「エリクサーを卸す」
俺は真っ昼間からギルドでエールを注文して飲んだくれていた。幸い結構な金額が入ってきたので、当面お金の心配は無い。
エールをジョッキ三杯くらい飲んだところで酔いが回ってきたので、酔い覚ましにストレージから取り出した下級エリクサーを飲み込んだ。途端に酔いが覚め、胸のムカつきも消え去った。便利だなこれ。
一応エリクサーなので多用は出来ないが、この前の村で素材を大量に集めたのでまた錬金すればいいだろう。
「ククククロノさん!?」
俺が酒を飲んでいたらユノさんが声をかけてきた。面倒な依頼だろうか?
「なんですか? ユノさん、依頼だったら今日は受注するつもりは無いですよ?」
ユノさんはそれでも声を張り上げた。
「違いますよ! 何を酔い覚ましにエリクサー飲んでるんですか!? 結構な値段がつきますよ!? 贅沢すぎでしょう!」
予想外の発言に少し困るがエリクサーってそんなに貴重品だっけ?
「いやいや、失敗作スレスレの下級品ですよ? そんな良い値段つきませんって」
「下級品でもエリクサーは高いですよ! そんな気軽に飲むもんじゃないでしょう!?」
もしかして……この町ではエリクサーが商売になるのか? 話しぶりからして結構な値段で売れそうだ。
「ここってそんなにエリクサーの需要あるんですか?」
「当然です! 鉱山労働者に生傷はつきものですからね、大けがをするのが割とよくあることなのでいくらあっても足りませんよ!」
それは結構売れそうだ。多分俺は今結構悪い顔をしていると思う。何しろストレージの中にはたっぷりと金の卵が入っているのだからな……ありがたいことだ。
しかしふっかけすぎると恨みを買う可能性もあるので適正な価格で売らなければな……探りを入れてみるか。
「ちなみに下級品でどのくらいの値段がつくんですか?」
「一瓶金貨五十枚は値が付きますよ! 上級品なら金貨二百枚でも買い手がつきます!」
ふむ……どうやら結構な金になるようだ。ストレージを見てみるか。
当面暮らすのに困らない程度の金にはなりそうだ。治療に関しては自分に時間遡行を使用するなりすれば、エリクサーなどという高級で贅沢な回復法は不要なので、売り払った方が良いのかもしれない。
小出しにしてみるか……
「ユノさん、エリクサーなら余ってるんですが、ギルドに納品しましょうか?」
その言葉にユノさんは勢いよく食いついてきた。
「ホントですか! 他所でも売れますけどギルドに納品してくれるんですか! ありがとうございます!」
他所でも売れると言ってしまっていることは黙っていよう。
「とりあえず下級品を十本でどうですか? 金貨五百枚ですよね」
「え!? 十本も納品出来るんですか?」
はて、何かおかしな事を言っただろうか? 持っているエリクサーの一部を売ろうとしているだけなのだが……
コト……コト……コト……
十本のエリクサーを並べてみると、ユノさんは驚愕した様子で、口をパクパクさせていた。
「これ……全部エリクサーなんですか?」
「ええ、錬金で作った下級品ですがね。四肢の欠損レベルには対応出来ませんが、深い切り傷程度なら回復出来ますよ」
欠損を回復出来る上級エリクサーは出さないことにしておこう。どうやら思った以上に貴重品の様子なので、ストレージからまとめて出したらユノさんが心労で倒れかねない。
「じじじ……十本がエリクサーで傷が回復……!?」
「落ち着いてください」
こんなもんたくさん持っているので珍しくもない。なんでユノさんはこんなに混乱しているんだ。
「あ、十本は予算オーバーでしたか? なら一本からでも……」
「いえ! 十本でお願いします! フヒヒヒ……これで私もギルド内での発言権が……」
ああ、内部政治ね。それは関わりたくないので口をつぐんでおこう。
「じゃあ十本で査定してもらえますか?」
「はい! かしこまりました!」
エリクサーを抱えて奥の方へ入っていった。大したことのないクズエリクサーだが役に立つところでは役に立つものだな。
そして再びエールを注文して干し肉を齧りながら飲んでいたところ、ユノさんが慌ててこちらに寄ってきた。
「クロノさん! このエリクサー、そこそこの品質なのですが本当に下級品なんですか?」
「え、ああ……自作品ですからね、作った中では下級品という意味ですよ」
「作ったって……錬金術に長けていないとエリクサーは作れないハズなんですが……クロノさんはアルケミストではないですよね?」
「もちろん違いますよ、時間だけはあったものでね、手慰みに作ってみたんですよ」
「そんな暇だから作ったみたいなノリで作れるものじゃないと思うのですが……」
「自作品は買い取り出来ませんか?」
さすがに手抜きをしすぎただろうか? 適当に作ったものだもんな、多少安く買い叩かれてもしょうがない。
「いえ、効き目が強いので一本につき金貨五枚を追加しろと言われまして……」
「マジですか……」
やってみるもんだなあ……適当な交渉でも案外上手くいくものだ。
「それで……一本金貨五十五枚も出るんですか?」
「はい、そういうことになりますね……」
「さすがの俺も納品するのが悪いような気がしてきましたよ……」
ぼったくりにもほどがあるだろう、いいのかそんなに貰っても? 貰いすぎのような気がしてならないんだが……
「いえ! 是非納品してください! というか納品を断られたら私が始末書を書くことになりますから!」
「えぇ……始末書ものなんですか?」
「鉱山で鉱山ゴブリンとかと戦う人たちは怪我が絶えませんからね。回復薬はいくらでも欲しいんですよ。ここまでの回復薬を逃したら絶対に怒られます!」
そういうことなら納品することにしようか。しかし回復なら魔導師に任せれば……そういえばドワーフは体力がある変わりに魔力が低いと効いたな……そういうことか。
「ではどうぞ、その値段で売りますよ」
「ありがとうございます! ではギルマスから代金を受け取って頂けますか」
「え? ギルマスって……この前もっとたくさん貰ったときにも会わなかったじゃないですか」
ユノさんは言いにくそうに言う。
「まあそうなんですが……クロノさんもその事で有名になって、今回のエリクサーの納品で一度あっておきたいと言われまして」
「はぁ……分かりましたよ」
俺はユノさんに連れられてギルドの奥、一番立派などあの前まで連れてこられた。ユノさんが静かにドアを開けると中には老年のドワーフが貫禄たっぷりに座っていた。
「お前さんがクロノか?」
その声には言い知れない迫力があった。
「そうですね、俺がクロノです」
「うむ……このギルドへの貢献感謝する、報酬だ、受け取れ」
そう言ってドサリと大きな革袋を一つ置いた。俺はそれを収納魔法でしまってそれから少し沈黙が流れた。
「ええっと……ギルマスはどういったご用だったんでしょう?」
「なに、期待の新人の顔を拝んでおきたかっただけだよ」
そう言って部屋を出された。ギルマスの腹の内は知らないが、なかなか食えないドワーフなのだろうと俺の直感が告げていた。




