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「魔族に聞く! 勇者達、そんなに怖くない話」

 俺はもういい加減開き直って酒場に入った。今さら俺が魔術師として強いことなど隠す必要も無いだろう。どうせ勇者達との繋がりの証拠なんて見つかるわけがないし、向こうも魔族であることは建前上隠しているのだから向こうから振ってくる話題もないだろう。

 酒場に入ると僅かな静寂が訪れたあと、すぐにいつも通りになった。酒場では飲んだくれが集まっているだけであり、そこに身分や実力の差は関係ない。


「エールをくれ」


 酒場に集まっている連中は蒸留酒やたぶんギルドから持ち込んだのだろう、俺が売りつけた酒を飲んでいる奴が多かった。酒クズを増やすのに貢献しているな、などとかんがえていたら魔族の一人から話しかけられた。


「なあ、あんた勇者って知ってるか?」


 ほぅ……勇者の名前を向こうから出してくるとはな、適当に話を合わせておくことにしよう。


「名前くらいは知っているが、それがどうかしたか?」


 魔族は子供を寝かしつけるためのお話をするように話し出した。


「勇者パーティに苛烈な魔道士がいたって話は知らないか? 丁度あんたと同じ名前なんだよ。まあ偶然だろうがな。あの魔道士がいなかったら人間は魔族に支配されていたと言うくらいだぜ?」


「またまたー! 魔道士でしょう? 一人がそんなに強いわけないじゃないですか!」


 俺は自己評価を下げようとしたのだが……


「いや、まるで未来が見えたような戦い方をする魔道士だったらしい。何人もの人間を救い数多の魔族を屠ったとかもっぱらの噂だ」


「へーすごいでけど、勇者パーティって言うくらいなんだから一番強いのは勇者なんじゃないですか?」


 魔族は声を潜めていった。


「それが勇者は大したことがないらしいんだよ……こんな事を言うと勇者の信者達から叩かれそうだがな……実際はその魔道士がパーティの底上げをしていたらしい」


「へー……そんなすごい魔道士が勇者の仲間なんですね」


 そこで魔族は眉をひそめる。


「ところが……だ、勇者はその魔道士を追放したらしい」


「追放……ですか?」


「ああ、まったく間の抜けた話だが勇者どもは自分のことは差し置いてその魔道士に責任を押しつけて追い出したらしい。それから勇者達のパッとした話は聞かないな」


 さすがにアイツも勇者の端くれ、そんなに簡単に死ぬようなこともないだろうが……あまりいいこととはいえないな。


「しかし勇者が死んだという話も聞きませんよ? なんだかんだで崩壊まではしてないのでは?」


「まあなあ……勇者どもも高位ランクのクエストをこなせなくなったらしいが死んだとまでは聞いてないな。勇者が死んだと聞けばみんなよろこ……悲しむだろうしな」


 おっと、少し本音が漏れかけたな。魔族であることは最低限忘れないで欲しいものだ。平穏な生活のためにもな。


「死んでないならまた優秀な魔道士が入るだろうさ、なんたって勇者パーティなんだからな」


「そうだな……あのクラスの魔道士が早々いるとも思えないが普通のレベルなら勇者パーティには行列が出来るのが当然だしな。しかしまあ……あんたがあの魔道士だったらと思うと生きた気がしないよ。何しろあの魔道士は魔族も魔族に与する人間も、魔物でさえ跡形もなく吹き飛ばしていたらしいからな……」


 失礼な! 俺だって多少は情けをかけることもあったし、大体見境なく殺すのは勇者だったぞ。


「まあその魔道士だって勇者達と縁が切れたんならわざわざ喧嘩売ってくるようなこともないだろうさ」


 実際給金以上の働きをする気は無かったし、それをしたのは勇者どもが裏金をもらって調子に乗っていたからだ。俺単独ならそんな面倒なことに進んで首を突っ込んだりしない。


「そうだな、勇者達だってバカじゃないだろ、そのうち優秀な人材を見つけるだろうな……まあそれまで生きていればの話ではあるがな」


 俺は苦笑した。勇者だってそんなにバカじゃない。俺一人が抜けた穴埋めくらい自分でどうにか出来るだろう。強くはなかったが仮にも勇者の称号を得たんだ、そう簡単に死ぬはずがない。


「しかしこうして酒が飲めるのは魔族と人間が殺し合っていないおかげだな……勇者パーティが元のままだったら今頃魔族は滅んでいただろうな……」


 それは魔族としての言葉だったが俺はそっと聞かなかったふりをした。まさか魔族と肩を並べて酒を飲む日が来るとは俺も思っていなかった。世の中、巡りめぐって何がどういう結果をもたらすかなど分からないものだな。


 俺はエールをあおって『もう一杯』とオーダーを出した。もしかしたら殺し合っていたかもしれない連中と飲む酒は美味い。平和のありがたさがよく分かる。あの血の気が多い勇者達と一緒だったら不可能だっただろう。しかしここでは平等に酒場の客として飲んでいる。


「魔族と人間の平和っていいものだな……続いて欲しいものだ」


 俺がそうこぼすと、魔族の男はしみじみと頷いた。俺は勇者達の話を聞けたことへのお礼に注文をした。


「エールを一杯コイツにも出してやってくれ」


「いや、俺にはこの美味い酒が……」


「まあ気にすんな、飲め飲め。別に今飲んでいるものを捨てろと言ってるわけじゃないさ。酒なんてものは飲めば飲んだだけ美味しいものだぞ」


「ククク、それもそうだな」


 出されたエールを一気に飲み干す男。明日が大変そうだなと予想がついてしまう。


「美味いな……やはり酒は良い」


「そうだな、俺も……」


 古い仲間の話を聞けたという言葉が出かかって飲み込んだ。これを言うと大騒ぎになってしまう。


「なあ、あんたはなんで旅人なんてやってるんだ? 定住しようとか思ったことはないのか?」


 ああ、そういえば勇者と一緒にいた頃から各地を転々としているのが当たり前だったのでそんなことは気にしたこともなかった。そういえば旅人というのはすこし変わった生き方なのかもしれない。


「定住すると大抵ロクなことにならないんだよ。どうにも人間関係って奴は苦手でな……」


「そうかい、あんたも苦労しているんだな……」


「ただの社会不適合者だよ」


「エールありがとう。確かに美味しかったよ」


「それは何より。飲ませておいてなんだが酒は程々にしておけよ?」


「ハハハ、俺だってそこまで酒に弱くはねえよ!」


 そう言って笑い飛ばしていたので魔族の酒への強さは普通の人間より高いのかもしれない。


「じゃあな、いろいろ聞けて楽しかったよ」


「おう、もうしばらくはこの町にいるから次会うことがあったら奢るよ」


「気にすんなっての……」


 そうして俺たちは別れた。勇者どもが死んでいないことを知れただけでも十分な収穫だった。アイツらは……まあクソみたいな連中だったが死んで欲しいとまでは思っていないからな。


 俺は宿に帰ってその日の夜、勇者達に思いを馳せながら眠りについた。

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