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「旅人と酒を飲んだ」

 その日の酒場は一人の女の話を皆で聞いていた。俺は興味が無いので輪から外れて酒を飲んでいたのだが、話題の中心となっている旅人の女は自慢気に酒場の連中に自慢をしていた。


 ふくよかな胸をもち、長い黒髪にしている女は楽しそうに自分が旅をしてきた経緯を話していた。聞きたくも無いのだが話が聞こえてくる。


「いやー! さすがの私もレッドドラゴンの群れに襲われたときは死ぬかと思いましたね! パーティが全滅を覚悟した中、私の決死の魔法が群れの中央に直撃しまして……」


 自慢話に花が咲いている。真偽のほどは知ったことじゃあないがそのくらいなら俺でもできるし大したことではないのではないかと思うのだが……実際俺が山一つを吹っ飛ばせたわけで、レッドドラゴンは一般的なドラゴンなので山より大きいということはないだろう。俺の基準からすればドラゴンは倒すのに問題無い程度の敵だ。


「そこな旅人さんも聞きませんかー!」


 女が俺に声をかけてくる。興味無いんだがなあ……


「聞いてる聞いてる」


「そして私はドラゴンを倒したかと思うとそこから去り際に今度はゴーレムが出てきまして……」


 そういえばゴーレムって鉱物生命だったな……もしかして俺はあの時山を吹き飛ばしたときに一緒に何匹も消し飛ばしたのかもしれないな……巻き込まれた奴がいたなら正直申し訳ないとは思う。


「そのゴーレム相手に私は魔法剣を突き立てて雷を落としたわけですね」


「おおぉ!」


「すげぇ!」


「勇者様かな?」


 勇者にそんな真似は出来ないだろうな。俺の補助付でようやくドラゴンを倒せる程度だ。一般の人の勇者感とは随分と歪んでいるようだな。


 ドラゴンの中には人の形態になれる種もいると聞く。そういったやつを殺すのは後味が悪いのでその手の敵と戦わなかったのは幸運だったと思う。


「ちょっとあなた! もう少し私を賞賛してもいいのではないかしら?」


 突っかかられた。村人に話していい気になっているなら俺の賞賛など必要無いだろうに……自信が無いから賞賛が多く欲しいだけではないのか? 信念があるならそんな日和ったものを求めることは無いはずだ。


「すごいなー、俺にはとてもドラゴンなんて倒せないなー」


 思い切り棒読みでそう言った。何が嬉しいのかは知らないが女は満足げにしていた。


「リーファちゃん! 続き頼むよー!」


「はーい! それじゃあ、ここからがお話の本番だよー!」


 レッドドラゴンの時点で随分盛っているのではないかと思ったのだが、これ以上に盛るらしい。リーファと呼ばれた女の話はさらなる領域に入っていった。


「そこで! アークデーモンが出てきたわけですよ! しかし私をリーダーとした勇敢なパーティは一歩も退くことなく魔族から町を守ったんですね! 私は魔族全体に弱体化魔法をかけてまだ余裕のある魔力で魔族と戦闘をしたわけですね! 魔族の攻撃は苛烈にして強烈であり、私の結界魔法もあわやという場面に私の攻撃魔法が間に合ったわけです」


 どんどん話が大きくなる。そこまで魔族が出張ってきていれば結構な騒ぎになっているような気がするのだがそんなことはお構いなしに話を膨らませていくリーファを見て、俺はアイツが『吟遊詩人』に向いていそうだなと思った。あの話術は大したものだ、それを臆面もなく話せるところも結構な度胸だ。普通の人なら疑われるのではないかと不安になってそこまで話を大きくできないものだ。王族の英雄譚を語らせたら引く手あまたなのではないだろうかと思う。


「なあ……リーファさんが戦った中で一番大変だったのはどんな戦いだ?」


 俺はどんな返事をするか興味がわいたので一つ質問をしてみた。どこまで話が大きくなるか分からないのでその上限を聞いてみることにした。


「話してもいいですけどお酒の一杯くらい奢っていただきたいものですね!」


「マスター、彼女にお勧めを一杯」


「かしこまりました」


 そう言って一杯の酒が彼女の前に差し出された。


「ではいただきまして……そうですねー……激戦は多かったんですが一番大変だったのは教会の防衛戦ですかね。何しろ教会内に戦闘力が全く無いシスターや司祭や孤児の皆様が待機していましたからね、それを襲い来る魔族から守るのは苦労しました」


 少し面白い話になってきたなと思う。こちらに足手まといがいるという展開は俺の共感を誘うものだ。


「卑劣な魔族が守りの薄いところから子供達を攫おうとしたわけですね、そこで私のトラップ魔法が発動して敷地内に侵入してきた魔族を消し飛ばしました! ただのアークデーモンでしたがさすがにあの状況はもう体験したくないですね。さすがにあの場面は肝が冷えましたよ」


 豊満な胸を張って自慢気に答えるリーファを眺めながら俺は酒を飲み進めた。酒の付け合わせてとしては悪くない話だ。作り話だと分かっていてもきちんとそれなりに面白く話せる、それについては確かな才能を持っていると思う。


「最後に出てきたギガデーモンを私の必殺魔法で吹き飛ばしたところへ仲間達が勇敢に飛びかかりました! 頭に剣を突きつけられ、足を地面と一緒に凍結させられ動きを止め、手を焼かれたギガデーモンはそれでも諦めませんでした。私はその戦意に敬意を表して浄化魔法で綺麗にその上級魔族を浄化したわけです! ギガデーモンは安らかな顔でその命を終えました。そして私たちは教会の皆様から深く深く感謝されたわけですね!」


 パチパチと拍手が起きた。コレがどこまでほらで塗り固めた話なのかは不明だが、『もっともらしく』聞こえることが重要だ。誰だって嘘のいくつかはつくものだろう、それがいかにも本当っぽいというのが重要なところだ。


「と、まあこうして教会は無事レンガ一つの損傷もなく守られたわけですね。私は勇敢な仲間達に感謝していますよ。もしあの時仲間が助けに入ってくれなければ怪我人が出たかもしれないんですからね」


「なんて人格者なんだ!」


「実は勇者様なんじゃないか?」


 勇者の顔を知っている俺はそれがあり得ないことを知っているが、勇者達なら金にならない教会の防衛などしないだろうなと確信できる程度には知っている。


「マスター、代金を」


「え? もう頂いて……あの……このお金は?」


「楽しい話を聞かせてもらったお礼だ、皆に酒でも振る舞ってやってくれ」


 そうして金貨を数枚カウンターに置いて店を出た。夜空は星に溢れており、それが一体どれだけの犠牲の下に成り立っているのかは想像もつかなかった。

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