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「商材の買い込み」

 俺はそろそろ村を出ようと決めた。村を出るとなるとやることは決まっている、その村での特産品の購入だ。もちろんお土産のような使い方をするのではない、買い込んでよその町などで売るなり納品するなりするのだ。幸いなことにこの村は特産品として酒が大量にある、それを大量に買い占めればいいだろう。劣化については時間停止して収納魔法で保管するので保管期間を気にする必要は無い。


 そうと決めたら善は急げだ。酒場に行ってボトルを何本か買っておこう。高級なものがいい。この村ならウイスキーだろうか? 幸い酒の味を熟成年度で判断する単純な思考のやつはいる。そういった連中向けに熟成期間の長い酒を買っておけば、勝手にそれがいいものだと思って高値をつけてくれる、まったくもってありがたい話ではないか。


 方針は決まったのでギルドへの挨拶は最後に回して、購入するために俺は酒場へと向かった。


「いらっしゃい、クロノさんかい、昼間から酒を飲むのは感心しないよ」


 その言葉を真っ昼間から酒場にたむろしている連中全員に言ってみろと思ったが黙っておいた。


「この村を出ようかと思いまして、道中で飲む酒を買っておきたいんですよ」


「旅人ってのは酒飲んで寝てもいいのかい? 旅の道中でそんな無防備を晒して大丈夫なのか?」


「問題無い、索敵魔法は旅人の嗜みだよ」


 マスターは感心したように頷いているが、実際のところ夜警を立てるパーティも多い、単に俺が索敵魔法に頼り切っている横着な人間というだけだ。索敵魔法と夜警を両立しているパーティもいるので俺の用心はあまり念入りではないと言える。


「それで旅のお供を買い込もうってわけかい?」


 マスターがニヤリと笑ったので俺もニッと笑い、酒場の高級品を何本もボトルごと買い取った。その中には大仰なラベルが貼られているものもあったが、高値で売れるだろうか? 商材というのは売れるか売れないか分からないから買い込んでしまうのだが、要するに俺が向こう見ずだというだけのことだ。


「葡萄酒ももらえるか?」


「葡萄酒はあまり多くはないんだが……旅に持って行くには向いてないぞ? 下手な保管をするとあっという間に劣化して飲めたものじゃなくなるからな」


 それは知っている。だからこそ高級葡萄酒は産地以外で手に入るなら結構な値段がつく。俺は時間停止を使用して簡単に保管できるからその辺の心配は一切無用だ。


「問題無い、高めのやつを何本か売ってくれ」


「まあ、あんたがいいというなら構わないがな……」


 そんなわけで結構な量の酒を買い込んで金貨を百枚近く支払った。いずれ回収できる金額なのでこれは投資だ。売れないにしても保管期間が無制限なので高値がつくまで持っていればいつかは高く売れるだろう。


「しかしあんたももう旅立つのかい……この村には定住者が少ないなぁ……」


「旅人が次から次へと永住していったら村が破綻しますよ? 旅人っていうのは永住しないから町や村に入れるんですよ」


「あんたもなかなか苦労しているんだな……」


「さあ? どうでしょうね、俺は旅人生活にもそれなりに満足していますよ」


 俺の言葉にマスターはハッハッハと笑った。無鉄砲な生き方をしていることを笑ったのだろうか?


「まあそういう奴がいてもいいな! 俺はそう言う放浪者も嫌いじゃないぞ、まあいけるところまで行くといいさ。ギルドの連中はいやな顔をするかもしれないがな」


「お別れはいつだって悲しいものですよ。それでも旅人なんてやっていると出会いも別れも必然なんですよ、どうやったって避けることができないものを一々気にしていられませんよ」


 マスターは感心したように頷いている。俺の開き直った発言のどこに感心したのかは知らないが人の感性の違いってやつだろう。


「実は俺も昔は旅人を目指してたんだよ、ガキの頃の話だがな……」


「今の状況を見るに上手くいかなかったみたいですね?」


 マスターは遠い目をした。


「そうさな……上手くいかなかった、確かに上手くいかなかったんだが悪いことばかりじゃない」


「ほう……?」


 俺は興味があったのでその話題に食いついた。


「俺がダークファングに噛みつかれて這々の体で逃げ帰ったときだな。薬草酒を飲まされたんだ。始めはこんなに不味いものがあるのかと飲んだときは思ったもんだがな……実際にそれがすごく効いたんだよ。三日もすれば傷跡もなくなってた」


「それが酒場を開いた理由ですか?」


 マスターは深く頷いた。


「そうだ、向こう見ずだったがな楽しい時期だった、しかし人間はいずれどこかに根を張らなければならんのだろうな」


 マスターの言葉には人生の経験が詰まっていた。個人の夢や希望はいくらでもある。しかしそれにどこかで折り合いをつけて皆生きていっている。俺だって聖人達で構成されたパーティに付き従っていたら旅人なんぞにならなかっただろう。世の中というのはよく分からないものだ。


「そうか、この酒を飲ませたやつにこの村の酒場は良い酒を出すと伝えておくよ」


 俺に出来るのはその程度だ。それをきっかけにこの村に来るかどうかは分からないが、酒好きなら来ても損はしないような村だ。是非ともこの町で酒を飲んでいって欲しいと思う。


「助かるよ、この村も何しろ訪問者が少なくてね、どうにも客は地元の人間ばかりになってしまう。まあ地元の客が居着いてくれるのは良いことではあるんだがな……」


「なに、この村の酒が美味いだけだよ。真実を語るのに後ろめたいことはないだろう?」


 その言葉に感銘を受けたのかぼんやりとしているマスターに高値の付きそうな酒を全部出してもらい収納魔法に時間停止状態で入れておいた。


「それじゃあマスター、客が来るといいな!」


「きっと来るさ、何しろここの酒は美味いんだからな!」


 二人でクスクス笑って別れた。気持ちの良い別れだった。旅をしている中で今回の別れは気持ちの良い別れだったと思う。引き留められたり追い出すように出て行くよう促されたり、そんな町もあるのでこういうところを経験すると心がほんわりとするので、もっと旅人に優しい村や町が増えてくれると良いなと俺は思ったのだった。

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