「村を出る、行商人に会う」
俺は村を出る支度をしていた。この村が悪いとはいわないが俺には合わないなと思ったからだ。
平和ではあるがその代わりこれといって娯楽がなかった。魔物が現れなくても大きな外交イベントがなくても、お祭りがなくてもいいが、何もないというのはあまりにもあんまりだ。
ギルマスに挨拶をしたら「是非ここがいい村だと各地で触れ回ってください!!」と念を押された。本当の名所は自然に有名になるものだし、そうやって触れ回るのは逆効果ではないかと思ったが曖昧に微笑んで誤魔化しておいた。旅人待遇だったし多少のサービスはしてもいいだろう。
準備を整えて宿を出る。「お世話になりました」と伝えたとこる「アンタは結構長いこと居たな、新記録だ」と言っていたのでこの村にあまり人はとどまらないのだと分かった。
村を出るときに出会った人から「また酒を頼むぜ!」と頼まれたりもした。この村には酒がいつも足りていないらしい。
こうして俺は村を出た。地図によると一番近い町でもそこそこの時間がかかり、その辺もあの村が敬遠される理由らしい。
時間というものに無頓着な俺からすればまさに旅をするのにぴったりな村だったな。
村から出てみると、道は馬車の轍がある程度でロクな整備もされていなかった。徒歩なので馬車のように車体が痛むようなことはないが、舗装されていることにこしたことはないんだがな……
しばらく歩いていたが魔物すら一匹も見当たらなかった。おそらく魔物は知恵が多少はあるので、襲っても得るものがないと判断しているのだろう。特に魔族は人間並みの知恵があるのでわざわざ襲って滅ぼす手間さえ惜しいのかも知れない。
そうして歩くこと一日、索敵魔法を張って夜食を取ろうとしたところで索敵魔法に数人の気配が引っかかった。敵意は無いようなのでただの通りすがりならこのまま通り過ぎるだろう。
しかしその一団は俺の方へ道なりにやってくるようだ。道のすぐ脇で寝ているのだから当然か……
とりあえず『ストップ』をいつでも使えるように魔力を溜めて……よし!
「あのー? そこで待ってる方、何か用ですかー?」
声をかけると怯えながらやや大柄な男が従者らしき男を連れて現れた。
「どうも初めまして。あなたは旅人さんですかな?」
「そうだが?」
「いや、申し訳ない。この辺は何も無いのでね、盗賊が巣くっているという噂もあるもので……」
なるほど、確かにこのあたりに来る人は少ないといわれていたな。
「俺はアルト村から出てきたところですよ。知るかぎり盗賊が出たとは聞きませんね」
「あの村ですか……なかなか見るものが無いことで有名ですな、なんでも限界集落マニアにはたまらない村だとか」
あの村そんな理由で有名なのかよ! まあ悪名は無名よりましとは言うけどなぁ……
「悪い村じゃないですよくだらないものでも商売ができますし、滞在コストも安いですからね」
商人は商売になりそうなことを聞き逃さない。この商人も例外ではないらしい。
「もう少しお話を聞いてもよいですかな?」
俺はあの村では物珍しさから結構なんでも売れること、外部からの人に割とやさしいことなどを話した、食いついてきたのは『腕の良い彫金師がいる』という話だった。
用心深くあの村で作ってもらったミスリルのアクセサリを出すと食い入るようにそれを見て考え込んでいた。
「なんと……これほど……」
やけに熱心に見るものだから『売ってもいいですよ』と俺が提案した。
「いや、申し訳ないが自分で発注することにします」
どうやら商売のチャンスを逃してしまったらしい。
俺があの村のことについて話し終えると商人は俺に一枚の金貨を差し出した。
「これは?」
「価値あるものには対価を、それが商人です。たとえそれが情報だったとしてもです」
俺は小銭を稼ぎ、商人はアルト村へ向かうことに決めたらしく、従者達に指示を出していた。
急ぎますといって道を行く商人を見送りながら、あの村も少しは潤うかなと思った。




