「旅立ちは少し寂しい」
「えー……クロノさん、出て行っちゃうんですか!」
ノルンさんは驚いているが、俺はあくまでも旅人だ、根無し草が流れていくのは必然と言えるだろう。
「そりゃ出て行きますって、いつまでも同じ所にいたら旅人じゃなくなるじゃないですか」
「結構クロノさんに任せればいいと思っている依頼があるんですが……」
「村の人でもどうにか出来るでしょう? 厄介なやつは大体俺が片付けたじゃないですか」
そう、この村の厄介ごとは俺がほとんどを請け負って端から潰していった。商業から討伐までこの村だけではどうにもならない事は終わっているはずだ。
「クロノさんに頼めばいいと思ってたのに……」
「俺に頼るのはいい加減にしてくださいね? いずれ出て行く人に重荷を背負わせるものじゃないですよ」
属人化したギルドは一人抜けただけで成り立たなくなる。俺も少々このギルドに深く関わりすぎたようだ。
「しょうがないですね……クロノさん、お疲れ様でした」
「ノルンさん……お元気で」
「はい、まあ今までもなんとかなっていましたし、引き留める権利も無いですからね。残念ですがお元気で」
こうして俺はギルドを去った。ノルンさんの寂しそうな笑顔を記憶に残して俺は村の出口に向かった。
村の出口には特に見張りもおらず、牧歌的な村である事を主張しているようだった。平和になった村から出て次に向かう方向を決めることにする。枝が倒れた方向に進むのも飽きたし……第一この村はロクに道がない。ここまで来るのに使った道を帰って途中の分岐で別方向に進むか、新しい方の道に行くかしか無い。
「迷ったら先に進むとするか!」
結局、先に進む方の道を選んだ。引き返しての分岐ではつまらないからだ。俺は先に進んでいく事が目的であって引き返す気は無い。どこに着くにせよ、俺が決めた事なら文句を言う事はない、さっさと先に進むとしよう。
歩いていて気がついたのだが、本当に誰とも会わない。すれ違う事すら無いのであの村の過疎ぶりがよく分かる。
しばし歩いて野営をしようかと思ったのだが、見通しがよく野営にぴったりの地域で、誰かが野営をしろと言っているのかと思えるような箇所があったのでそこで泊まる事にした。夜襲があってもトラップ魔法を仕掛けておけば耐性を持っていなければ無敵に近い。それほどのリスクは無いだろう。
野営用の設備をはって眠れるように準備を整える。そもそも時空に干渉できるので寝る必要が無いなどという事は考えてはいけない。睡眠は人間にとって安らぎの時間だ。効率優先でいつも自分の体を酷使しているといずれ不調になる、体は平気でも心の方は案外持たない。
夜、寝ようとしたところでトラップに反応があった。時間停止を使用しているのでここまでたどり着く事は叶わない、魔法が正常発動した事は確認できた。このまま眠っていても問題無いといって良い。
放置しても良いのだけれど、一応潰しておいた方が良い。翌日になって処理するより夜に起きた事は夜のうちに片付けてしまった方がいい。明日に延ばすと大抵面倒くさがって処理しないタイプである事は自覚している。
何しろこの先にある村が村だ。ノルンさんの厄介ごとくらいは片付けておいてあげよう。あの村は何があってもトラブルになる事は確定している。多少の事でもあそこにたどり着かせるわけにはいかない。
そしてトラップが反応したところに着くと、小さなドラゴンが止められていた。
「とりあえず金属のケーブルで止めるか」
ストレージから鉄製のヒモを取りだしてこのガキのドラゴンを縛り上げる。ひもの端を地面に打ち付けた杭にくくりつけて動けないようにしておく。まともなドラゴンなら引きちぎって動き出すところだが、このサイズは子供のドラゴンだ、動きを止めるなら付与魔法などなくても可能だ。
ギチギチに縛り付けてから時間停止のトラップを解除する。ドスンと重い音を立ててドラゴンは地面に落ちた。縛り付けるワイヤーから逃れる事は出来ないようになっている。
「グオォ……」
ブレスを吐こうとしたドラゴンだが、魔力をかけたワイヤーに縛られているのでブレスを吹くだけの魔力が調達できず頭を垂れた。
「人間、我を殺す気か……」
ドラゴンは圧倒的な力の差を思い知ったのか動きを止め緊張している状態を解除した。もはや殺される事を覚悟しているようだ。
「まー……別に殺す気は無いから安心しろ」
「なんだと!?」
ドラゴンが驚愕している、ドラゴンの顔の変化など分からないので口調で判断するしかないのだけれど、驚きで声が裏返っている様子だった。
「で、お前を殺さないので一つ頼みがあるんだがな……」
「なんだ……人間よ」
「まあそう緊張するな、お前がこの先の村を襲わない事を約束しろってだけだよ、面倒な事は言わない、それだけ守ってくれれば構わない」
「それ……だけ……なのか?」
「ああ、それだけだ。あの村にも少々関わっていてな、助けた直後に滅ぼされるわけにも行かないんだわ、つーことでそれを守れるならお前は解放する。約束できるか?」
「ああ! 約束しよう! ドラゴンは約束を違えた事は無い!」
俺はドラゴンを縛っていたワイヤーを解放する。ワイヤーから魔力を縛られていたドラゴンの体が自由になって叫びを上げた。
「力が……力が戻った!」
「おお、よかったな、じゃあ精々約束は守ってくれよ? 後は好きにしろ」
「よいのか……人間? 我は人間に仇なしてきたものだぞ?」
「これから先喧嘩を売らないなら今までの事に興味は無い。俺の知った事でもないしな。好きにしていいぞ」
俺としてはあの村が無事ならそれでいい。ノルンさんが精々無事に平穏な日々を過ごしていけるならそれ以上は望まない。関わりのないところまで救おうなどと分不相応な事は考えていない、一人で救える範囲などたかが知れている。全世界を救うなどと言う高邁な理想は勇者どもに任せるとしよう。あいつらなら出来る……出来るだろう……たぶん。
「人間、我はどうすればいいのだ?」
「どうも何もない、あの村を襲わず好きなように生きていけ」
「人間を襲う事はあるかもしれぬぞ?」
「そこは俺の担当外だなー……それを責めたりはしないが、人間にもお前より強い人間がいる事くらいは覚えておけよ? 次に出てきたそう言う人間がお前を見逃すとは限らないんだからな?」
「分かった、我は思い上がっていたようだ。認める、人間にも強いものはいる」
「よろしい、じゃあ俺は寝直すのでお前は結界内で身の振り方を考えておけ。敵は入って来れないから安心しろ」
そうして俺は野営に戻った。あのドラゴンも力の差を思い知ったようなのでこれ以上喧嘩を売ってくるような事もないだろう。精々がんばって生きていけばいい、ドラゴンの寿命がどれくらいあるのかは知らないが生き方を変える程度の時間は残っているだろう。
翌日になるとドラゴンはもう出て行っており、そこにはドラゴンを拘束していたあとしか残っていなかった。この辺に都合よくドラゴンを傷つけられるほどの人間が通りすがるとも思えないし問題無いだろう。
そして野営のセットをまとめてストレージに収納し俺は旅を再開した。
――後日、ドラゴンの守護する村が出来たという噂が立った事はまた別のお話だ。




