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「サーベルタイガーの牙は高値がつくらしい」

 その日の朝食は少し変わっていた。


『サーベルタイガーの新鮮肉入荷! 食べられるのは今だけ!』


 そのような看板が立ち並んでいた。この前倒した魔物の肉をどうやらしっかり回収していたらしい。しかしあの虎を食べるのか……なかなか勇気があるというかなんというか。


 俺は食べたいとは思わなかった。肉食の、なにを食べているのか分からないような魔物を食べようとは思えない。というかこの町の人たちは人間も捕食対象にしている生き物を食べることにためらいが無いようだ。勇気があるというかなんというか……


『大捕物の末綺麗な状態で〆られた新鮮な肉を使用しています!』


 そんな看板も出ていた。おそらく俺が倒した個体も回収されたのだろう。別に文句を言いたいわけではないが、なんとなくモヤッとした。


「しかし……普通の料理をアピールしている店はないのか?」


 無駄なことだと分かっていても期待してしまう。もう少しマシな店がないだろうか? しかも虎の肉を出している店で結構な数、『サーベルタイガーに注力しているためオーク肉の提供はありません』と貼り出されている。


 しょうがないので裏通りに行ったのだが、そちらではすっかりオーク肉一色となっていた。他の店が買わないので安くなったのだろうか? 普段はそんなものを出さない店までオーク肉を出すと看板に貼ってある。


 俺はその中の一店舗に入ってオーク肉のスパイス焼きを注文した。その料理は普段食べないようなものであり結構な美味しさだったし、なによりオークは人間を殺すことは合っても食べることはない。安心して気持ちよく食べることが出来る。


 美味しい朝食を食べることが出来たので俺は気分よくギルドに向かった。昨日の今日でトラブルが起きるとも思えないし、気持ちよく薬草でも集めればいいだろう、気楽なものだよ。


 ギルドに入って薬草採集の依頼票を剥がしていつも通りアタンドルさんのところへ持って行くと、俺にものすごい勢いで話しかけてきた。


「クロノさん! 先日のサーベルタイガーなんですけど、クロノさんが倒した個体は全部牙がなかったそうですね? もしかして素材を持っていたりしませんか?」


 グイグイくるので思わず気圧されてしまう。俺はコクリと頷くのがようやくだった。


「持っているんですね? 売ってください! 是非とも! 是非とも当ギルドに売却してください!」


「なんですか急に……確かに回収はしていますけど……そんなに焦る話でもないでしょう?」


「へへへ……実はですねえ……サーベルタイガーの牙って結構貴重品なんですよねえ、それも綺麗な状態だったらかなりの金額がつくんですよ! ですから、もしもクロノさんがお持ちでしたら是非ともわけて頂きたいなあと思いまして」


 ニコニコ顔で言うアタンドルさん、受付としてはパーフェクトな対応なのだろう。問題は俺にいくらまで支払えるのかだ。高いにこしたことはないのだが交渉が面倒ではある。こちらには相場を知らないというディスアドバンテージが存在している。この町が豊かであるとは言え、買い叩かれない保証はない。どこまでも根拠なく人を信じることは出来ないのだ。


「そうですねえ……これにそんなに高値がつくんですか?」


 そう言って俺はストレージから一本の牙を取り出す、途端にアタンドルさんの目の色が変わった。露骨な視線を向けて値踏みをしているようだ。この一本は売ってもいい、コイツで相場がどのくらいなのか当たりをつけることが目的だ。


「綺麗に回収出来ていますね……何かをかんだ跡のない綺麗な牙です。これはそこそこの値段が……」


 そう言いながら手袋をつけて牙を手に取り、ためつすがめつしている。扱いの丁寧さからそこそこの金額になりそうだと予想出来る。値段に期待だな!


 そうしてしばし商品を見ていたアタンドルさんは買い取り額を提示した。


「一本金貨五百枚でいかがでしょう?」


 五百枚か……牙はまだ十本以上ある、結構な額になりそうだが全部買い取って貰えるのだろうか?


