのかはよく分からないが、しいていうなら彼女からはなんとなく俺と同類の隠しごとを持っているような気がしたからだ。
「君の名前は?」
「名前?」
「いや、名前くらいあるだろう?」
まさかこの少女、名前すら持たないのか? さすがにそれは無いだろう。しかし少女は少し考え込んでから答えた。
「ドール、私の名前」
「そうか、よろしくな、ドール」
「よろしく、あなたの名前はクロノ?」
先ほどのやりとりを聞いていたのだろう。俺は頷いて握手のために手を差し出した。
「よろしく」
「……ん、よろしく」
そう言って俺の手を握り返してきたのだが、少女の手はまるで死体のように冷たかった。しかしアンデッドであるとは思えないし、体温が低いにしたって限度があるだろう。手を離したあともまだひんやりとしていた。ドールちゃんはどうやら何か秘密があるようだ。
「じゃあ……行こう」
平然と歩き始めたドールについて行き俺もギルドを出た。なんだか不思議なところがあるドールだが、それについてストレートに聞くのは躊躇われた。この娘には秘密があるようだが教えてもらえるだろうか? 聞き出すようなことをするのもどうかと思うのだが気になるんだよなあ……
「なあ、キマイラと戦うそうだが勝算はあるのか?」
まさかたまたま居合わせた俺にベッタリ依存するという戦略を採るつもりでもないだろう。俺が居合わせたのはたまたまなので偶然に頼った戦略はあり得ないはずだ。
「余裕、キマイラなんかには負けない」
調子が狂うなあ……この自信はどこから来るのだろうか? 実は超常的な力でも持っているのだろうか? この自信の根拠を聞き損ねたまま町の出口を淡々と出てキマイラの出現する森に向かった。
「サポートは必要だろ? なにをすればいい?」
さすがに自信がある様子だといってもこの少女に全てを任せる気にはなれない。一応助けられるようにしておくのが役目だからな。
「必要無い、私が戦うからあなたは見ていて」
「そうは言ってもだな……」
「見ていればいい」
力強く断言するドール。俺は言葉もなく黙り込んだ。その断言の仕方からすれば負けるつもりは微塵も無いのだろう。しかし徒手空拳で戦うのかとしか思えない。武器の類いは一切見当たらない、スカートの中に隠しているのかもしれないがそれは聞きづらい。しかし勝てるといっているのだから俺が無理をすることはないだろう。死んだら目撃者もいないし時間遡行を使用すればいい。そうすればドールの記憶はすっかり消えるのだからな。
そう考えていると雄叫びが聞こえた。
「キイイイイイイイイイイイイイイ!!」
どうやらキマイラの縄張りに入ったようだ。索敵魔法を使用すると森の奥からこちらへ向けて移動してくる魔力の反応がある。
「来るぞ……」
「ん……」
ガサガサと音が立ったかと思うと即座に上半身が鳥で下半身が虎のキマイラが出てきた。
俺の方も見たのだが、すぐにドールの方に向かって飛びかかった。そしてくちばしをドールに突き立てたのだが……
パリン
キマイラのくちばしは勢いよくドールの身体にぶつかり砕け散った。俺はなにが起きたのか分からず困惑していると、ドールはキマイラの首根っこを掴みグシャッと握りつぶした。俺の出るまでもないというのは本当だったようだ。
「なあ……ドール、お前って何者なんだ?」
普通の人間ならくちばしが貫通しているだろう。身体強化魔法を使用すれば不可能ではないが、そこまで強化出来るなら攻撃魔法で打ち倒した方がよほど早い。
「秘密は守れる?」
ドールがそう問いかけてきたので俺はもちろん頷いた。するとドールは服をたくし上げ腹部を出した……ように見えた。
なにを見せているんだと思ったら、そこにあったのは人間の腹部の形に近い形をした金属だった。
「なんだよ……これ……」
「ヒヒイロカネ、私のマスターがこれで私を作った」
「作ったって……お前はまさか自動人形なのか?」
「そう、私はマスターに作られた。マスターが私に与えてくれた宝物」
そうか……なるほど、『少女』などではなかったということか。あの強さも戦闘慣れした動きも一応は納得出来た。あとは圧倒的な力で喉を潰されたキマイラの死体がそこにあるばかりだった。
「討伐はした、帰る。クロノは証人になって」
「俺が討伐したと証言しろっていいたいのか? まあそんなことをする必要は無いよ」
「なんで?」
「こうするから」
俺は収納魔法でキマイラの死体をまるごとストレージにしまった。それを見てドールは少しだけ驚いていた。
「こんなに入る収納魔法は初めて見た」
「そうか? ドールが何年生きてきたのか知らないがこのくらいは出来るやつはいるだろ」
そうして回収が終わったので俺達はギルドへ帰還した。討伐報酬は全てドールがもらった。決して俺が善人というわけではなく、俺はしっかりキマイラの死体を売却して金貨をもらっておいた。ドールは興味も無い様子だったのでいいだろう。
そして報酬をもらって俺たちはギルドを出るとドールは町の出口の方へ向かっていった。
「おい? 出て行くつもりか?」
「そう、もうこの町に用は無い」
「そうか、そう言うなら止めはしないがな、別れる前に一つ取り引きをしておきたい」
「なに?」
ドールが怪訝な顔をした。自動人形とは思えないほど表情を変えられるんだな。
「俺は何も言わないし黙っておく。だからお前も俺の事は忘れろ」
「別に構わない。分かった」
「よし、じゃあ達者でな」
「クロノもね」
そう言って俺たちは別れた。俺は翌日アタンドルさんにあのキマイラの倒し方からとんでもない力で握りつぶされているとしつこく聞かれたのだが、だんまりを決め込んで、ドールの旅がどうか長く続いて欲しいと思ったのだった。




