「薬草採集をしていたらリーファに出会った」
「何やってんの? ここは薬草くらいしか無いぞ?」
俺はそう間の抜けた問いかけを目の前にいる少女にしてしまった。勇猛果敢な冒険者様が薬草くらいしか無い平原で一体何をしているのか? そうリーファに問いかけたのだ。
あたりは一面の草原であり魔物が出る気配が微塵も無いことは索敵が出来なくても丸わかりだ。ここで魔物に襲われた死体が出たなら本当に魔物に襲われたよりも、そう偽装されて殺人事件が起きた方がまだ信憑性があるくらい平和なところだ。
「何やってるのって薬草採集以外の何に見えるんですか? どこからどう見ても薬草取りのお姉さんでしょうが」
お姉さん……そこに突っ込むのはやめよう。胸が無駄に大きいせいでまだ年端もいかない女だということを忘れそうになる、良くない傾向だ。
「お前さん、酒場で自分史を語っているだけで十分おひねりをもらえるだろうが……俺みたいに地味な稼ぎ方をするような奴だったか?」
そう言うと露骨に不機嫌そうな顔をするリーファ。真っ黒な瞳の黒い部分がより広がっていっているような気がした。気のせいだったのかもしれないが、コイツは不機嫌になりつつある、俺の本能に近い部分がそう忠告している。
「私だって真面目な方法で路銀を稼ぎますよ。この村の薬草は品質が良いみたいですしね」
俺は本人が満足しているならいいのでは無いかと思い放置することにした。薬草採集などたかが知れた報酬しかもらえないが、逆に言えば最低限の安全性と最低限の収入にはなるわけだ、路銀を稼ぐには多少の足しにはなるだろう。何より、酒場が賑わうのは夕方から夜にかけてだ、昼間におひねりをもらうのは難しいだろう。
昼間から酒場に入り浸っている連中は金払いがいいはずが無いからな。
「クロノこそなんでこんなショボい依頼を受けているんですか? 討伐依頼だって何枚か貼ってありましたよ?」
「俺は好き好んで殺生をするような性格じゃないんだよ……」
生きている者を好き好んで殺す気にはならない。もちろん向こうが殺す気満々で迫ってくるなら戦うのはやぶさかではないが、襲われたわけでもないのに殺す気はない。もっとも、勇者パーティにいた頃はそうもいかなかったのを未だに後悔している。アイツが喧嘩を売った種族を一体いくつ殺めただろうか、数えるのもいやになるような数だった。
「意外とクロノって平和主義なんですね」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ……」
「戦闘狂……かな?」
不思議と腹も立たなかった。実際他者が見るならそういったふうに見えるのかもしれない、戦ってきた人間が等しく抱えるカルマなのではないかと思う。戦いがある以上殺す者がいて殺される者がいる。これは二体以上の生き物の個体がいるならしょうがないことだと思っている。三人以上の時に同じ事が起こればそれは多数対象数の虐殺になってしまう。知恵のある生き物の行動原理などそういうものだ。
「お前が俺のことをどう考えるかは自由だがな、俺は戦いが好きな戦闘狂じゃないぞ」
「意外ですね……強い人は皆戦闘狂だと思っていたのですが」
「お前の強者感が歪みすぎていて怖いよ」
俺は一体どのように見られているのだろうか? ギルドでは個人の事情に首を突っ込まないし、酒場ではそんなことについて深く語るようなことはない。もしかすれば赤の他人から見れば俺は戦闘狂に見えているのかもしれないようだ。俺以上の戦闘狂だった勇者と別れてしまったので戦闘は俺一人で片付けることになっている。俺がどんなふうに見られているかはあまり想像したくもなかった。
そして二人で辺り一面の薬草を好き放題刈り始めた。リーファは薬草と思ったものを片っ端から刈り取っているので効率の悪さと、納品したときの評価の悪さを考えると効率が悪いにもほどがあるような刈り方をしていた。
「リーファ、薬草の品質って気にしてるか?」
「薬草に品質なんてあるんですか?」
キョトンと答えるリーファに薬草の鑑定法を一から教える気にはとてもならなかった。ライバルをわざわざ増やす必要も無いだろう。そんなケチな精神が自分にあることをこうした場面では意識させられる。みみっちい話だとは思うのだがどうしても自分のアドバンテージを自分で捨てる気にはなれなかった。
「薬草も採り終わったし、俺はお先に上がらせてもらうよ」
「えー……付き合ってくださいよ! そのくらいはしてくれてもいいじゃないですか~!」
「自分でがんばれとしかいいようがないな」
そこで索敵魔法にこちらに急接近している個体が引っかかった。おそらく空を飛んでいるであろうそれに俺は重力魔法を使った。
『グラビティ』
ズドンと大きな鳥が落ちてきた。この見晴らしの良い場所で襲いかかろうなどと恐れを知らない魔物だな。もっとも、鳥にそこまで深い思考が出来るのかどうかは非常に怪しいものだと思う。
「ヒィッ!?」
「どうした、こういう事は良くあるだろ?」
「ないですよ! ガルーダがそんな簡単に襲いかかってくることなんてまずないですよ!」
「そうは言ってもなあ……実際襲われたわけだし……」
ちなみにガルーダは高空から重力魔法でたたき落とされた衝撃で事切れていた。もう少し根性のある敵はいないのだろうか? 襲いかかってくるなら返り討ちに遭うのも道理というもの、ならばもう少し相手の実力を推測した方がいいのではないか?
「ああそうだ、このガルーダ、お前が倒したことにしていいよ。大した素材にもならなそうだし」
そう言うとリーファは首をブンブンと筋を違えるのではないかというくらいの勢いで振った。
「無理ですって! 私がガルーダ討伐なんて頼まれたら困りますもん! そもそもこんな大きな魔物を持ち帰られませんよ!」
「収納魔法使えばいいじゃん?」
俺がそう言うとリーファは呆れたような目で俺を見た。
「収納魔法は貴重なんですよ? 大体容量制限があるのにこんな大きなものが……アレ? どこに死体は消えましたか?」
「どこって……要らないっていうから俺の収納魔法でストレージに放り込んでおいただけだが?」
リーファは呆れを通り越したような顔をして俺を胡乱な目で見つめた。
「クロノ……あなたは異常な存在であることを自覚した方が良いですよ。それはさておき助けていただいたのはありがとうございます。いずれ私の武勇伝に組み込ませていただきますね」
転んでもただでは起きない、そういうやつがリーファなのだろう。
そして俺たちはギルドに帰って納品を行った。リーファがその時にガルーダの件を喋らなかったのが配慮によるものなのか、自分のプライドによるものなのかは分からなかった。




