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「地元商人、ドラゴンの素材を欲しがる」

 その日、朝早くに俺は目が覚めた。理由は簡単、足音が聞こえたからだ。足音と言っても宿の職員が鳴らすような物ではない、人には気づかれたくないというコソコソした足取りと感じられる。こういった類いはロクな物だったためしがないのでストレージから獲物のナイフを取り出して後ろでもってドアに近づく。なお、逃げるという選択肢はない。


 コッコッ


 小さく、恐れもなくドアがノックされた。捕まるようなことはしていないので捜査機関ではないだろう。ではいったいなんだ?


「クロノ殿がお泊まりの部屋はこちらかな?」


「……」


 俺は黙って収納魔法で自分が持ち込んだ物を全てストレージに入れて、不穏な連中であればいつでも逃げられる準備をしてからドアに向けて答えた。


「そうだ、ここがその部屋だ」


「失礼するよ」


 なかなか体の横幅が広い男が部屋に入ってきた。殺気はまったく感じないが誰だコイツは?


「何もないのだな……おっと失礼、名乗っていなかったね。私はアープ、この町の商人組合の組合長をしている者だ」


 アープと名乗った男は失礼などと微塵も感じていない様子で室内をじっくり見回して俺の方を向く。


「俺はクロノだ、といってももうご存じの様子だがな……」


「そう、クロノさんだね? あなたがこの前旅の商人にドラゴンの鱗を売ったと聞き及びましてね……やはりこの町に滞在なさるなら根無し草の商人ではなくこの町の商人に売るべきではないかと思うのですよ」


 まったくもってくだらない。あんな実用性の欠片もない素材をありがたがって受け取るという行為をこの商人は進んでやろうとしている。俺は別に貴重だからとか出し惜しんだとかそういう理由で売っていないわけではない。コストとパフォーマンスを比較して適正価格で買うという人間が出てこないだけだ。法外な価格で買うというやつか、足元どころか地中深くを見ながら安値で買いたたこうとする連中ばかりだったから売らなかっただけだ。


「別に売るのは構いませんがね、ご希望の商品があるのですか?」


 努めて丁寧に対応する。商人組合など敵に回しても構わないが、小物いくつかで回避出来る衝突なら回避したい。


「実はですね……一度ドラゴンの爪という者を見せていただきたいと思いまして……鱗を剥いだなら爪も剥ぎ取ってはおりませんかな? やはり貴重な品をそう易々と見せるのは……」


「ありますよ、見せましょうか?」


 アープの顔がピクリと動いた。持っていないかもしれないと思っていたのだろう、予想には反していたのだろうが、口角を上げているあたり嬉しい誤算なのだろう。


 俺はナイフを抜いてナイフを握った腕をストレージに差し込んだ。ドラゴン全部を見せるとパニックになるので一番小さな爪をナイフでスパッと切って取りだした。魔法付与があるとはいえナイフで簡単に切れてしまうあたり、素材としての価値などないといっているような物だ。


 人の握りこぶしほどの大きさをした爪を取り出すとアープはそれに釘付けになった。まるで魅了(チヤーム)にでもかかっているかのような目でテーブルに置かれた爪を舐めるように見ている。俺が素手で取りだしたというのにご丁寧に触る前に白い手袋をつけていた。別にそんなもの傷がつこうが俺は平気なので、この男には慎重すぎるところがあるようだ。


「ほほぅ……なるほど……これがドラゴンの爪……ちなみにどういうドラゴンなのですか?」


「ウォータードラゴンですよ、多少素材を持っていましてね」


 まだ体のほとんどが時間を止めた状態でストレージに入っているのだが、『多少』という聞き手の想像力に任せる表現をしたので嘘はついていない。俺にとってはアレは多少の価値しかない、ただ世間が馬鹿げた高値をつけているだけだ。


「この爪なのに特徴的な透明感、やはりドラゴンの素材は芸術品のようだ」


「そっすか……」


 もういい加減二度寝をしたいので、朝も早くからこっそり乗り込んできたこの男にその爪をタダでやるから帰ってくれと言いたい。そうすると俺の所に十倍以上になって睡眠を邪魔しに押しかけられるだろうから言わないのだが……


「我が組合の予算を出しても惜しくは無い品だ、売っていただけないだろうか?」


「いいですよ」


 早く帰ってくれ。そんなものは適当にその辺のドラゴンを倒せばまた手に入るし。町でもなんでもないものを大仰に扱っているが、俺にはそれを売って得られる金より、早朝という時間を自由に使える権利の方に価値を感じずにはいられない。


