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「酒を売る、酒を買う」

 俺はその日、商人の元へ行っていた。それというのもギルドに『お酒、買い取ります』という貼り紙が貼ってあったからだった。高そうな酒は販売用にそこそこ溜めているのでここらで少し流しておいた方がいいだろう。


「さて、酒を買い取って欲しいわけですが……」


「ウチは酒なら何でも買い取りますよ! 高級酒から場末の酒場で安く売っている酒までね!」


 そう言うからには問題無く買い取ってくれるだろう。俺のストレージには大量の不要な酒が入っている。いや、不要ではないか、あくまで自分で飲むにはもったいない酒という意味だ。


 商人は楽しそうに俺を眺めている。


「お客さん、何も持っていないようですが、そういうことなら収納魔法に入っておるんでしょうな? そう言った上客が来ていただけるとは、この町に来てよかったですね」


 どうやら収納魔法を使える事は見通されているらしい。まあ確かに手に何も持っていないので売り物は別の場所にあるという事になるからな。そしてこの町では倉庫を借りるにも結構な金がかかるので旅人がそれを使う可能性は低い。


「とりあえずこの一本はいかがですか?」


 そう言いつつ高級な葡萄酒を一本出した。そこそこ値の張る品なので売れる相手も限られている。そこいらの酒場では高すぎて買い取ってもらえないような品だ。この商人なら買い取れるだけの金があるだろうと判断して売りに来た。


「ほほぅ……葡萄酒ですか……これは……ふぅむ」


 しげしげとそれを眺める商人、ラベルを眺めながら訝しんでいる。


「失礼ながらクロノさん、コレが偽物という事はありませんな?」


「もちろんですよ、商売には誠意を持って対応しますからね」


 そう言うと、商人の方は再び酒に目をやった。窓の外の陽光に透かして色味を確認しているようだ。


「クロノさん、はっきり言いましょう」


 うへぇ……さすがに高すぎたかな? コイツなら買えると判断したのに……


「これは私の独断で買い取りを決められません。少々お待ちください、鑑定持ちを連れてきます」


 そう言って部屋から出ていった。なるほど鑑定スキルなら騙しようがない。さすがにコレをポンと買えるほど権限を与えられていないのだろう。そこまでの高値がつくとは思っていなかったのでこの事態は予想外だ。どうせ金貨百枚にもならないだろうと判断して小金持ちに売りに来たのだが、思ったより金額がつきそうだ。


 しばし待つと片眼鏡をつけたいかにも鑑定スキルを持っているという風情をした老人が入ってきた。


「坊ちゃん、コレが本物とやらですか?」


「ああ、そうだ。色味からして間違いないと思うんだが爺さんの保証が欲しい、鑑定してくれ」


 爺さんと呼ばれた男はこちらに一瞥くれると葡萄酒のガラス瓶を眺めた。


「ふむ……偽装ではないようだ……しかし中身までは」


 何かを言いつつ鑑定スキルを使って黙り込んでしまった。そして少しして重々しく口を開いた。


「坊ちゃん、間違いありません。シャルトゥーニさんの五十年ものですな……しかしコレを安易に買い取っていいものか……」


「構わない、お前の事はオヤジの頃からの信頼がある。本物ならそれを疑う気は無いよ」


 そうして商人は鞄を取りだし金貨の入った入れ物から勘定を始めた。それなりの値が付くだろうとは思っているが、常に最高額が着くわけではない事も知っている。だから俺はまだ売買契約書にサインはしていない。向こうの出す条件次第で断れるようにこ、ちらが優先権を持っておきたいからだ。


「では金貨に百五十枚だ。コレでいかがだろうか?」


 俺は金貨が本物である事を確かめてから深く頷いた。


「はい、ではその金額でお売りしましょう」


 露骨にホッとしている商人にもう少しふっかけてもよかったかなと思った。まあ今後も悪評が立たない程度には配慮をしておくのが出来た人間というものだ。いきなり『ゼロが一個足りなくないですか?』などと言うあくどい交渉は普通の商人相手にはしない。相手が悪徳商人だったらやるんだがな……


 ボトルを慎重に受け取り爺さんが収納魔法で亜空間に放り込んだ。さすがは金のある商人、収納魔法持ちを部下に据える程度には金があるらしい。


「貴重な取り引きをありがとうございます。感謝しますよ、クロノさん」


「こちらこそ、良い値をつけていただきありがとうございます」


 そう、あの酒を買ったのは昔訪れた事のある村だ。困窮していたのでソレを現金化したいと頼まれたときに買ったモノになる。勇者達もそこには居たのだが『現金以外価値がねーよ』と無下にしていたのを俺がなんとか買い取ったものだ。


 投資的に買ったものではないので高い値が付くならソレを死蔵する気は無い。ソレにこの商人なら、本当にあの酒を欲しがっている人に売れるだろう。酒は資産ではなく飲み物だ、投資の対象にするのが間違っていると考えている。


「ところでクロノさん、もう一つだけいいですか?」


「なんでしょうか? 契約成立後の価格交渉は……」


「いや、私はいい買い物をしたと思っているそういう話ではないんだ……あなたは『もっとたくさん』、酒を収納魔法でしまっていないか?」


 なるほど、確かに一本だけ高い酒を持っているというのも奇妙に思えたのだろう。ならもう少し手の内を見せてやる事にするか。


 ストレージから酒を一本取りだし黄みがかった瓶を一本取りだした。


「ふむ……ソレは――蜂蜜酒(ミード)かな?」


「ご名答。一口飲むと別の世界に行くような気分になるという奇跡の蜂蜜酒ですよ」


「爺、鑑定を」


「は! かしこまりました」


 そう言って速やかに鑑定モードに入った。興味深そうにその酒を鑑定しているようだ。少ししてその爺さんの顔が驚愕に歪んだ。


「坊ちゃん、コレはなかなかの品ですな。マナが溢れ出るほど入っています。おそらく別の世界に行くと言うのはマナ酔いをした人の感想でしょうな」


「なるほど、魔導具とはまた違うのかい?」


「もちろんですよ、基本的に使用する事を目的とした魔導具と飲むための酒にこもったマナでは別物ですな」


 商人は頷いて俺の方に向き直った。


「ここまでの品だ、いったいいくらで売っていただけるのですかね?」


「そうですね……金貨二百枚でいかがですか? 葡萄酒を買っていただきましたしサービスした値段ですよ」


 そう俺が言うと爺さんと一緒にコソコソと本人の前でその価格が妥当かどうか議論を始めた。俺としては納得いかないなら他所で売り払うだけなので、高いと思うなら買ってもらわなくてもいい。


「分かりました、あなたを信用するとしましょう」


「信頼しているのはお隣の鑑定係ではないですかね?」


 そう言うと商人は大笑いをした。


「ハハハ! ソレはごもっともだ! 爺は昔からの付き合いでね、僕も彼の言う事は聞くようにしているんだ」


 そう言って金貨の入った袋を二つ差し出してきた。


「細かい計算をしなくていいよう一袋に百枚入っている、数えてみても構わないが我々は誠意ある商売をしているのは保証するよ」


 自信ありげにそう言うので一枚金貨を取り出して偽物でない事を確認してからストレージにしまった。


「あなたは平気で今の金額を収納魔法でしまえるんだな」


「このくらいチョロいものですよ」


「なるほど、ウチの商会に欲しいくらいだよ! それでは私はこれで」


 そう行ってさって行く商人。俺は結構な金額がついた事に心の中で快哉を叫んでいた。

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