「本当にその金額で買い取って頂けるんですね?」


「はい! このくらいならギルマスとの交渉は不要です、私の権限のみでお支払い可能です」


「なるほど、ではあと十九本もその金額で買い取ってくださいね!」


 俺がにこやかにそう言うとアタンドルさんの表情が固まった。大方何本持っているかなど聞いてもいなかったのだろう。このギルドでそこまで情報通というわけでも無いのだろう、多分俺がサーベルタイガーの牙を持っている以上の事は聞いていないのだろう、露骨に狼狽えている。


「まさか数が多いから値段を下げるなんていいませんよね? 俺はこの町のギルドが良心的な商売をしていると信じていますよ?」


「は……はぁ……ちょっとギルマスと相談してきます!」


 アタンドルさんはダッシュでギルドの奥の方へ引っ込んでいった。俺は多少の割引はしょうがないのではないかと思っているが、そこは強気に出るべきだと俺の勘が告げたのでふっかけてみた。需要と供給から考えて多少の減額は受け入れるつもりでいる。


 ギルドの飲食場で葡萄酒を一本頼み、金貨を一枚支払う。牙の売却額からすれば葡萄酒の一本など安いものだ。得をした気分でグラスに注いで金持ち気分を楽しむ。


 周囲からは『おい! あれが先日の討伐で活躍したっていう……』『凄い迫力だ』『余裕があるな、強いやつは違う』などと俺の態度から勝手に深読みをして大物感を醸し出してくれている。過小評価されているわけでもないので放っておこう。どのみち今さら雑魚のふりなど出来ない程度には依頼をこなしている。ほどよい中級くらいに見られればいいなあなどと思いながら酒をのんびり飲む。


 朝のウチに来たというのに日が高くなってもアタンドルさんは帰ってこなかった。少々売りすぎただろうか? いくらなんでも一度に二十本売りたいなどという売却はマズかったかなと少し不安になった。最悪一本も買い取らないと方針を変更される可能性もある。


 そうして不安になっているところでアタンドルさんが受付に帰ってきた。


「クロノさん! 私を褒めてください! 満額買い取り出来ますよ!」


 おお、やればできるんじゃないか! 満額ということは一本五百枚で二十本だから……一万枚!? 我ながらふっかけたものだと驚いた。


「ではクロノさん、残りの牙を査定場で出してもらえますか?」


「ああ、はい」


 一本はもうすでに交渉がすんでギルドの手に渡っているので残り十九本を査定場に行ってストレージから取り出した。


「まぁ……! 本当に綺麗な牙ですね。凄いですよ! ここまで傷一つつけずに回収出来るのは凄いです!」


「では納品物に問題はありませんね?」


「もちろんです! 売却ありがとうございます! その部屋の隅に置いてあるのが金貨ですので受け取ってください!」


「はいどうも……」


 俺は金貨をまとめてストレージに入れたのだが、それを見ているアタンドルさんはなんだか不思議な視線を向けていた。


 俺はその日、無事大金を手に入れることが出来たので、高めの酒を開けて一人宴会をしたのだった。


 ――


「アタンドルくん、()の調子は相変わらずかね?」


「はい、その牙を見て頂ければ彼の実力が分かると思いますが」


「うむ、彼は何らかの方法でサーベルタイガーを無傷で倒したようだな……まあ方法は我々に関係のないことだ」


「それともう一つ、クロノさんは平気で一万枚の金貨を収納魔法でしまっていたのですが、収納魔法ってあんなに重いものが簡単に入りましたっけ?」


「入るはずがないだろう! まったく馬鹿げた話だが我々にとっては悪い話ではないだろう。今度のキャラバン相手に牙は一本いくらで売れそうだ?」


「一本金貨八百枚は固いですね、なにしろ超美品ですからね」


「うむ、これも安い投資というわけだな」


 こうしてギルドの奥では更に大きな金額についての話が動いているのだった。

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