「あの商人は金貨千百枚を出したそうだな……ふむ……ウチがそれ以下というわけにもいかないな」


 独り言をブツブツ言いながら爪を見て考え込んでしまった。どうやらこれにて俺の平和な朝は奪われてしまったらしい。こうして思考が袋小路に入ると大抵の人間は長考になる。


「……予算は……しかし……」


 俺は深く聞かないように耳を押さえていた。ここの組合の予算など機密情報もいいところなので聞きたいとは思わない。


「よし! 金貨千五百枚だそう! いかがだろうかクロノさん!」


 ようやく腹をくくったようだ。いくらでもいいので早いところ代金を置いて部屋から出て行ってくれないだろうか。


「いいですよ、まったく構わないのでお金を置いてそれを持っていってくれます?」


「商談成立と言うことだな! よし、クロノさんを担当しているダフネとか言う受付がいたな! 彼女に立会人になってもらって取り引きしようじゃないか! 善は急げと言うしギルドに行きましょうか!」


 失敗した……無駄にテンションの高いおっさんと太陽が昇りきるまでかかりそうな商談に入ってしまった。俺としたことが、高額の取り引きに商人は慎重なことをすっかり忘れていた。


「ふぁいふぁい……行きましょうかね……」


 俺は眠い目をこすりながら宿を出た。ギルドに向かうときに宿の主人が『アープ様! ウチみたいな安宿にどうして……』と驚いていたのでこの男もそれなりに有名人らしい。


 ギルドに着くと俺ではなく俺の隣の男を見て受付から掃除担当まで全員が固まっていた。どうやらこのアープという男はこの町で知られているようだな。


 とりあえず取り引きを押しつけるためにダフネさんを呼ぶ。ギクシャクした動きで俺たちのところにやってきた。


「アープ様、ギルマスにご用でしょうか?」


「いや、今回はこちらのクロノさんとの取り引きに立ち会って欲しいだけだ、そう固くならなくていい。なに、たったの千五百枚を数えて我々が下らんイカサマをしない誠実な組合であると証明してくれるだけでよいのだ」


 こちらにも視線が一斉に集まる。やめてくれ、そんな注目はされたくない。


「ダフネくん、表の馬車に乗っている者に『千五百枚持ってきてくれ』と伝えてくれ」


「かしこまりました」


 そう言って出来るだけ足早にその場を離れていった。


「随分と準備がいいですね? 馬車にそれだけご用意でしたか?」


 少しの嫌味をとばしてみるとギルド職員が俺に心配の視線を浴びせかけてきた。


「なに、きっとこの取り引きは成立すると思っていたよ」


 そういうアープを食えない男だと思いながら少し水を飲む。さすがにその金額の取り引きを泥酔状態でやる気はない。


「組合長! 千五百枚になります!」


「ご苦労、そこに置け」


 三つの袋がギルドの床に置かれた。布袋ではなく柔らかいが破れにくい革袋を使っているのがこの商人の心配りを感じさせる。


「ダフネくん、金貨の計数を頼むよ」


「かしこまりました」


 そうして千五百枚を延々数えるという行為に従事させられたダフネさんには哀れみの目もあった。しかし、俺が手伝うわけにも行かない。取り引き相手と俺はもちろん数えるが、最終的には第三者の客観的な証拠が必要だ。そうしてしばし俺とアープさんはコーヒーを飲みながら数え終わるのを待った。


 しばししてから『千五百枚、確かに確認しました』という声が聞こえるとテーブルに契約書を差し出してきた。


「サインを頼む」


「はいよ」


 自分の名前を書いて俺はストレージに金貨を入れて、アープさんは慎重に手袋をつけ、柔らかな布に包んだドラゴンの爪を持ってこちらに一礼してから出て行った。


「クロノさん、すごい人を連れてきましたね……」


 ダフネさんはようやく一息つけたようで、いつもの調子で俺に話しかけてきた。


「あの人が勝手に話を進めただけですよ。お金は入りましたし今日は依頼を受けません」


「でしょうね、それだけ貰って金貨十枚とかの依頼を受ける方がおかしいですよ……」


 そう言って俺はギルドを出て宿に着くとストレージにしまったものも出さずにベッドに飛び込んだ。すぐに黒いもやに意識が包まれて安心感と共に意識が眠りについていった。

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[気になる点] 「そうだ、ここがその部屋だ」「失礼するよ」 商人なのに「どうぞ」と返事していないのに、勝手に入ってくるね。
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