「魔族と相席」
本日はいい加減まともなメシが食べたかったので宿の食堂にやってきた。この宿には魔族が泊まっていないのでここで鉢合わせるような事はないだろう。
「クロノさん、今日は食堂に来ている人が多いので相席になりますが構いませんか?」
「え……? 今日はそんなに混んでいるんですか?」
食堂の給仕は申し訳なさそうに言う。
「実は……旅行者の皆様がここの食事を食べてみたいと大勢来られまして、混み合っているんですよ」
魔族も随分と町を楽しんでいるようだ。結構な事だが俺が遠慮するのも何か違うような気がする。何しろこの宿に宿泊しているのは俺なんだからな。
「ではこちらの席になります、相席よろしいでしょうか?」
「ええもちろん……ひっ!?」
ビビるなよ……俺がここに泊まってるのは承知の上でここに来たんだろう? こうなる事くらい百も承知だろうに……
「構いませんね、ありがとうございます!」
一応同意するような言質は取ったので俺も席に着いた。人が席に着いただけだというのに好奇の目で見てくる目の前の魔族はそこそこ失礼な連中だ。もっとも、魔族と死闘を繰り広げていた過去があるのも事実なので多少は畏怖されることを受け入れるべきなのかもしれないな。
「失礼、あなたは……その……」
向かいの魔族が何か言いたい様子だが、俺の回答が確定することを恐れて言い出せないでいるようだ。
「少なくとも『今は』ただの旅人ですよ、それだけは保証できます」
「そうですか、いえ、有名な方と同じ名前でしたからね、クロノですか、よくある名前なのでしょうな」
「ええ、世の中同じ名前の人間は確かに居るものです。あなたがどういった方とお知り合いなのかは知りませんがね」
魔族の中で有名人になるのがこんなに困ったことだとは思わなかった。コイツらがいつまでもいられると、何時まで経ってもギルドに顔を出せないな。ギルドに普通に出入りしている人がいるのは見て要るので人材不足で困っているというわけでは無いのだろうが、無茶な依頼を振られているのではないかと心配になる。
「この町は平和なものですな……こういう場所があるのはいいことです」
「そうですね、無駄な争いは避けたいものです。相手が『誰であっても』ね」
目の前の魔族の男は肩をビクリとさせていた。
「や、やはりあなたは……」
「さあてねえ……何の事ですかね、旅をしているといろいろな事があるものでね。必要な殺しだってやりましたよ。どれも気持ちのいいものではなかったですね」
「お待たせしました! 豚とチーズの合わせ焼きです!」
料理が運ばれてきたので俺は食事を始めた。やはり宿でも食堂は美味いな。
「クロノさん、あなたが戦ってきた中で一番多かった相手はなんですか?」
探りを入れるように話しかけてくる魔族にどう答えたものだろう。まあシンプルに一番ぶち壊したものを答えれば誤魔化せるか。
「『自然』ですかね」
魔族は驚いた顔をして俺に聞き返す。
「自然ですか?」
「ええ、大きな構造物を吹き飛ばしたり大量の薬草を採取したり、とにかく自然を荒らすことにかけては自信を持っていますよ」
相手は冗談だと思ったのだろう、笑ってくれたのでごまかしに成功したらしい。
「なるほど自然ですか……確かに強力でいくらでもいる相手ですからな。確かに冒険者の大半は自然を相手にしているといえる! 一本取られましたな!」
「ふふふ、誰もが特別な体験をしているわけではないんですよ。旅をしていても退屈なことしかしていない人は掃いて捨てるほどいるんです」
俺はフォークで刺した肉を口に運ぶ。胡椒の辛さが心地よい。
「今まで苦戦したことはないんですかね? 旅をしているなら命の危険もあったでしょう?」
「無いですね。幸い強い敵に襲われたことがないので平和な旅ですよ」
「羨ましいですな……私など旅を一つするにも手間がかかってしょうがないですからな」
まあ魔族なんてそのまま旅をしていたら出会った人間に片っ端から襲われるのは確実なので苦労しているのは本当だろう。魔族を人間の居住地から追い出す事に成功してはいるもののこうして入ることは可能なんだからな。
そこへ横から宿の主人が割って入ってきた。
「あれ? クロノさんは竜でも神獣でも倒せるとギルドのイシスさんが自慢していましたよ?」
魔族が露骨に俺と距離を取ろうとして席を下げると後ろの魔族の椅子にあたってしまう。トラブルになるかと思ったが、ぶつかった魔族の方はすぐに立ち上がって食堂を出て行った。食べ終わって駄弁っている最中だったから食べ終わって出て行っただけとも思えるのだが、その顔には恐怖の色が浮かんでいた。
目の前のヤツは逃げるのも怖いのかにらまれたようにビクビクしながら座っている。余計なことを言ってくれたな……イシスさんの口が随分と軽いようだ。
「ク……クロノ様はドラゴンを倒したことがあるんですか?」
怖がられているが嘘をつくと余計泥沼になりそうなので正直に答える。
「連中には気の毒なことをしました。ただ単に生きているだけだというのにね」
「そ、そうですか……お強いんですな」
「いえいえ、ただの旅人がそんなに強いわけがないでしょう? ドラゴンが弱かっただけですよ?」
にこやかにそう言ったのだが欠片も信用されていないようだった。まだトマト煮込みがテーブルの上に残っているというのに向こう様の食事は遅々として進まなかった。
俺だけでも食事を済ませてしまおうとパンをちぎって口に入れ水を飲む。おっと、水が無かった……
水を生成してコップに満たす。よく見ると水差しが空なのだが、どうやら相手がさっきから食事が喉を通らない様子で水ばかり飲んでいたせいだろう。
「いや、なんで無詠唱で簡単に水を生成しているんですか!?」
「このくらい誰でも出来るでしょう?」
あれ、そういえば水筒を持っている旅人は多かったな。俺はカップだけ持っていれば困らないような旅をしてきたので気にしたことが無かった。
「いや……まことにお強いようで……」
「ははは……魔道士ならこのくらいは出来ますよ」
「あなたほどなら王宮のお抱えにもなれますでしょうに……」
「俺はどうにも権力を笠に着るのが嫌いでしてね。今の旅にもそこそこ満足しているんですよ?」
「そうですか、勇者の仲間にでも慣れそうなものを……正直少しもったいないなと思いますよ。我々の中でもそこまで出来る人は早々いませんよ」
人と言い張るか……まあ擬態は出来ているようだし敵意がないならそれを否定することもないだろう。俺は最後の一切れをフォークで突き刺して口に運んでから正直なことを答えた。
「勇者ね……そんなにいいものとは思いませんが……」
いろいろなしがらみがあったからな。もう勇者と組みたいとはとても思わない。俺が勇者を否定したことに安心したのか食事を再開し、俺の方は食事が終わったので銀貨一枚を支払って食堂を出た。
噂が走る速度は非常に速いらしく、その日から魔族の連中に俺は道を譲られる存在になったのだった。




