「リーファ、弟子になりたい」
「師匠! 弟子にしてください!」
朝っぱらか宿の食堂に行くとそう声をかけられた。声を上げたのは少し前まで武勇伝を語っていたリーファだ。それにしても、やはり胸が大きいな、とついつい目がいってしまうのは仕方のないことだと思う。
俺は黒パンをかじりながら話半分にリーファの話を聞いた。
「どうした勇者様?」
声を潜めてリーファは俺に言う。
「実は……私はドラゴンって倒したこと無いんですよ……」
「そうか、あの程度なら割と簡単だろうに、面倒くさかったのか?」
俺の言葉に彼女は顔を青くした。驚くようなことは言っていないはずだがな、何をそんなにビビっているのだろう?
「い……いや、ドラゴンですよ!? 人間の力の到底到達できないところにいる生物ですよ!?」
「いや、ドラゴンってそんな強くないだろ? 倒したことあるんだろう?」
まあいくらか話を盛っているにせよこのくらいは真実であるだろうと思える。さすがにドラゴン一匹倒せないのに大口を叩くことはないだろう。
「師匠……ドラゴンを倒したことがあるんですよね?」
「師匠ちゃうわ! まあそうだな、向こうから突っかかってきたときは倒してるぞ」
「ひぇっ!」
「ドン引きするなら自分でドラゴンを倒したなんて大口を叩くなよ……」
「やっぱりあなたは私の師匠にふさわしいです! 是非私もドラゴンを倒せるようにしてください!」
「えー……」
ものすごく面倒くさい。勇者だってアレでも基礎的な能力はあったからな。ずぶの素人をドラゴン討伐可能なまでに育てるのはものすごく面倒くさい。人材の育成ってコストの高い作業なので出来ればやりたくないというのが本音だ。
「俺は弟子を取らない主義にしているんだ」
そう言っておくことにした。弟子志望なんていなかったしそんなことは想定もしていなかった。
「じゃ、じゃあ! ドラゴンを倒した証拠を見せてくださいよ!」
「うーん……」
ストレージの中に入っている死体丸々一個を見せればこれ以上無い討伐の証拠になるだろう。間違いなく大騒ぎになるというデメリットを考慮しなければこれほど手っ取り早い証拠はない。
そんなことをするわけにもいかないので俺はストレージからドラゴンの鱗を一枚取りだして見せた。全部は見せられないがこのくらいは証拠として残していると言い張ることにした。
「これが……ドラゴンの鱗……」
しげしげと見ているリーファ、俺は早く帰ってくれないかなあなどと考えている。昨日は酒を飲んでいたから大口を叩かれても気にならなかったが、こうして二人、素面の状態で相手の嘘を追求する気にはならなかった。
「なあ、それで満足したか?」
「はい! 師匠がドラゴンを倒したということはよく分かりました! ですので是非私を弟子にですね……」
「いやだね」
リーファはいよいよ腹を立てているようだが、気ままな一人旅を邪魔されたくないという気持ちの方が強い。コイツと旅をすると先々でトラブルを起こされそうなのが見て取れるので絶対にやめて欲しい。
「じゃあこの鱗を売っていただけませんか? 私がコレを討伐の証拠として使いたいので」
「ああ、構わないが代金はちゃんともらうぞ」
「ではコレでいかがですか?」
小袋を差し出してきたので中身を開けてみると金貨が数十枚入っていた。
「良いのか? それは売っても、半値くらいしかつかないものだと思うぞ?」
「売りませんからいいんです! コレでワタシの話に箔が付くじゃないですか! それがお金で買えるなら安いものですよ!」
コイツは誠実さの欠片も無いな、証拠が偽物でもいいとか嘘つきにしたってあくどいぞ。
「お前は自分でドラゴンを倒そうとは思わないのか?」
「死ぬじゃないですか! 絶対に死にますよ! 私はその自信がありますね!」
「威張って言うような事じゃないだろう……」
清々しいまでに努力が嫌いなようだ。まあ俺ももらえるものがもらえるなら構わないと言えば構わないのだけれどな……
「じゃあそれで売るよ、好きに使え。ただな……」
「なんですか?」
「自分の実力を偽るリスクは考えておけよ?」
「ふん! 私は実力者ですからね! そのくらいのごまかしはなんということもないんですよ!」
「自慢するようなことでもないだろうが……」
「それで、もう師匠になる必要は無いな?」
「はい! 私はコレで本物のドラゴンスレイヤーになります!」
「どこからどう見ても偽物だろうが……」
「嘘であると知っている人がいなければそれは真実と変わりないのですよ!」
自信満々に言うリーファを呆れた目で見ながら、俺はコイツの話は信じないようにしようと思った。
「では! 私は酒場でコレを証拠に物語ってきますのであなたは……そういえばお名前を聞いてなかったですね?」
「クロノだ。というか名前も知らない相手によく弟子入りしようなんて思ったな……」
「その場のノリで生きている私を舐めないで欲しいですね! 私は『ドラゴンスレイヤーになりたい』のではなく『ドラゴンスレイヤーだと思われたい』んですよ!」
清々しいクズ宣言に俺は呆れるのだが、コイツはそれで満足らしく俺の方を無視して宿を出て行った。俺は酒場でチープな作り話を論破する気にもならなかったのでギルドの方で酒を飲もうと決めたのだった。




