「薬草採集(かんたん)」
俺はとりあえずギルドに行くことにした。何しろこの村、やることが無いのだ。決して過疎っているわけではないのだが、農業以外の産業が無いのだろう、見事に娯楽というものが欠けた村になっている。生きていく上では何一つ困らないが、心に栄養が何一つ行き渡らず乾燥してしまいそうだった。ギルドに行けば何かあるだろう、そう思ってギルドへ向かうことにした。なお、朝食は野菜多めで美味しいものであったことを付記しておく。
カラランとベルを鳴らしてギルドに入るとだらしなくデスクに突っ伏していた受付さんが体を起こした。
「い、いらっしゃいませ!」
「どうも、クロノですよー」
「ああ、クロノさんですか」
ルネさんも初対面でなければやる気が出ないらしく適当に返事をする。
「クエストボードはそこですので、お好きな依頼をどうぞ」
「どうもー」
依頼票を見るとやけに薬草採集の依頼が多かった。ぱっと目に付いたものを手に取ると大抵薬草がらみであることがその多さを表している。
「薬草関係が多いですね……?」
「まあ農業をやってると生傷が絶えませんからねぇ……薬草はあればあるだけいいんですよ」
なるほど、農業をしている人には薬草が必要ということか。しかし薬草は集めようと思えば簡単だろう、人に頼む理由があるのだろうか?
「人に頼るのはおかしいって顔をしてますね、この村でとれる野菜がどこでも採れる薬草の何倍のお値段か分かりますか? ものの価値というもの平等ではないんですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです!」
断言された。どうやら薬草はこの村では価値の低いものらしい。しかしこの村に来るまでに薬草が群生しているのを普通に見かけたのだが、集める価値も無いものだということなのだろう。
適当に一枚剥がして薬草採集の依頼を受けることにした。幸い薬草ならストックがストレージに大量に入っているので、最悪そこから納品すれば良い。
「はい、薬草の採集ですね、三袋になりますが構いませんか?」
「大丈夫です、地域の指定などはありますか?」
「いえ、薬草であれば地域品質問わずです」
「わかりました、ではそれで受けます」
「はい、受注処理完了です」
そんなわけで俺は薬草採集を始めることにした。幸い薬草は山ほど生えているので村から出てすぐの草原で集めればいい。何故村の人が集めないのか疑問に思えるくらい薬草の量は多い。
村の門のような看板を出て草原に着くと早々に薬草の生えている地帯になる。というか道の脇に薬草がモッサモサと生えているくらいなのでわざわざギルドに注文するのが理解できないほどそこらに自生している。
ザクザク……ザクザク……うーん、チョロい。薬草採集だけならあっという間に終わるぞ。
「グルオオオ!」
『ストップ』
ブラッドウルフが出てきたので時間停止で止めて薬草集めを再開する。魔物といってもチョロい相手なので一々殺す気も無い。この薬草採集の依頼は地味にそこそこの報酬が出るので魔物の素材を回収する理由もほぼ無い。
『ストップ』
『ストップ』
なんかやけに魔物が出てくるな……うざったいのでみんな薬草を採らないのだろうか? この程度の魔物なら討伐を頼んだ方が手っ取り早いと思えるのだが、それをするなら始めから依頼として出した方が楽と判断したのだろう。
薬草はどっさりと採れたし後は帰還すればいいのだが……少し欲張っておこう。
このあたりの薬草は品質がよい、下手をすれば簡単にエリクサーに生成可能な代物だ。幸い薬草の品質は問わない依頼なのでかき集めておいて低品質のものをまとめて納品すれば高品質なものはまるごとストレージに保存できる。
ザクザクと刈っていくとストレージ内に薬草がどんどん貯まっていく。おいしい依頼だな。
おそらく袋五つ分くらいにはなったであろうところで収集を切り上げた。ギルドに帰る途中で大猿が現れたので『ストップ』をかけて無視することにした。この辺治安が悪いのだろうか? なんかやけに魔物が襲ってくるな。
ギルドに着くとルネさんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいクロノさん! 何もありませんでしたか?」
「これといっては何も、普通の薬草取りでしたよ」
「そうですか! それは良かったです! 何しろ魔物が出るって噂が出てましてね……薬草採集すらまともに受けてくれない人が普通にいるんですよ」
「そう言う情報は受ける前に行ってくれませんかねえ?」
「言ったら受けてくれましたか?」
「受けますよ、よゆーですしね」
ポカンとしたルネさんをよそに、俺はストレージから薬草をまとめて取り出す。一般規格の袋三つを余裕で満たしたそれはまだまだストレージの中に余っていた。これはよその町で売ってもいいな、結構な値が付きそうだ。
「は……はい、確かに三袋、受領しました……」
「では報酬を」
「はい、こちら金貨一枚になります……」
俺はそれを受け取ってギルドを出ようとしたところで声をかけられた。
「あ……あの! クロノさんって……実は有名な方だったりします……」
「……ただの旅人ですよ」
そう言ってギルドを後にした。ルネさんがどう思っているかは分からないが俺は大した人間ではないし問題無いだろう。
俺は手をひらひらと振りながらギルドを去り、その日は酒を飲むことが出来たのだった。




