「死者への手向け」
『葬儀の司祭募集! 未経験可! 急募なので経歴信教は問いません!』
「あのぅ……ルネさん、この胡乱な依頼はなんなんですか?」
あまりにもあんまりな依頼だった。未経験可の司祭ってどんな司祭だ……死んだ奴もこんな急ごしらえの司祭に葬られたら昇天も満足に出来ないだろう。
「ああ、それですか……村でも有名なスラムでちょっとした流行病がありましてね、死者が数人出たんですが葬儀をしないと墓にはいれないと教会が言いまして、そこで形だけでいいので安くあげる葬儀をやろうと言うことになったんです」
「教会に依頼すればいいのでは?」
ルネさんは気まずそうに言った。
「まあ先立つものがですね……」
どうやら資金不足らしい。死者も気の毒というかなんというか……俺なら蘇生も出来るんだよな、やったらキリが無いのは目に見えているからやらないわけだ、その点では教会と同類なのかもしれない。
「クロノさん……その依頼、受けてもらえませんか?」
「俺は別に神を信奉しているわけでは……」
「形式だけの葬儀なので全く問題無いです!」
「村の人がやればいいのでは?」
「村の人は敬虔な信徒なので無宗教の人間の葬儀はできないんですよ」
堅苦しい村だな……葬儀くらいしてやればいいじゃないか。
「お願いします! この報酬もギルドからの持ち出しなんです!」
報酬欄には銀貨五枚、お世辞にも高いとは言えないが……スラムの人間の葬儀か……
「分かりましたよ、やります。でも本格的なのは無理ですからね?」
「ありがとうございます! 恩に着ます!」
「でもマジで宗教とか知りませんからね?」
「構いません! 教会を納得させるだけの行事ですから! 葬儀なので先延ばしにすることも出来ず困ってたんですよ……」
苦労しているようだな。教会というものがどうにも好きにはなれない。しっかり寄付を募るくせに死者の一人も生き返らせることが出来ない、所詮はその程度の集団でしか無いと言うことだろう。
「では早速葬儀をしますのでこの服に着替えていただけますか?」
「いきなりですね!」
「時間をおくと遺体が傷むんですよ、一昨日亡くなったんですがそろそろ埋葬しないとヤバいんです!」
切羽詰まっているらしい。俺は勢いに乗せられて司祭のような服を着せられた。やけにゴテゴテしており、羽根飾りなども付いている上マントも付いているので非常に窮屈だ。
「では急いで墓地に来てください!」
「ちょ!? 急ぎすぎですって!」
手を引かれるまま俺は村の外れの墓地に連れて行かれた。そこの隅の方に一つ大きな穴があいており、そこにまとめて葬ってしまおうという魂胆らしい。死んでも身分のようなものにとらわれるとは面倒なものだ。
「ちっ……そちらが司祭様ですかな?」
墓地の管理者であろう人間が露骨な舌打ちをして歓迎していない意志を示した。
「ええ、そうですよ。臨時司祭のクロノです」
「なるほど『臨時』ですか、ギルドも考えましたな……」
コイツがスラムの人間をよく思っていないのは分かる。それでも態度に出すのはどうかと思うのだが、不要な争いは避けるべきだろう。
俺が墓守と話しているあいだに棺が五つ穴の中に運び込まれた。
「では司祭様、葬送の言葉をお願いします」
「はい」
『天に座します我らの神よ……どうかこの者達を御身の元へお届けください』
適当にそれっぽい言葉を続ける。俺もまさか葬儀の当事者になったこともないので言葉は適当だ。勇者達は死ぬ度に蘇生していたので葬儀が起きることはなかった、もっとも、連中は死んだことすらすっかり忘れているのだが……
『どうか神よ、この者達に慈悲を与えたまえ』
そうして一通り言葉を終えてから棺に土がかけられていった。そして全ての棺が埋まったところでルネさんが俺に『お疲れ様でした』と声をかけてきた。
ギルドに帰ってくると俺はさっさと暑苦しい司祭服を脱いだ。
「ふぅ……なんとも後味の悪い依頼でしたね……」
ルネさんは平身低頭で俺に頭を下げている。
「申し訳ない! こんな依頼受けてくれる人は滅多にいないんですよ! 本当にありがとうございました」
「難儀なものですねぇ……宗教がらみというのはコレだから苦手なんですよ……」
「そうですね、この村はなにぶん教会の権力が強いものでして……ギルドがもう少し強ければやりようもあるんですがねぇ……」
「ルネさんに謝ってもらうようなことでもないですけど……あれで死んでいった人たちは満足なんでしょうか?」
「分かりません……ただ……」
「ただ?」
「ギルドの受付をしていて何人も死体すら回収できない状態で死んでいった人を知っています。その人達に比べれば偽物であっても葬儀をあげて墓に入れただけマシなのではないでしょうか、私はそう思うんです」
それは何人も死んでいった人間を見送ってきたギルドとしての感想なのだろう。死と隣り合わせのことをしていてもやはり死というのは悲しいものだ。
コトリ
「エールです、ギルドからの奢りですよ」
そう言ってやさしく微笑むルネさんは俺の前に一杯のエールを置いた。俺はそのエールを少しずつ飲みながら、生きていることは素晴らしいことなのだと実感したのだった。




